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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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7話 修復≒補修

 ゲートで許可証を見せ、アレックス達は本部敷地内駐車場に車を停める。

 建物内に入ろうとしたとき、警備員の足止めを受けた。


 アレックスは「機械化肢体はこれだからなぁ」とぼやいていたが、アレックスの巨躯は手と首さえ隠しておけば、あとは服のおかげで機械化肢体とは一見してわからない。

 おそらくバンダナを口に巻いているせいではないかと、二人は思った。

 ギャングと言えば口にバンダナだ。警備員が職務を果たすのも無理はない。


 玄関をくぐったあと、マリーは受付に話しかけられた。

「なんですって!」と驚く声が聞こえる。

 何か、予定外のことが起きたのかもしれない。

 次に携帯電話を取り出しどこかへ連絡していた。短い電話だった。

 女性は長話ばかりするときいていたが、彼女には当てはまらないらしい。


 そうしてマリーに案内されたのは、薬品臭のただよう薄暗い研究室だった。

 広い部屋ではあるが、雑多に物が置かれ、机の上に隙間が見当たらない。

 そのなかで一際目を引いたのが、金属の光沢を放っている物体だ。


「これって……腕、だよね?」


 アレックスは金属骨格で構成された腕のようなものを、しげしげと眺めながらマリーに聞く。


「ええ、そうよ。わたしの本来の研究テーマは人造人間(アンドロイド)なの。ハード、ソフト両面の、ね。半年前からいろいろ調達していて、機械化肢体用のパーツも全部ではないけどあるわ。服を脱いでそこに寝て頂戴。システムはスリープしてね。一人でできる?」


 マリーは、あちこちの棚や機械をいじりながら答え、アレックスに工作台に寝るよう言った。

 戦闘用機械化肢体は通常のものと違い、排除(オミット)されている機能が多い。

 強度を保つための可動域が正にそれだ。日常の細かな作業に向かない。

 着替えもその一つだ。アレックスは体躯のせいもあり、着られる服と言えばサイズの大きいつなぎ服くらいだった。


「一人でできるよ。練習したから。でも服、どうしても脱がなきゃダメ? こんな体でも、見られるとはずかしいんだけど」

「台に寝るまでは、あっち向いていてあげるわ。それで妥協してちょうだい」


 ちらりとヒュージに目をやると、すでに背を向け、視界の通らない位置に引っ込もうとしていた。粗野な外見に似合わず、紳士的な行動だった。

 そうこうしているうちに、アレックスから「もういいよ」と声がかかる。

 マリーが工作台のスイッチを押すと、様々な工作機械が収納されている円筒の中に睡眠状態のアレックスが呑み込まれてゆく。ヒュージが戻ってきた。


「今はコレ一つで、開発から整備まで一括なのよ。今回は設計図通りに直せないけど」

「知っている。GLWの部品も作れるからな」


 ヴィルベルヴィント社製、万能工作機械(クリエイター)オーガン。

 設計図さえあれば、なんでも作成可能という触れ込みの逸品だ。

 型は古いが、良い品だ。


 わきにあるスイッチで解析を開始。スクリーンにアレックスの、透過済み三次元モデルとは別の、だが同じ形の機械化肢体モデルが比較図として表示される。

 つぎはぎだらけの体。アレックスが恥ずかしがるのもわかるような気がした。


「本当に、脳以外機械化されているのね……。理論上可能とされていたとはいえ、実物を、しかも父の作品で見ることになるなんて。……あ、ごめんなさい」


 ヒュージの前でアレックスを作品(モノ)扱いしてしまった。


「……構わないさ。あいつは寝ている。あいつの前では言わないでくれよ」


 両手を広げ、おどけてみせる。ヒュージはこういうことに慣れている。

 アレックス本人が気付いていないなら、多少の暴言は許せるつもりだった。


「しかし、助かったよ。もうそろそろ本格的なオーバーホールでもしなきゃ、機能不全を起こす所だった。ありがとう」


 ヒュージの声に安心感が聞き取れた。


「どういたしまして」


 脳と脳髄を収めたパック内部は透過されていない。

 特殊加工されたそれは通常の解析機器では透過できないのだ。

 側面に印字があるようだが、画素が足りず読めない。


「……どうなっているの。関節駆動系が全くの別物。この体になってからどれぐらいなの?」


 手首から先に至っては左右で部品もばらばらだ。


「一〇年くらいだな」


 物言わぬアレックスのかわりにヒュージが答える。


「一〇年!? 嘘でしょう。そんなに――」

「俺がメンテしていたからな。だいぶ金がかかっちまったが、それなりだろう? 最初はよくわからなかったが、いじっていたらなんとなくわかってきた。拡張機能と脳周りは手が出せなかったけどな。それより早く済ませてやってくれ」


 アレックスの機械化肢体は特注品。世界中どこを探してもみつからない脳以外を機械化、それも整備性を度外視した戦闘用の試験体。

 それが設計図もなしに改修されている。

 ヒュージの技量に、驚嘆するほかなかった。


 マリーは部品交換と被膜の補修を入力し、決定を選択した。

 バッテリィパックの損耗率は低かったが、ついでに換えておく。


 お詫びの意味も、ある。あとは機械任せだ。

 アレックスの食事にあたる、ブドウ糖等多種類溶液(サプリメント)はさすがに用意がない。

 マリーは研究室入り口付近にうずもれていたコーヒーメーカを操作し、二人分のコーヒーを入れた。

 香りが部屋を満たしていく。


 ヒュージは断ったが、彼女にせっかくだからと手渡される。


「コーヒー、嫌いだったかしら」

「俺は、平気だ」


 ヒュージの物言いに、違和感を覚える。


「安心して。合成食品じゃない本物の豆の加工品よ。着色液じゃない」

「そりゃまた随分な高級品で」


 このご時世に嗜好品を、合成食品より格上の即席食品(インスタント)で他人に振る舞える人間はそういない。

 続く戦乱。荒れる大地。踏破性に優れるGLWは戦場を選ばない。

 それはすなわち、陸であればどこでも戦場に変えてしまうということだ。


 重要施設や都市部は対GLW防備が固められたが、広大な穀倉地帯等はそうではなく、無法者やテロリスト達に踏み荒らされ略奪が横行した。

 そのため人口爆発を乗り越え、紛争や遺伝子問題による人口減少に差し掛かかり食糧問題に歯止めがかかった今でも、疑似や合成でない本物の陸産物を手に入れるのは格段に難しい。


 それ程までに、GLWは世に広まったのだ。


「ただの貰い物よ。気にしなくていいわ」


 その言葉を信用できるほど彼女を知らない。ヒュージは警戒を強めた。

 マリーはあたりのゴミを蹴飛ばし椅子を探し出すのはあきらめて、壁にもたれた。

 足癖の悪い女だとヒュージは思った。

 あのスカートの中身がピンク。特に思うところはない。


「あなたを助手として迎え入れたくなったわ。」

「稀代の天才、ダグラス兄弟のご息女にそう言ってもらえるとは、光栄だな」

「……知っていたの?」


 ヒュージは、コーヒーの入ったマグカップを眺めたまま、口をつけようとしない。


 褐色の水面には、彼の表情は映らない。

 それはあまりに暗すぎる。


 この飲み物を、アレックスは口にしたことがない。

 これまでも、きっとこれからも。

 それを思えば、ここでは飲めないし、飲みたくもない。


「……名刺を見た。それにさっき表示されたモデル。昔、レイモンド博士に見せてもらったことがある。アレックスの体を知っているダグラスは一人しか知らない」

「父と面識があったのね」

「ああ、アレックスを施術してくれたときに、な。そのあとすぐに行方知れずになったが」

「わたしも、一〇年前から父には会っていないわ」


 アレックスが施術されてから一〇年でもある。


「ここは長いの?」

「一年と少しだな。あいつのおかげですぐなじんだから、もっと長いような気もしてるが」

「待って、あなたたち今いくつなの?」

「俺もあいつも一八くらいだよ」


 二人とも本来の社会保障番号を紛争で失っている。

 死亡扱いとされていたのだ。

 今使用しているのはアレックス達の養父、ゴダート医師が用意してくれたものだ。


 当時は八歳。

 そんな子供が、二メートル近い戦闘用機械化人間に仕立て上げられてしまった。


「ごめんなさい」


 年端もいかぬ子供を機械に作り替えた父親の所業に、マリーは謝らずにはいられなかった。


「何か勘違いしているようだが、別に無理やり手術されたわけじゃない」

「でも――」

「GLW同士の戦闘に巻き込まれた。アレックスは瀕死。都合のいいことにたまたま居合わせたレイモンド博士と、脳外科のゴダート医師に助けられたってわけだ。用意できた機械化肢体がアレってだけで」


 記憶の大半も失っていることは、言わないでおくことにした。

 マリーは黙っている。


「あんたが気に病むことじゃない。形はどうあれ、死ぬはずだった命が助かった。なら喜んでやらないと本人がつらいだろうさ。俺は、そう思うことにしている」


 そうとでも考えなければ、一つも救いがないではないか。

 それは口にしなかった。


「ありがとう。感傷的になってしまったわね」


 マリーは幾分か冷めたコーヒーをあおった。その顔はまだ暗い。

 ヒュージはいくらか思案したあと、マリーに言った。


「人造人間の研究をしていると言ったな。基本構造は有機か、無機か。どっちだ?」

「最終的には、有機ないし、それに準ずるものを目指しているわ」

「好都合だな。だったら、あいつの力になってやってくれないか?」


 ヒュージには実行したい計画があった。

 叶うことなどないと思っていた、子供が描いた夢物語。

 錆びついた願いが動き出す予感がした。


 それにこういった手合いには目標を与えると活気づくものだ。

 かつて自分がそうであったように。


 一時間ほど経ってから、ブザーとともに工作台がゆっくりと排出された。

 アレックスの顔はすっかり人間らしく復元されている。

 スリープを解除し、身なりを整える。


 アレックスは自身の状態を走査してみたが、外見の修復は十全だが機能面は不十分だった。使うつもりもない人工筋肉の出力増強のみ、つまりは戦闘モード以外の機能は死んだままだった。

 アレックスの着替えをよそにマリーがヒュージに確認を取る。


「さっきの話だけれど」

「急いでいるわけじゃない。頭の片隅に置いてくれればそれでいい」

「いえ、そうではなくて――」

「なになに。なんの話?」


 着替え終えたアレックスがマリー達のもとにやってきた。そしてマグカップの存在に気付く。


「それなに?」

「……コーヒーだ。飲んじゃいない」

「……ふーん。別にいいけど」


 アレックスの態度があからさまに不機嫌になった。

 ヒュージに対して背を向ける。


 飲むなとは言えない。

 ヒュージは生身で、嗜好品を嗜むことができる。悪いことではない。

 でも、自分には出来ない。彼とのどうしようもない隔たりを感じる。


 違う生き物だと、思い知らされる。アレックスは、それがたまらなく嫌だった。

 マリーは自分の失態に気が付いた。ヒュージが口をつけなかった理由。

 全身機械の弊害。


「ごめんなさい。わたしったら、つい、いつものくせで」

「あ、いいって。気にしないでよ」


 マリーは謝ってばかりだ。彼女に罪はない。

 いや、この場の誰にも非などない。ただ、立場が違うだけなのだ。

 見かねてヒュージが話題を変える。


「で、これからどうする?」


 ヒュージの言葉に二人が止まる。


「よければ件のGLW、みせてくれないか?」

「ええ、いいわよ。第一倉庫の中にあるの。行きましょう」


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