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ザ☆旅行記Ⅰ ご隠居様の城  作者: 小宮登志子
第2章 後宮候補生
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ご隠居様と弓術

 この日、ご隠居様は非常に不機嫌だった。後宮候補生の授業で弓術の実技が行われたが、的の中心を射抜ける者がいなかったからだという。ご隠居様が不機嫌だと、執事さんが蒼ざめるわけで、

「困った困った…… どうしよう……」

 執事さんは狼狽して頭をかきむしっていた。執事さんによれば、この家の先祖がエルフで、帝国草創期に伝説のエルブンボウを駆使し、初代皇帝の危機を何度となく救い、その功績により、諸侯に列せられたことから、この家では、代々、弓術が大変に重視されてきたとのことだ。


 面白そうなので、中庭の実技訓練場まで行ってみた。「バカヤロウ」という、ご隠居様の怒鳴り声が辺り一面に響いていた。見れば、的の中心どころか、的の端にもあまり当たっていない。突然だけど、わたしは元弓術部主将なのだ。わたしから見ても、思わず失笑がこぼれるほどに、皆さん、下手。

「誰か、的の中心を射抜ける者はいないのか。誰でもいい」

 ご隠居様は大いに立腹していて、誰もが怖がって近寄らない。砂金の一件の際にご隠居様の側にいた後宮候補生は、ご隠居様をとりなそうとしているようだが、うまくいかないようだ。

「えーい、そこのおまえ、ちょっとやってみろ」

 たまたまわたしがご隠居様の目に留まった。

「わたしですか」

「そうだ」

「本当に? メイドでも、いいんですか??」

「同じことを何度も言わせるな。わしが命令する」

 後宮候補生から「メイドごときが」という反対意見が出そうなものだが、みんな、一言も発言せず、成り行きを見守っている。ご隠居様がお怒りになると手がつけられないということだろう。


 わたしはご隠居様から、弓と矢を三本、手渡された。三射のうちで、一度でも的の中心を射抜ければいいとのことだ。元弓術部主将のわたしとしては、正直、腕が鳴る。往年の腕前さえあれば、それほど難しくはない。しかし、引退してから、かなり経っている。

 ともかくも、わたしは弓を構え、弦を引き絞った。ちらりと周囲を見ると、みんな、祈るような目でわたしを見ていた。とりあえず、ご隠居様の怒りが静まるかどうかは、わたしの三射にかかっているらしい。

 そして、精神を集中して第一射……

 

 見事に外れた。後宮候補生からは、ため息が漏れた。

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