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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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6話 骨董品の価値は?

 アレックスとヒュージがシミュレータで訓練をしていた頃。

 

 マリーは格納庫内を歩く。目的地の前。そこでふと気が付き手鏡を取り出し自らの顔を映す。

 髪型に問題はないか、化粧の崩れはないか。チェックをする。


「……よし!」


 身だしなみに問題はない。

 彼は化粧を好まない。かといってしないわけにもいかない。

 商談(たたかい)で男が背広を着るように、化粧とは女の武器であり防具なのだ。

 マリーのような研究者であっても例外ではない。

 だからなるべく目立たないようにする。少しでも良く見られたい。


 もどかしい、甘やかな思い。

 彼女の持つ、わずかばかりの乙女心がうずいた。

 応接室のドアを三回ノックし、返事を待つ。


「おぅ。入ってくれ」

「失礼します。お久しぶりですね。サルセドさん」


 鏡の前で何度も練習した、とびっきりの笑顔を作る。

 シモンは応接室のソファに座って待っていた。

 机の上の書類を整理していたためこちらを見ていない。

 気心が知れているのも考え物だ。気落ちしながらマリーも座る。


 直接会うのは二年ぶりだろうか。

 仕事であちこち飛び回り、同じ基地に来ることになっても会う機会に恵まれなかった。

 見知った顔にまた会えるのは、それだけでも嬉しいものだ。


「電話はよくしてただろ? 嬢ちゃん」


 シモンはようやくマリーの顔を見た。表情に変化はない。

 化粧には気づかれていないようだ。そうとわかると彼は眉をひそめるからだ。


「直に会うのは、という意味です。あと嬢ちゃんはやめてください。わたしはもう二〇歳です」

「俺からみりゃあ、かわいい嬢ちゃんだよ。ちっとは育ったみたいだが」


 シモンはマリーの胸を見てそう言った。


「スタイルの良さには自信があります。触って確かめてみますか?」


 視線を受けて、白衣をはだけ胸を突き出す。

 ブラウスを押し上げる隆起が、揺れた。

 彼は乗って来ない。マリーにはわかる。


「わかった。俺の負けだ」


 シモンは両手を上げて降参する。やっぱりだ。


「あら、残念ですわ。若い娘の成長を確かめていただく良い機会でしたのに」


 マリーは白衣を整えながら笑う。


「勘弁してくれよ。俺はそんな犯罪者になりたくねぇ」

「わたしはもう合法ですよ?」

「そうだとしても、ガキの頃から面倒みていたんだぞ。そんな気になりゃしねぇよ」


 シモンはマリーが幼少のころからの知り合いで、実質的な保護者、養父といって差し支えない。

 彼の前では凛としていたい。

 親の前で良い格好を見せたい子供の情操だと自己分析する。


 正直に言えば、マリーはシモンを保護者として見ていない。

 せいぜい、年の離れた兄程度だ。

 だから、こういった冗談でからかってしまう。

 悪い癖だとは思うが、楽しい。


 しかし、今日のシモンは一味違った。


「それより、だ。そろそろ結婚相手の一人や二人できたんじゃないか?」

「……早いです。まだ二〇歳なのですから」

「もう二〇歳、だろ? こういうのは早い方がいい」


 長年の保護者生活から、父親のような発言が出るようになった。

 マリーにとっては、あまり嬉しいものではない。


「実はな。俺の知り合いの中から良さそうな奴を何人か見繕って――」

「――仕事! 仕事の話をしましょう!」


 とっさにさえぎる。このまま話が続けば、子供の名前まで決めかねない。


「あ、ああ。そうだな。これはまた次の機会にしよう」


 シモンは取り出しかけた写真を収めた。

 二人の前の机に書類がある。シモン宛の契約書だ。


「ようやく、決心していただけたのですね」

「ま、ここのやつらもだいぶマシになってきたからな。頃合いだろう」


 シモンはソファの背に深くもたれる。


「クイーンも喜びます」

「……こっちは喜べねぇよ。あいつの世話になるなんてな」


 互いに笑いをかみ殺す


「おお、そうだ。嬢ちゃん。昨日言っていた助手な。ちょうどいいのがいるんだ」

「本当ですか」

「ああ、GLWと機械化肢体に詳しい、まさにうってつけな奴がいる。ヒュージってやつがな。あとで連れて来よう」

「お願いします」

「ちなみに、結婚相手の候補でもある」

「それはいいですから!」









 応接室から退室したマリーが、アレックスたちに気づいて近寄ってきた。

 その後ろからシモンも顔を出す。


「ここで待っていてくれたのね。こちらのかたは?」

「こいつはヒュージ。僕の友達だよ」


 友達と紹介されたヒュージは、若干嫌そうな顔をして椅子から立ち上がると、マリーに向き直った。


「ヒュージ・リオッタだ。アレックスの付き添いであんたの所に行くことになった」

「そう、あなたがそうなのね。わたしはマリー・ダグラス。さっき、あなたの話をしていた所だったのよ」


 マリーはヒュージを上から下まで眺めた。

 値踏みでもしているのだろうか、とアレックスは思った。

 シモンが続ける。


「この嬢ちゃんの研究に協力してやってくれ、ヒュージ」

「……タダでは、やりたくないんですが」

「それなりの報酬は出すわ。具体的には、アレックスの交換パーツ。正規品分の額で」


 かなりの額だ。整備士で稼ぐ額よりは相当高い。


「引き受けよう。いつからだ?」


 ヒュージの片眉が吊り上る。金の話に興味を引かれたようだ。


「ヒュージ、現金!」


 アレックスは思ったことをすぐに口に出す癖がある。


「それを言うなら現金なやつ、な」

「とりあえず、アレックスのメンテナンスだけ先に済ませてしまいましょう。先払いよ」

「あれ? タダでやってくれるんじゃ?」

「パーツ交換までするとは言ってないわよ」

「わぁお」


 報酬先払い。そういった仕事は厄介ごとが多い。


「交渉成立だな。ま、がんばれや」


 シモンは事務所へと向かう。残された三人は格納庫外へ出る。


「あ、車はこっちね」


 先ほど車を乗り捨てた場所へと向かうマリーをアレックスが制し、来客用駐車場へと促した。








「出所不明のGLW(グロウ)が発見されてね」


 グロウとはGLW(グランドウォーカー)の別称だ。

 開発当初のハイドロジェネレータは内部熱量を放出しきれず、赤熱化(グロウイング)することが多々あった。

 そこから転じて赤熱機(グロウ)という蔑称がついたのだ。


 しかし、それも昔の話だ。技術が向上した今では単なる別称としての意味合いしかない。

 それでも、GLWを好ましく思わない人間はその呼び名を使うことが多いと聞く。

 彼女もそうなのかもしれない。


 マリーは車を走らせる。GLWに使用されるものと原理が同じ水素燃料電池で動く車は静かだ。

 それ故に注意喚起用の内燃機関の合成音を発する車種が多いが、この車は違うようだ。

 燃料電池車の本格普及はGLW開発の技術向上によって為された。

 つまりは戦争の産物。


 運転慣れしていないのか、必死な形相で前を睨みつけ、ハンドルにかじりついている。

 本部までの道すがら、マリーは助手席のヒュージに説明していく。


「GLWの専門家でもないのにその機体の解析を任されたのだけど、メインシステムのロックが厳しくて――」

「――技師を探していた、ってわけか」

「ええ、そうよ」

「別に、俺でなくてもよかったんじゃないか?」

「信頼できる人間じゃないと困るのよ。どういう機体なのかわからないわけだし。だからサルセドさんに頼んだの」

「それで俺に白羽の矢がたったわけだ」

「御明察」

「どういう機体だ? 個人製作じゃないのか」


 GLW及び関連装備は軍需企業だけでなく、民間企業でも工業や建築、果ては大衆娯楽や自衛用に製作されている。

 あまつさえ、パーツを揃えることができれば個人でも製作可能だ。

 ただしほとんどは稼働が保証でき(サタデーナイト)ない粗悪品(スペシャル)である。

 だが、個人が持てる戦力としては火器を搭載せずとも最大。

 その被害は銃規制が盛んであった時代の比ではない。今やその規制も意味をなさない。


 テロリストがGLWを手に入れ、民間人が自衛用に購入し、それらに対応するために軍と警察機構が新型GLWを開発、導入し、テロリストが対抗するために、という負の円環(サイクル)

 GLWを規制したくとも、蔓延した設計図からの製作が容易なため根絶は不可能とされている。

 生き続けたければ、殺されたくないのであれば、武器を持たねばならない。


 ヒュージの問いに、マリーはしばらくの間を置いてから答える。


「……戦闘を想定した対弾積層装甲。おそらくは軍用品だと思う。詳しくはデータを見てもらうことになるけど。そうね、全身を人工筋肉(バーサール)で覆い尽くした、人間のような構造のGLWよ」


 人工筋肉。電気粘性流体。

 外膜内をシリコンオイルで満たした、人を模す人外の肉。

 電圧を加えることでシリコンオイル内にある微粒子と反応し、生物の筋肉のように制御ができる。

 柔軟性と瞬発性に富むが、高価だ。

 しかし純粋な力比べでは油圧駆動方式に劣る。


「近接特化型みたいな構造か。古い機体だな?」


 今は低コスト化が最優先され、人工筋肉は最小限に留め、比較して交換がたやすい油圧駆動やモータ駆動式が主流だ。それだけ損耗率が高いのだ。


「おそらく一〇年程前のものよ。どうしてわかるの?」

「流行じゃないからだよ。ま、骨董品鑑賞も悪くない」


 たいして興味はなかったが、ヒュージはそう返しておいた。機嫌を損ねて報酬を反故にされても困る。

 話に入って来ないアレックスに気を遣い、後部座席に話を投げかけた。


「ところでアレックス」

「んー? あ、難しい話終わった?」


 アレックスは後部座席の真ん中で、シートに体を預け、動かないよう気を付けていた。

 左右のバランスを崩すと車体が著しく傾いてしまう。アレックスの体は重い。

 サスペンションの柔らかい乗用車では移動に不向きだ。


「難しい話なんかしてねぇよ。お前、この車運転したのか?」


 来客用駐車場に停めなおしたことを言っているのだと理解し、アレックスは答えた。


「するわけないじゃん。免許もってないし。したらヒュージ怒るでしょ」

「怒りは……。まあいい。ならどうやった?」


 ヒュージはしない、と言いかけてやめる。十中八九、アレックスの言うとおりだ。


「ドア開けるでしょ」

「ああ」

「サイド下ろして、ニュートラルにいれるでしょ」

「おう」

「押した」

「そうか。賢いな」

「まあねー」


 そのまま会話が途切れた。


 ヒュージはアレックスに車の免許をとらせてやりたかったが、政府未認可の機械化肢体では許可が下りない。

 装着者が増加し、法整備が整った弊害だ。

 以前は機能さえ果たしていれば問題なく免許が取れた。

 それよりも事前検診で全身機械化肢体が判明して大変なことになる可能性が高い。


 もっとも、練習に使った車が廃車となるような腕だ。

 生身でも実技試験に受かることはなかっただろう。

 アレックス曰く、慌てると力の加減を誤るらしい。


 どうあれ、ハンドルがねじ切れる様はもう見たくない。

 助手席でそれを見たとき、ヒュージは死を覚悟したものだ。


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