4話 ヒュージ・リオッタという男
格納庫内に戻ったアレックスは休憩室の皆にシモンからの言伝を伝えた。
さわがしい歓声があがる。
「あれ? ヒュージは?」
休憩室のなかに、友人の姿は見えない。
「八機分全部の訓練用プログラム組んでくれるって、ハンガーに残ってるぞ」
「そっか、ありがと」
礼を言って、立ち去る。休憩室の中では皆、それぞれ好きなものを食べていた。
経口摂取がうらやましい。アレックスの体に口はあるが喉から先はない。
音声は喉の奥のスピーカから発声されるのだ。
ハンガーには、アメリカ陸軍で正式採用されている、グリュンネル鉄鋼製GLW簡易改造機〈タイタン・プラクティ〉が八機、直立して並んでいた。
模擬戦闘用着弾センサを内蔵した縦に長い頭部。太く短めの手足に卵型の胴体を持ち、機動性を犠牲にしてでも、重心が低くなるように再設計されていた。
そのため、全高は七メートルとなる。
これは最新技術により小型化された機体群よりも一メートルほど小さい。
そして胸部前面、背面、肩口に転倒時破損抑制用のアーチを描く追加フレームが一対ずつ装備されている。SWSが優れたオートバランサであっても対策は講じなければならない。
旧世代機ではあるが安定性、信頼性は抜群であり、訓練にこれほど適した機体はない。
この機体での教練が終わると、正式な〈タイタン〉への搭乗が可能となる。
両機の違いと言えば、背が低く塗装と訓練装備がない点だけだが、いざ乗り換えてみると視界の変化に戸惑うものが多い。
一メートルの差だが、それは大人と子供ほどの視界差がある。
そこで大体の兵士は理解する。今まで学んできたものが訓練上のものでしかないと。
実践で使用できる兵器への搭乗ともなると、大なり小なり新兵たちは色めき立つものだ。
訓練機であることを示すオレンジの塗装。
訓練と言っても、GLWの操縦自体は難しくない。
選択された動作設定に対し、機体が自動的に『中割り』を実行、最良の動作が決定されるからだ。操縦者は使いたいマニューバを入力するだけでいい。
セミオートマチック。
まるでゲーム感覚だ。
そのゲームのような機動にパイロットが耐えるため、体力作りも欠かせない。
今でこそGLW専任のパイロットが育成されるようになったが、一昔前は無人戦闘機に仕事を奪われた戦闘機乗りが兼任、または機種転換するのが当たり前だった。彼ら戦闘機乗りがGLWの戦闘機動に難なく対応できる体力と技量を持ち合わせていたためだ。
ただし、空を飛ぶ誇りを捨てられる者に限った話ではあった。
マニューバは様々で、初期設定から搭載されている『起立』などもあれば、自力で作成し、追加することもできる。
タンゴだって踊れる。SWSさまさまだ。
マニューバとは略称で、本来は陸上戦闘機動という。
〈タイタン〉の一機、コクピットハッチ正面。キャットウォークに座り、機体とケーブルで繋がったノートパソコンのキーボードを叩く男がいる。
適当に刈り込んだ茶色がかった黒い髪に猛禽類を思わせる鋭い目つき、気難しそうなへの字口。
薄い灰色の瞳。
つなぎ服の上からでもわかる、戦うために鍛えられた体つき。
彼の名はヒュージ・リオッタ。
「ヒュージ! シモンさんが、マニューバ組み終わったら上がりでいいってさー」
高い位置にいるヒュージにそう呼びかける。
「オッサンが? そうか。ならもう終わる」
データを推敲していたヒュージは、ノートパソコンを畳んで腰を上げ、階段をおりてきた。
「え、八機分全部やったの? はやくない?」
アレックスの横に並ぶと、ヒュージの体格も若干小さく見える。
彼はそれを気にしている。
「力仕事を全部他人任せにしたからな。俺はこっちの方が好きなんだ。あと、これ返すな」
GLWとノートパソコンをつないでいたデータケーブルを渡し、軽く肩をたたきながらそう言った。彼の左手にはアレックスと色違いの、銀色をした腕時計がある。
「さっすがヒュージだね! じゃあ僕、GLWと繋がって確認してみようか? あ、そうそう。
僕このあと本部に行くつもりなんだけど、ヒュージも来ない?」
つなぎ服のポケットにしまいかけたケーブルを、再び取り出しながらアレックスは言う。
「必要ない。俺の仕事は完璧だ。しまっておけ」
ヒュージはアレックスにケーブルをしまわせ、話を続ける。
「本部に? 怒られるようなことしたのか」
「ちがいますー。僕のこの体のこと、知ってる人が本部に勤めてて、さそわれたんだ。体のメンテもタダでやってくれるってさ! でも一人だと心細くて……」
がくり、とうつむくアレックス。
表情があまり変わらない顔なため、感情をあらわすのに全身を使う、アレックスなりの工夫だ。
「わかった、わかった。一緒に行くよ。それでいつだ?」
ヒュージは、アレックスが担がれたのではないかと思ったが、黙っていることにした。
一仕事終えた後で、確認するのも面倒だ。
「シモン整備長とのお話が終わったらかな」
「オーケイ。いつになるかわかんねぇってことはわかった」
ヒュージはあきれた様子もなく近くの机にパソコンを置くと、近くにパイプ椅子があるにも関わらず、応接室入り口が見える位置で地面にあぐらをかく。
アレックスはその場に腰をおろし脚部関節の損耗を抑える。
アレックスは椅子に座れない。金属の体は重い。昔に一つ壊している。
ぐにゃりとひしゃげた椅子は、前衛芸術の作品のようだった。
ヒュージはアレックスに合わせているに過ぎない。
「……ご飯は?」
「もう食った」
そういってヒュージはポケットの中、栄養補助食品の空袋を、机横のゴミ箱に入れた。
「いっつもそればっかりじゃん。もっといろんなもの食べた方がいいよ」
「ばっかお前、これひと袋で一日に必要な栄養全部摂れるんだぜ?」
「え、ほんとなの? すごいね! で、味は?」
「クソマズ」
「安いからってそればっかり……。もっとおいしいもの食べなよ。それに色んな種類食べないと、僕みたいに大きくなれないよ?」
「……うるせーよ。お前がでかすぎるだけだろうが」
アレックスの冗談に、ヒュージは笑うことができない。
成長することのない、機械の体。
食事に関して、ヒュージは何度言っても聞き入れてくれない。
自分に遠慮しているからだと、アレックスは知っている。
別に気にしなくてもいいのに、とは思う。でもたぶん、おいしそうなものを食べているところを見かけたら、アレックスは拗ねるだろう。
自分が子供っぽいのは、自覚している。
生来のものなのか、脳みそしか生身の部位が無いせいなのか。判断できないのだ。
アレックスが黙ってしまったのを見て、ヒュージは食事の話題を切り上げる。
「おまえ、昼のニュース聞いたか? 軌道エレベータの話」
ヒュージは椅子に深く腰掛け、アレックスに話しかける。
「聞いてない」
「たまには聞いとけ。で、だ。噂じゃアレ、使用不能らしいぜ」
「世界中でもめてるんでしょ? 使ってる場合じゃないもんね」
「そうじゃない。中枢演算装置がアクセスを受け付けなくて使えないんだと、昔から」
「なにそれ。じゃ、あれは大きいだけのゴミってこと?」
「噂だが、な。もしそれが本当なら、責任のなすりつけあいで国同士がいがみあいだ」
「今とかわんないじゃん」
「それもそうか」
アレックスの返しが面白かったのか、ヒュージは珍しく口の端を少しだけ釣り上げて笑っていた。
ひとしきり無駄話をしたあと、ヒュージはマリーについて聞いた。
「んーとね。メガネの美人さんだよ。あとピンクのパンツはいてた。フリフリのついた、かわいいやつ」
アレックスの説明に、ヒュージはため息をついた。
「その情報、要るか?」
「ヒュージなら、何かの役に立てられるかなって」
「お前、俺に何を期待しているんだよ。初対面の女の下着知っているとか、気まずいだろうが」
「もしかしたら、『そんなことまでわかるなんて、素敵』ってなるかもしれないじゃん?」
「嫌だなぁ、そんなやつ。確実に頭おかしいだろ」
アレックスは食い下がる。
ヒュージとの、こういったくだらない会話が大好きだ。
「えー。面白いとおもうけどなー」
「それは面白いんじゃなくて、面白がっているっていうんだよ」
アレックスはふと、ポケットの中の名刺を思い出した。
「あ、名刺もらってたんだ」
「最初から渡してくれよ」
名刺を受取り、名前を確認する。
『グリュンネル鉄鋼 第一開発研究室 客員研究員 マリアンヌ・ダグラス』
少しだけ目を細める。ヒュージはダグラスの名に覚えがあった。
さして珍しい姓ではない。だが、アレックスの機械化肢体の存在を知っている。
この一点で、特定できる。
狂人、ダグラス兄弟の関係者だ。
全世界に向けてADMフレームの基礎設計図を配信したとされる兄、ハワード・ダグラス博士。
そしてサイボーグ技術が発達した現代、いや、語弊がある。
そういった技術に頼らざるを得なくなってしまった現代。
それでもなお現行で違法とされている、脳改造による人体の機械接続。
その研究者、弟のレイモンド・ダグラス博士。
娘がいたなどという話は聞いたことがなかった。
隠匿されていたのか。
だが、そうでもなければまともな生活は送れなかったであろう。
昨今のGLW紛争の発端とも呼べる人物の娘。
怨嗟の矛先が向くのは想像に難くない。
しかし姓を隠すくらいはしてしかるべきではないのだろうか。
そして狂人の片割れ、レイモンド博士はアレックスとヒュージの恩人だ。
「あー、あとお父さんがこの体作った人だって言ってた」
「……そういうことは、先に言ってくれ」
ため息をつく。無駄な推論をしてしまった。
アレックスはレイモンド博士のことを知らない。
博士はアレックスに施術を行うと、すぐにどこかへ行ってしまったと、同じく施術に関わったマイク・ゴダート医師に教えられた。
ゴダート医師はアレックスたちの育ての親だ。
仕事を始める前、一四歳まで世話になった。
しばらく連絡を取っていない。元気でいるだろうか。
「それはそうと、お前練習さぼっているらしいじゃないか」
ヒュージの鋭い眼光がアレックスを捉える。
怖い顔だが、決して怒っているわけではない。
長く一緒にいるからそうとわかる。
「えっ! そんなことないよ!?」
アレックスはヒュージから顔をそむけた。怒られてはいないが、責められてはいる。
「わかりやすいやつだよな、お前」
「むむむ。言わないでっていったのに」
「なぁにが、むむむだよ。心配してもらっているんだから、むしろ感謝しろ」
「ちぇー」
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