隻眼の黒竜
「気をつけてよ。火傷しちゃったじゃないか」
漆黒・隻眼のドラゴンは言った。体色が闇と同じ色なので気がつかなかったが、ぶつかったのは、象くらいの大きさのドラゴンの体だった。ぶつかった拍子にトーチの火を押し付けてしまったようだ。
「すいません。道に迷って、さまよってたのですが、気がつかなくて……」
「そうなの。でも、後宮候補生が地下道に何の用?」
「実は、かくかくしかじか……」
わたしはそのドラゴンに、野外実習に出てから今までの経緯を説明した。しかし、そもそも……
「どうして後宮候補生をご存知なのですか?」
「ボクは、ご隠居様の家の代々の当主に仕えてる黒龍だからね」
隻眼の黒龍は、単なる伝説ではなかった。黒龍の話によれば、ご隠居様のご先祖様に「見事に右目を射抜ければ家来になって、子々孫々に至るまで仕える」と約束したら、見事に右目を射抜かれたので、その約束に従って、今でも仕えているということだ。
「律儀ですね」
「約束だからね」
人(龍?)がいいドラゴンだ。話によれば、代々の当主ともうまくやっているらしい。特に、今のご隠居様は、よく暇つぶしに来るそうだ。ご隠居様の話の中で、わたしの名前も上がっていたとのこと。「『エリザベス』とよく似た新人が入って、楽しみが増えた」とおっしゃっていたそうだが、
「エリザベスって、どなたですか」
「ご隠居様からきいてない?」
「はい。あまり話をする機会がありませんでしたから」
「そうか。でも、ボクの口から言わないほうがよさそうだな」
教えてくれないと余計に気になるが、そのうち誰かにきいてみよう。
「そろそろおいとましなければ」
かなり時間がたっているので、そろそろ戻らないと大騒ぎだ。既に大騒ぎかもしれないけど。
「帰るのか。それは残念。でも、時間があれば、いつでもおいでよ。ボクもヒマだし」
「ありがとうございます。実は、その帰り道が問題なのですが……」
「それなら、この光の球が案内してくれるよ」
すると、部屋の天井付近にあった数個の光の球の一つが、ふわふわと、わたしの目の前まで降りてきた。そういえば、さっき、急に明るくなったのは、隻眼の黒龍が魔法で天井付近に光の球を出現させたからだろう。降りてきた光の球は、ふわふわとゴム風船のように部屋の出口に向かっていく。
「あれについていけばいい。城に帰れるから」
「ありがとうございます」
わたしは隻眼の黒龍に礼を言い、光の球を追った。




