3話 ピンク色の衝撃
軍事基地には不釣り合いな、学者然とした若い女性だった。
黒のタイトスカートから、すらりと伸びたストッキング姿の足がまぶしい。
左手には一〇〇年は昔の短銃身回転式拳銃が握られていた。
隠し持つにはうってつけだが白衣姿の女性が持つには、ずいぶんと風変わりで、野蛮で、不釣り合いだ。
アレックスは状況が理解できない。挨拶は大事だったということだろうか。
下手に動けない。両手をあげたら撃たれそうだ。
「その体、どこで手に入れた」
底冷えのする声。いらだった怒気が声にあらわれている。
長い黒髪を肩口で束ね、前へ流している。赤いアンダーリムのメガネ。薄化粧の整った顔。
美しい女性だ。親の仇を見るような目でこちらを睨みつけていなければ、なお良かった。
「返答次第では、ここであなたを……射殺する。この銃で眼孔の隙間を撃てば、脳を破壊することも可能よ」
サイの頭を思わせるフロントサイト。その銃口が、アレックスの右眼に向けられる。
ほんの数センチの距離。
使われたことのない、とてもきれいな銃口。よくみれば、その手が震えている。
理由のわからない暴力の前に震えたいのはこちらだ。
撃つ覚悟がない。撃たせちゃいけない人だ。アレックスはそう直感した。
「答えるのはいいんだけど、一つだけお願いがあるんだ」
「……声までそっくりなのね。銃ならおろさないわ」
銃を持つ手に力がこもる。右利き用の銃。これもまた不釣り合い。
「足を、おろしてほしいんだ。その、見えちゃってるから」
女性はようやく、自身のスカートの中がアレックスに丸見えになっていることに気付く。
さっと足をおろし、引き金に指をかけた。
ダブルアクション。引き金を引けば、弾が出る。
アレックスは慌ててまくしたてる。
「まって、まって! この体は昔、事故で大けがをして、そのときにもらったものなんだ!」
逆上しかかっている女性にバンダナをはぎ取られ、口元があらわになる。
そこには本来あるはずの頬肉がなく、代わりに剥げかけた樹脂製皮膚と金属の骨格がのぞいていた。
脳以外、機械。全身が、機械化肢体。
それとも、コンピュータユニットを積んでいないから古い機械体、
機械化人間とでもいおうか。
まるで童話のブリキ人間。
アレックスは、いわゆるサイボーグだ。
「そんな嘘を信じろというの? もう少しうまい嘘をつくべきね」
女性は、アレックスの金属骨格に一切の驚きを見せなかった。
この体のことを知っている?
「そういわれても、本当のことなんだけど……。あ、じゃあ今からうまい嘘考えるから、しばらく待ってて!」
嘘偽りなどなく教えたというのにあんまりであった。
それならば納得のいく内容で譲歩してもらうしかない。
とにかく殺されてはかなわない。
アレックスの素っ頓狂な申し出に、女性は気勢をそがれたようだ。
彼女から発せられていた怒りが急速に静まっていく。そして銃がさがる。
「わたしはマリー・ダグラス。その体はわたしの父が開発した代物なの。それと、銃を向けたこと。謝るわ、ごめんなさい。ああ、いくらなんでもやりすぎたわ……」
マリーと名乗った女性は、銃をおぼつかない手つきで腰のホルスターにしまい、そう言った。
怒ったり落ち込んだり、忙しい女性だ。
やはり、銃を使い慣れてはいないようだ。
「しょうがないよ、こんな体だしね。滅多に気付かれないけど……。僕はアレックス。それより、いいの? まだなにも考えつかないんだけど」
バンダナを口に巻きなおしながら立ち上がり、マリーに問う。
人工被膜の剥げた金属骨格は、人にいい印象をあたえない。
それはまるで大昔の映画の殺戮者みたいな顔だ。
「もういいわ。それにその体は強化外骨格技術を流用した戦闘用、いわば小型のGLWよ。やろうと思えばわたしを無力化するのは簡単。でも、あなたはそうしなかった。自分の身に危険が迫っているのに。信用ならそれで十分」
「そういえば、そうだった。機能を使ったことがないから忘れてた」
これは嘘だ。忘れてなどいない。機能を使ったことがないのは本当だ。
幸運なことに。
しかし敵意がないから信用する、というのはいささか早計なのではないだろうか。
駆け引きとか、苦手そう。アレックスはそう思った。
アレックスの態度にあきれた様子のマリーは一呼吸おいて、時刻を確認した。
右手首に巻きついている腕時計は、高級品にみえた。
欲しいわけではないが、とても自分には手に入れることなどできそうもない。
どこのブランドだろうと考える。
「あとでゆっくりと話がしたいわ。手間をとらせるけれど、本部まできてくれないかしら。お詫びといってはなんだけど、メンテナンスもしてあげる」
そういうと、彼女は白衣の胸ポケットから名刺を一枚取り出し、アレックスに手渡した。
角がよれている。
「僕、お金ぜんぜんないよ?」
名刺を見もせずポケットにしまう。
アレックスは肩書など気にする性質ではなかった。
機械の体は、維持に費用がかかる。
戦闘用ともなると、適合する流通品自体が稀少でさらに値が上がる。
シモンに非正規品や、表に出せない物品をタダ同然で工面してもらっていたが、それでもかなりの金額になる。
こういったコネを持ち合わせていない人間は、稼ぐために非合法な仕事に手を染める者も多い。
戦闘によって機械化肢体の装着を余儀なくされた者が、戦闘に加担していく。
負の連鎖だ。
アレックスも万年金欠状態が続いていた。
もっとも、通常の食事を必要とする体ではないが。
「タダで診てあげるわよ。それにその体、わたしの持ち物みたいなものだし。それじゃ、またあとで」
「え!? それどういう意味!? あ、ねぇ! ちょっと!」
聞き捨てならないセリフを言い残し、マリーは足早に格納庫内へ入っていった。
向かったのはおそらく応接室だろう。
慌ただしい人だ、とアレックスは思った。
そういえば声までそっくりとはどういうことなのか。聞き忘れてしまった。
何かが動き出した。アレックスはそう直感する。
ただ緩やかに死を迎えるだけの生活から抜け出せそうな予感に、淀んでいた心が震えをおこす。
あたりを見回すと、ドアをあけっぱなしの車が放置されていた。
軍事基地に似合わない、ピンク色の小型乗用車だ。彼女のだろう。
アレックスは来客用の駐車場に停めておこうと歩き出した。
彼女はピンク色が好きなのかもしれない。
ストッキング越しに見えてしまった下着も、ピンクだった。
評価いただけると嬉しいです!




