巨大井戸の底で
こうしてわたしは、愚かにも、巨大井戸の底に突き落とされたわけだ。マンガ的に運が良く、空中で半回転して背中から落ち、底が水を含んだ土で軟らかかったため、大した怪我はしなかったようだ。しかし、せっかくの純白シルクが泥だらけだ。
御大は、巨大井戸の上からわたしを見下ろし、得意げに言った。
「カトリーナさん、今すぐ降参して忠誠を誓うなら、そこから出してあげないこともなくってよ」
「お断りするよ。あんたには借りを作りたくないからね」
「それなら、一生、井戸の底で生活することね」
御大は、そう言い残し、去った。もちろん、班員は、御大にくっついて行った。
うかつだった。始めからミエミエの罠だったのに、うっかりぼんやりアイタタタ……
ぼやいてたって仕方がない。壁をよじ登るのは無理っぽい。しかし、このまま放っておかれることはないだろう。御大と班員全員で「わたしが調子に乗って遊んでたら落っこちた」と証言すれば、わたし一人の責任になる。野外実習の最後に助けに来て、後宮候補生全員に巨大井戸の底の「おっちょこちょいのわたし」の姿を見せて、恥をかかせる気に違いない。
「△+%℡&★○@*$!!!」
誰も聞いていないので、わたしは、つい、非常に下品な言葉を発し、石の壁に思い切り蹴りを入れた。
すると、ズズッ……
「あれ?」
かすかに(あるいはマンガ的に)、石と石が擦れ合うような音がした。のみならず、石の壁に思い切り蹴りを入れている割には、さほど手応えがない。壁面をよく見てみると、縦に2メートル、横に1メートル程度の範囲で、壁面がほんの少しだけ奥の方に向かってめり込んでいた。
「押せばへこむ?」
わたしは、深く考えることなく、とにかく、力いっぱい押してみた。すると、驚いたことに、ズズズ……と、壁面が後退し、やがて、
ズシーン!
「イテッ!」
わたしは、つんのめって、ヘッドスライディングの体勢で倒れこんだ。つまり、壁面の一部が、押せば倒れる隠し扉になっていたのだ。蹴りを入れたことにより扉がほんの少し動き、さらに押すと、扉が音を立てて完全に倒れたというわけ。そのせいで、せっかくの純白シルクが前も後ろも泥まみれになってしまったけど。
隠し扉の先には、壁面にレンガが埋め込まれた通路があった。どこかで見たような通路。そう、お城の地下道とそっくりだ。お城の地下道の出口がこの巨大井戸かもしれない。もしそうなら、有事の際の脱出用出口だろう。誰も、すなわちマーガレットの御大も知らないわけだ。
うまくいけば、お城に戻れるだろう。ただし、うまくいかなければ、道に迷ってどうにもならない。巨大井戸の底で待っていれば、笑い者にされるだろうが、安全にお城に戻ることはできそうだ。
わたしはそれほど考えることなく決断した。バックパックに非常装備もあるし、地下道を進もう。どこをどう進んだか覚えておき、迷いそうになったら戻ってきて、やり直せばいい。何とかなるだろう、多分……




