5話 マシンテレパス
ヒュージは先ほど片付けたノートパソコンを引っ張り出してきた。
「ケーブル出せ。今から復習だ」
データケーブルを渡し、端子の片方を首に接続する。
パソコンを操作し、GLWのシミュレートデータを起動する。
「ここで!? 人目についちゃうよ」
「わかりゃしないさ。それに、いつもわざと人目につくところでこんな風にメンテしてたろ?」
「あー。見られてもメンテ中って言い張るんだね」
「そういうことだ。繋いでいいぞ」
「はーい」
アレックスはやる気のない返事と共に、シミュレートデータ上に意識を移す。
電子制御された機械へと意識を流し込み、意のままに操ることができる、アレックスの機械化肢体の機能。二人はこれを機械感応と呼んでいる。
それを使い、シミュレートデータ内のGLWコクピットに搭乗する。
実際のGLW自体を操ることもできるが、相応の負担が脳にかかるため、普段は使わないようにヒュージに言い含められている。
そもそも、そんな操縦方法を見られれば、好事家や軍部の研究材料にされかねない。
GLWに関する技術革新はどの国も躍起だ。
表立ってはいないが、それこそ高性能機体に合わせた人体改造すら日常的に行われているそうだ。その中で操縦桿に頼らない直接操縦技術が確立されたとすれば、どうなるのか考えたくはない。
ただでさえ全身機械化肢体の稀有な例なのだ。
保身のために隠しておくに越したことはない。
この基地で事情を伝えたのはシモンだけだ。
他の人間には両手足、首の一部が機械化肢体だとごまかしている。
体の半分以上が機械でも、珍しくない時代である。
軍事基地にわざわざ住み込みで勤めているのも、万一の時に探究心の塊たちの干渉を防ぐためだ。もちろん米軍からの干渉の危惧はあったが、それを言い出したらきりがない。
実際、灯台下暗し。意外とどうにかなるものだった。
軍事基地を選んだのは機械部品を安く手に入れるためでもある。
世の中には、軍人割引なるものがある。
二人は軍属ではないけれど。そこはそれ。融通を利かせてもらっていた。
「乗ったな?」
「うん」
アレックスの視界には、データ上に構築されたGLW〈タイタン〉のコクピットが見える。
傍から見ても、まさかパソコンの中に没入しているなんて思われないだろう。それでも用心のために、アレックスのメンテナンス用のダミーデータを、バックグラウンドに用意しておく。
「データなんだから最新鋭機に乗せてくれても良くない?」
「そもそも乗る機会なんてないんだから、〈タイタン〉で十分だ」
「それもそっか」
「さて、起動からやってもらおうか」
「う、うす」
起動手順はうろ覚えだ。
それもそのはず。まともに動かせるようになってから、一度も触っていなかった。
その場しのぎで覚えたものなど身に付く訳もない。
様々な車両搭載電子機器が居並ぶコクピットは、アレックスを責めたてる針のむしろのようだった。
「えーっと……」
データ上のアレックスの手が目的意識もなく中空をさまよう。
「……今は待機状態だ。次はどうするのだったかな?」
ヒュージが教師然とした物言いで質問を投げかける。
生憎とアレックスは本物の教師をみた覚えはない。
「アイドル? アイドルね。うん、アイドル」
アイドルとは何か。
聞き覚えはあったが、記憶の泉から引き上げることはできなかった。
日本で盛んであるという無駄な知識の持ち合わせはあった。
「そうだね。アイドルなんだから、マネジメントかプロデュースかな?」
「なかなか斬新な答えだな。キーは刺さっている。モニタの電源を入れて制御パネルから待機を解除しろ」
「あーい」
渾身のギャグはさらりと流されてしまった。少し悔しいが、追及しては野暮というものだ。
OSが立ち上がり、機体の各部ロックが外せるとモニタに表示される。
「荷物運びでもやってもらうか。前に置かれたコンテナを指示ポイントまで運べ。関連付けはしてある」
関連付けがされていないと、パイロットがマニュアルで標的に行動指示を設定しなければならない。コンテナに対してなら、どこをどう持ち、どのような体勢で保持しつづけるか、と言ったところだ。
それらをマニューバとして作成し、登録しなければならない。
GLWは物語中のパイロットのように、操縦桿操作のみで自由自在に機体を制御することはできないのだ。
操縦技術の均一化。安定、そして安価な兵力。
だがそれ故に決定的な差が生まれた。
戦闘技術よりも、生まれ持っての身体能力、特に反応速度がものをいう。もちろんその差を訓練や経験で縮めることはできる。だが、埋まりはしない。
では、どうするのか。
いや、どうしたのか。
GLW紛争の中で、その差を埋めるための技術がいくつも生まれ、消えている。
おそらくは、アレックスの体もその一つ。
コクピット内、視界モニタにコンテナが出現した。ターゲット表示が出る。
「まずは関節のロックを外して、機体をフリーに。降着姿勢を解除して、起立。右操縦桿で方向転換。左操縦桿を前に倒して、右フットペダルをゆっくり踏んで前進……」
起き上がった〈タイタン〉が向きを変えてゆっくりと歩を進め、コンテナの前へ。
GLWは人型だが、歩き方は若干人と違う。
それは腹の中に人を抱えているためだ。
そのため、なるべく上半身が上下などに揺れないよう制御されている。
その腹に配慮した動きから、一昔前は『妊婦』と揶揄された。
警告音。
「え、何?」
慌てて左フットペダルを踏み込み停止。
慣性で前へと進もうとする機体をSWSが制御。
そして左操縦桿を後ろに倒し、右フットペダルをゆっくり踏んで後退していく。
「衝突警報だ。マニューバ選択、忘れてる」
「いっけね」
右操縦桿を少しだけ前へ倒し、機体に前傾姿勢を取らせる。
コンテナをヘッドアップディスプレイ内ターゲットサイトに収めた。
HUDに映る短縮命令欄に一つだけ設定がある。
運搬用に組まれたマニューバだ。
これらは左操縦桿にある八方向キーに割り当てられている。
上キーに設定された運搬マニューバを親指で一回押す。待機。
左操縦桿上段、メイントリガを引く。機動を開始。
下段サブトリガには割り当てがない。押しても反応はない。
使用頻度の高いマニューバ、特に戦闘用はこうして短縮設定しておくのが一般的だ。
その他は制御パネルから選択する。もう一度近づく。
機体が勝手に両手を広げる。
「これでいいかな」
コンテナに備え付けられたGLW用の取手を掴み、持ち上げる。成功。
マニューバさえ選択してしまえば、細かい動作を入力する必要はないのだ。
問題はそのマニューバの作成と、操縦中に最適な行動解を導き出せるかどうかだ。
「よし、ポイントまで駆動輪を使用しろ」
「うーい」
左操縦桿ジョグスイッチを操作し、歩行形態から動輪走行形態へ。
駆動輪をセミオートで起動する。〈タイタン〉脚部に備えられた動輪走行装置が稼働する。
GLWの移動は歩行も動輪走行もフットペダル右が加速、左が減速、停止に割り当てられている。
車と同じだ。ただしシフトレバーの類が存在しない。
左操縦桿の前後で前進後退を決める。左右で平行移動。
斜め移動もスムーズだ。ニュートラルで跳ね、しゃがみがある。
大ざっぱに言えば操縦桿左が移動、右が視界の操作となる。
動輪走行状態でも二脚による歩行、走行ともに可能だが脚部に相応の圧力がかかるため推奨されない。
またマニュアル起動でペダルのロックが解放され、左右ペダルの前後の踏み込みで両足の駆動輪をそれぞれ順回転、逆回転することができる。アレックスは頭が混乱するので使わない。
早く終わらせるために最大加速。
〈タイタン〉が重心を落として爆走を開始する。
八メートルの巨体が、時速七〇キロ近い速度で走行する様は壮観だ。
指示ポイント手前で左フットペダルをベタ踏みする。
急制動をかけられた機体が不安定におちいった。
しかし、SWSによりバランスが保たれる。対G警告が鳴り響く。
はたして、機体は指示ポイント中心にドリフトしながら到達した。電子音が鳴りやまない。
「どんなもんだい!」
自分では完璧な操縦だとアレックスは思った。
「お前なぁ。機体表示見てみろ」
言われて視界モニタ内左すみに表示されている全身図、簡易破損表示を見る。
「あらら。腕が真っ赤だ」
急制動に際して、コンテナを押さえるために腕部を酷使したためだろう。
重量を考えていなかった。電子音は破損警告だったようだ。
「コンテナの中身もぐちゃぐちゃだろうさ。七〇キロでドリフトなんて普通やらねーぞ」
「褒めてる?」
「褒めてない」
「そっかー」
アレックスは結果に大した興味ももたず、操縦桿から手を放す。
視界モニタ一杯にミッション失敗の表示が出た。
機械感応を終え、ケーブルを抜く。
「次は真面目にやれ」
「結構真面目にやったんですけどね」
「なおさらだめだな。よし、今度初歩からやり直しだ。もちろん座学、GLWの値段からやる」
「値段は知ってるよ。戦車より高いんでしょ?」
「違う。まったく、戦車が買えるだけの金があればGLWが何機買えるか……。GLWのウリは高機動力、低価格、良整備性。教本暗記させるぞ?」
「うへぇ」
「座学が嫌なら破損機動を考慮して動かせるようになれ。戦闘以外でも役に立つんだからな」
ヒュージの教えは厳しい。その様を想像するだけで辟易する。
長期戦を覚悟し、これからどうやり過ごそうか考えていると、待ち人が応接室から出てきた。
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