野外実習
野外実習が始まった。野外実習とは、サバイバルな遠足のようなもので、野外に出て自然の中から食料を調達して1日を過ごすという訓練だ。後宮候補生と引率の教官のほか、護衛のため、ご隠居様の騎士団(の一部)も同行する。オーク、ゴブリン、コボルトといった、RPGでおなじみのモンスターに襲撃される可能性がゼロではないから。
また、万が一のため、非常食、ナイフ、トーチ等を詰め込んだバックパックを常時携行しなければならないので、あまり格好のよいものではない。
わたしたちは、朝早く、お城を出て、1時間程度、行軍(これはローカルな野外実習用語)を行い、予定通りの時間に目的地に着いた。目的地では、一通りのレクチャーが行われてから班に分かれ、班ごとに共同で食料調達や調理等の作業をする。
班編成は、総代の、つまりマーガレットの御大の権限で、班ごとの共同行動の直前に発表される。直前に発表することで、一切の異議申立を封じる意味があるのだろう。
「同じ班じゃなくて残念だったね。お別れだね」
エレンは名残惜しそうに言った。そんな大げさなものではないと思うが。
「夕方には、また会えるよ」
わたしは、エレンとは別の、マーガレットの御大とは同じ班だった。何だかキナ臭い。御大は、一体、どんな方法で歓迎してくれるのだろうか。
やがて、御大がわたしのもとに駆け寄り、
「行きましょう。一度、あなたとはゆっくりと話をしてみたかったの」
御大がわたしの手を引く。他の班員も、わたしたちに続いた。
わたしたちは、食べられそうな植物や木の実を、摘んだり、もいだり、拾ったりして、食料を集めた。それほど苦労はしない。訓練用に食べられる植物を植えているのかもしれない。退屈なほど、何事もなく時間が過ぎてゆく。
そのうち、御大が、
「ねえ、カトリーナさん、この近くに面白いものがあるんだけど、見に行かない?」
「本当に面白いなら見たいね。何があるの?」
「言葉では説明しにくいけど、見れば分かるわ。行きましょう」
行ってみると、その面白いものとは、何とも形容しがたい設備というか、見た目、直径10メートルほどの巨大な円形の井戸のようなものだった。地上に出ているのは1メートルほどの高さの石垣で、その中をのぞき込んでみると、内壁は石で覆われ、深さは4、5メートル程度か。底には土が堆積しているように見えた。
わたしがじっと巨大井戸の中をのぞき込んでいると、突然、班員から両足をつかまれ、そのまま「せーの」と、上方に持ち上げられた。そして、
「それ!」
というマーガレットの掛け声で、わたしは、まっ逆さまに巨大井戸の中に投げ込まれたのだった。実に手際よく、反撃する間もなしに。




