40話 ねがい
アレックス一行は途中のガスステーションで給油がてら小休止を入れることにした。
どうやら先客がいたようで、輸送車が一台裏に停まっていた。
よくある車中泊だろうか。
荷台にはGLWパーツ輸送用大型コンテナが載っている。
不思議なことにメーカー名が印字されていない。
輸送車は大きすぎるので、ホームには入れられない。
延長用の給油ホースを接続する。
水素燃料電池が普及したとはいえ、大型車は未だにバイオエタノール燃料が主流だ。
各々が車から降りてくるが、マリーとオウカは降りてこない。
アレックスとヒュージは、二台目の輸送車を運転していたアニ・ミザリーと初めて会った。
長い髪を後ろで一括りし、野球帽を目深にかぶった、特徴と口数の少ない女性だった。
自己紹介をしても「ども……」としか言わず、そのまま輸送車のGLW固定器具を確認しにいってしまった。
「うぁー、座りっぱなしでケツがこわばっちまうよ」
リリスが自らの尻を揉みながら唸る。
いつ着替えたのか、パイロットスーツではなく露出度の高い私服に着替えていた。
薄い胸を包む白のチューブトップに、引き締まった上向きの尻がデニム地の黒いホットパンツを押し上げる。
きわどくカットされた裾からは日に焼けた茶と、地肌の白い尻肉が覗き、長時間座りっぱなしだったためか座席の跡が赤く浮かんでいる。
腰の位置が高く、日焼けした長い生脚を惜しげもなくさらし、赤のレザージャケットを肩で引っかけている。
褐色の肌と日焼けのない白くきめ細かい肌をした腹と赤い左腕、赤白黒のコントラストが目立つ。
脂肪の少なそうなその胴は、うっすらあばら骨と腹筋が浮かんでいる。
「も~。人前でそういうことしないの~」
そういってプリシラが、リリスの尻に平手を打った。
彼女も同じく私服。
ただし、こちらは顔以外一切の露出がないゴシックドレスだ。
露出は少ないが体のラインが強調されており、とても煽情的な服装。
季節感がない。
アレックスはそれを映画の中以外で初めて見る。
長身にドレスが映えとても似合っているが、そういう問題ではないと思う。
場に合わせた服装というものがあり、ドレスなら場を選ばないわけではない。
ベールをまとえばそのまま葬式に参列できそうだ。
もしかしたら人殺しの後のブラックユーモアなのかもしれない。
年中つなぎ服のアレックスがとやかく言えた義理ではないが。
「いってぇ!」
小気味のいい音が響く。そしてプリシラは撫でまわす。
「まぁ! なんて張りのあるお尻なのかしら!」
「この暴力女! いい加減にしろ!」
お返しとばかりに、リリスはプリシラの乳房を揉みしだく。
刺激的な光景。
そして言い合いが始まる。相変わらず二人は仲が良い。
アレックスは、ヒュージに目を向ける。
彼は二人のやり取りからとっさに目を逸らして体を伸ばしはじめた。
うむ、健全な男子だ。
「ねぇ、ヒュージ。知ってる?」
「何をだ」
「女の子のお尻って、歩くだけでぷるぷる揺れるみたい」
アレックスはリリスの、日焼け跡の境目を揺らす尻を眺めながらヒュージにたずねた。
「……さっき知った」
彼は後ろを向き、天を仰いでそう答えた。
見るものは見ていたようだ。
「あー、まだいてぇよ。コーラねぇかな。おばちゃーん」
叩かれた尻をさすりながらリリスが店内に入って行き、店主とおぼしきの中年女性に声を掛けている。
ただの店員にしては巨躯であり、アレックスに比肩するほどだ。
サイズの合わないエプロンをどうにかこうにか着ている。
コミックのキャラクタのような不釣り合いさだ。
「君らも行ってきたら? この先もしばらくかかるし、暇つぶしの品でも見てきなよ。あ、あと店の人に領収書切ってくれるよう頼んできて。手書きのやつね。経理がうるさくてさ」
ポンプの操作盤にカードを読み込ませ、給油を始めながらジャックが言う。
「電子帳票のご時世によくもまぁ……」
「紙のほうが信頼できるんだってさ。言いたいこともわかるけどね。極まれに、電子帳票ない店もあるし」
「宛名はシュラウドでよろし?」
ジャックはこちらを見ずに親指を立ててみせる。
その手が今度は店の入り口を指し示した。
促され、ヒュージと共にアレックスも店内に向かう。
「いらっしゃい。みんなランナーなのかい? ここいらでドンパチやるのは勘弁しとくれよ」
店主は喋る内容とは打って変わって、にこやかに話しかけてくる。
その手にはふたの空いたコーラの瓶。
「ありがと。安心しなよ、仕事帰りだから」
リリスがカウンタ備え付けの椅子に座りながら瓶を受け取る。
「いくら?」
「あー……。お代はいいわ。今日はこの店の創業記念日よ。一本だけタダにしたげる」
「そうなの? ついてるな!」
カウンタの上には古い液晶テレビが置かれ、再放送のバラエティ番組が流れている。
テロップにこの後ニュース番組が急きょ放送される旨が表示されている。
「それよりあんたも若いのにGLW操縦すんのかい? すごいねぇ」
「今は若いやつばっかだぜ? それにほら、女はつえーからさ。おばちゃんと一緒」
彼女の腕は丸太のように太い筋肉に覆われていた。
カウンタ内の壁にはアマチュアアームレスリングのチャンピオンベルトとその写真が掲げられている。
リリスはそれを指し示して答える。
「違いないねぇ」
二人で笑い合う。
そんな二人をしり目に、アレックスとヒュージは色あせた雑貨品を物色していた。
トランプやリバーシを見つける。
「ヒュージも飲んで来たら?」
自分に遠慮していると思って、アレックスはヒュージにそう呟いた。
「……俺、炭酸ダメなんだよ」
「あれ? そうだったっけ?」
知らない。覚えていないのではなく、記憶にない。
欠落した生身であった時の記憶。
「今のお前の前じゃ、飲むことなかったからな」
「あんまり気にしないでよ。僕だっていつまでも子供じゃないんだし、目の前でおいしそうに食べたり飲んだりされたって、そんなにすねないようにがんばるから」
ヒュージが目を丸くして驚いた。
お互いが意識的に避けている話題。そこに一歩踏み込む。
「……無理しなくたっていいんだぞ?」
「環境も変わるし、いい機会だからね。僕も変わらなきゃって思ってさ」
いつまでもヒュージの庇護下にいたくない。
嫌になったわけではない。今の立場は心地いい。
でも、友人なのであれば、対等になりたい。
自分の体の整備費も稼ぐ。
気を使われてばかりではなく、自分もヒュージを支えたい。
その湧き上がる熱は、アレックスに生きるための明確な目的が形成されはじめたことの証明だった。
生きている限り、決してさめない熱。
アレックスの唯一の生身、脳が生み出す体温。
明確な目的意識、生への執着。
失われた感覚との邂逅は、価値のあるものだった。
「それじゃ、久々にコーラ飲んでみるかな」
「ん? 炭酸ダメなんじゃないの?」
「苦手でも飲みたくなることもあるのさ」
ヒュージは肩を大仰にすくめた。
そして目を細め、片側の口角をあげてみせる。
それは、泣くのをこらえているようにも見えた。
「そういうものなの?」
「そういうものなんだよ」
アレックスの決意に対する乾杯の意味もある。
ヒュージがカウンタに向かった。
「おねーさん。俺にもコーラ、一つください。あと燃料の手書き領収書も」
普段滅多に出さないような、よそいき用の声。
「あらやだ、お姉さんだなんて! お世辞言っても何にもでないわよ!」
そういってふたの空いた三本の瓶を手渡す。
「あの、これ」
「サービスだよ。お連れさんにもどうぞ」
「あいつ飲めないんですよ」
遠目から見れば、アレックスの外見は人そのものだ。
見間違えるのも無理はない。
「あらそうなの? じゃ、お兄さんに全部あげる。わたし、領収書取りに奥に行くから何かあったら呼んでね!」
「……ありがとうございます。とても嬉しいです」
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