表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
5/48

3話 ピンク色の衝撃

 軍事基地には不釣り合いな、学者然とした若い女性だった。

 黒のタイトスカートから、すらりと伸びたストッキング姿の足がまぶしい。

 左手には一〇〇年は昔の短銃身(ショートバレル・)回転式拳銃(リボルバー)が握られていた。

 隠し持つには(コンシールド)うってつけ(・キャリー)だが白衣姿の女性が持つには、ずいぶんと風変わりで、野蛮で、不釣り合いだ。


 アレックスは状況が理解できない。挨拶は大事だったということだろうか。

 下手に動けない。両手をあげたら撃たれそうだ。


「その体、どこで手に入れた」


 底冷えのする声。いらだった怒気が声にあらわれている。

 長い黒髪を肩口で束ね、前へ流している。赤いアンダーリムのメガネ。薄化粧の整った顔。

 美しい女性だ。親の仇を見るような目でこちらを睨みつけていなければ、なお良かった。


「返答次第では、ここであなたを……射殺する。この銃で眼孔の隙間を撃てば、脳を破壊することも可能よ」


 サイの頭を思わせるフロントサイト。その銃口が、アレックスの右眼に向けられる。

 ほんの数センチの距離。

 使われたことのない、とてもきれいな銃口。よくみれば、その手が震えている。

 理由のわからない暴力の前に震えたいのはこちらだ。

 撃つ覚悟がない。撃たせちゃいけない人だ。アレックスはそう直感した。


「答えるのはいいんだけど、一つだけお願いがあるんだ」

「……声までそっくりなのね。銃ならおろさないわ」


 銃を持つ手に力がこもる。右利き用の銃。これもまた不釣り合い。


「足を、おろしてほしいんだ。その、見えちゃってるから」


 女性はようやく、自身のスカートの中がアレックスに丸見えになっていることに気付く。

 さっと足をおろし、引き金に指をかけた。

 ダブルアクション。引き金を引けば、弾が出る。

 アレックスは慌ててまくしたてる。


「まって、まって! この体は昔、事故で大けがをして、そのときにもらったものなんだ!」


 逆上しかかっている女性にバンダナをはぎ取られ、口元があらわになる。

 そこには本来あるはずの頬肉がなく、代わりに剥げかけた樹脂製皮膚と金属の骨格がのぞいていた。


 脳以外、機械。全身が、機械化肢体(オール・マシンボディ)

 それとも、コンピュータユニットを積んでいないから古い(オールド)機械体(・マシンボディ)

機械化(マシナリー・)人間(ヒューマン)とでもいおうか。

 まるで童話のブリキ人間(ティンマン)


 アレックスは、いわゆるサイボーグだ。


「そんな嘘を信じろというの? もう少しうまい嘘をつくべきね」


 女性は、アレックスの金属骨格に一切の驚きを見せなかった。

 この体のことを知っている?


「そういわれても、本当のことなんだけど……。あ、じゃあ今からうまい嘘考えるから、しばらく待ってて!」


 嘘偽りなどなく教えたというのにあんまりであった。

 それならば納得のいく内容で譲歩してもらうしかない。


 とにかく殺されてはかなわない。

 アレックスの素っ頓狂な申し出に、女性は気勢をそがれたようだ。

 彼女から発せられていた怒りが急速に静まっていく。そして銃がさがる。


「わたしはマリー・ダグラス。その体はわたしの父が開発した代物なの。それと、銃を向けたこと。謝るわ、ごめんなさい。ああ、いくらなんでもやりすぎたわ……」


 マリーと名乗った女性は、銃をおぼつかない手つきで腰のホルスターにしまい、そう言った。

 怒ったり落ち込んだり、忙しい女性だ。

 やはり、銃を使い慣れてはいないようだ。


「しょうがないよ、こんな体だしね。滅多に気付かれないけど……。僕はアレックス。それより、いいの? まだなにも考えつかないんだけど」


 バンダナを口に巻きなおしながら立ち上がり、マリーに問う。

 人工被膜(ばけのかわ)の剥げた金属骨格は、人にいい印象をあたえない。

 それはまるで大昔の映画の殺戮者みたいな顔だ。


「もういいわ。それにその体は強化外骨格(パワードスーツ)技術を流用した戦闘用、いわば小型のGLWよ。やろうと思えばわたしを無力化するのは簡単。でも、あなたはそうしなかった。自分の身に危険が迫っているのに。信用ならそれで十分」

「そういえば、そうだった。機能を使ったことがないから忘れてた」


 これは嘘だ。忘れてなどいない。機能を使ったことがないのは本当だ。

 幸運なことに。

 しかし敵意がないから信用する、というのはいささか早計なのではないだろうか。

 駆け引きとか、苦手そう。アレックスはそう思った。


 アレックスの態度にあきれた様子のマリーは一呼吸おいて、時刻を確認した。

 右手首に巻きついている腕時計は、高級品にみえた。

 欲しいわけではないが、とても自分には手に入れることなどできそうもない。

 どこのブランドだろうと考える。


「あとでゆっくりと話がしたいわ。手間をとらせるけれど、本部まできてくれないかしら。お詫びといってはなんだけど、メンテナンスもしてあげる」


 そういうと、彼女は白衣の胸ポケットから名刺を一枚取り出し、アレックスに手渡した。

 角がよれている。


「僕、お金ぜんぜんないよ?」


 名刺を見もせずポケットにしまう。

 アレックスは肩書など気にする性質ではなかった。


 機械の体は、維持に費用がかかる。

 戦闘用ともなると、適合する流通品自体が稀少でさらに値が上がる。

 シモンに非正規品や、表に出せない物品をタダ同然で工面してもらっていたが、それでもかなりの金額になる。


 こういったコネを持ち合わせていない人間は、稼ぐために非合法な仕事に手を染める者も多い。

 戦闘によって機械化肢体の装着を余儀なくされた者が、戦闘に加担していく。

 負の連鎖だ。

 アレックスも万年金欠状態が続いていた。


 もっとも、通常の食事を必要とする体ではないが。


「タダで診てあげるわよ。それにその体、わたしの持ち物みたいなものだし。それじゃ、またあとで」

「え!? それどういう意味!? あ、ねぇ! ちょっと!」


 聞き捨てならないセリフを言い残し、マリーは足早に格納庫内へ入っていった。

 向かったのはおそらく応接室だろう。

 慌ただしい人だ、とアレックスは思った。

 そういえば声までそっくりとはどういうことなのか。聞き忘れてしまった。


 何かが動き出した。アレックスはそう直感する。


 ただ緩やかに死を迎えるだけの生活から抜け出せそうな予感に、淀んでいた心が震えをおこす。

 あたりを見回すと、ドアをあけっぱなしの車が放置されていた。


 軍事基地に似合わない、ピンク色の小型乗用車だ。彼女のだろう。

 アレックスは来客用の駐車場に停めておこうと歩き出した。


 彼女はピンク色が好きなのかもしれない。

 ストッキング越しに見えてしまった下着も、ピンクだった。


評価いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ