37話 正体不明のうずき
医療スタッフを乗せた救急車が到着した。
《ランケア》のコクピットからユンカースを降ろし、ストレッチャーに乗せて救急車へと運んでいく。
「少し待ってくれ、彼ともう少し話をさせてくれ」
「ダメですよ。バスケス少佐に『何があっても救護室に押しこめ』って言われているのです」
救護隊員が応急処置を施しながらながらユンカースに応える。
「そこをなんとか。幸い重症でもないのだし」
固定具を外そうとするユンカース。
しかし隊員も慣れたもので、抵抗もむなしく固定される。
「十分重症です。それに少佐ね、今にも泣きだしそうな顔して命令したのですよ。早く安心させてあげましょうよ、司令」
その言葉にユンカースもそれ以上の抵抗はやめた。
物事には優先順位というものがある。
「……死なせてくれるなよ、クイーン。彼にはきっと何かがある」
老練の戦士としての勘。
シュラウドならば、アレックスを悪いようにはしないだろう。
今の立場上、自分にしてやれることはない。
「いや、そうだな。餞別くらい渡そう」
《ランケア》のマニューバをいくつか譲渡してみようとユンカースは考えた。
槍を使う機会などそうそうないだろうが、記念のようなものだ。
本来、自作のマニューバ、特に戦闘用は秘奥。
決して他人に譲渡していいようなものではない。
それは手の内をさらけ出す行為に等しいからだ。
命を賭け金にする戦闘で、手札を相手に公開してプレイする阿呆はいない。
もしその時があるとすれば、それは降りるときだけだ。
ユンカースは、先の戦闘で老いを痛感した。
戦士としての技量に自信はあったが、勘は鈍った。
戦場で散ることを考えたこともある。
しかし、子を失ったユンカースには遺すものもない。
ならば、せめて。
「うまく使ってくれると、嬉しいなぁ」
若者の成長を見るのは楽しい。
今の仕事に満足してはいないが、嫌いだというわけでもない。
「プリシラさんはどこに?」
アレックスは、携帯端末を操作しているリリスにたずねた。
どうやら先ほどの戦闘で破損したようだ。
「ダメかなコレ……。ああ、プリシラには付近の哨戒をしてもらってる。一番機体に破損が少ないからな」
オウカ機をよくよく見れば、右腕の各関節から衝撃吸収材とオイルが滴っている。
インパクトキャノンの反動が出ていたようだ。失敗兵器は伊達ではない。
「残り二機はもう来ないと思うよ」
「どうしてそう思う?」
PESで操った際に、中身を滅茶苦茶にしたからだとはいえない。
「司令が倒した機体が指揮官みたいだったし、普通指揮官がやられたら撤退しない?」
「一理くらいはあるな。で、アレックスはどうするんだ?」
「どうって?」
リリスがきょとんとした顔をする。
「いつまでもここにいたってしょうがないだろ。機体片付けるとか、家に帰るとか、そういうことだよ」
ずいぶん呆けていたようだ。考えに至らなかった。
「ああ、第四に戻るよ。ヒュージに会いたいし、マリーに報告しないといけないから」
「そかそか。じゃあ、あたしも一緒していいか?」
やっぱり気を使ってくれているのだろう。彼女は味方には優しいようだ。
「僕のことが、心配?」
「……まーな。はじめて人、殺したんだろ? 今は平気でも、後からクることもある。そういうときは、周りに理解者がいてやんねーとな」
恥ずかしがって、そっぽを向いてしまった。
年相応の、少女らしいかわいさだ。
「ありがとう。じゃ、一緒に行こう。オウカはどうするのかな?」
こちらを見ていたオウカ機が敬礼をした。
「哨戒に出るってさ。オウカ、あたしの銃持ってきな」
そういってコクピット内に戻り、ウェポンラックのロックを外す。
オウカはリリスの進言を受けて、リリス機のバックパックから五五ミリ機関砲を受領していった。
左手だけしか使えないようだが、問題はなさそうだ。
「いこーぜ」
ハーネスを下しながら、アレックスに呼びかける。
「うん。あ、お願いがあるんだ」
「どうした?」
「右の操縦桿、壊しちゃったからさ。機体の向きを変えてくれない? パネル操作わからなくて」
「……ああ、お安い御用だ。しかし、よくまぁそれで生き残ったもんだな。才能あるぞ」
リリスはあきれを通り越して驚嘆している。
「そうだといいんだけどね」
人の手を借りる才能はあるかもしれない。
そんな皮肉を心の中にしまっておいた。
アレックスも《マーベリック》に乗り込み、リリスに機体の向きを変えてもらう。
二機で第四格納庫へ向かった。
「お疲れ、アレックス! やっぱやればできるやつだな!」
格納庫に着くと、整備士の皆が出迎え、労ってくれた。
それに応える。リリスもだ。
ヒュージとマリー、そしてシモンの三人の傍らにはまとめられた荷物がある。
降着姿勢をとり機体から降りずにコクピットハッチを開け、アレックスがたずねた。
「ただいま、みんな。あれ、どうしたの三人とも?」
「おうお疲れさん。もうすぐシュラウドから迎えの輸送車が来るんだとよ」
そう答えるのはシモン。
「もしかして、シモンさんもシュラウドへ?」
「ああ、そうだ。ここでは俺が上司だったがシュラウドでは同期だ。よろしく頼むぜ?」
「そんな、恐れ多いですよ」
「お? こき使ってやっかんな新人!」
リリスはきっと、あの猫のようないたずらな笑みを浮かべているのだろう。
シモンが大声で笑っている中、血相を変えたヒュージが機体をよじ登り、中に入ってきた。
「けがはないか? 不具合は? 俺がわかるか?」
ヒュージが慌てた様子でアレックスの体をチェックしはじめる。
「おおげさだよ、ヒュージ。僕は無事だから、落ち着いて」
「レイチェルがついていたのです。無事に決まっています」
「そうか、無事か。良かった。ああ、良かった」
アレックスの様子を確認したヒュージは、ハッチに腰を下し、大きなため息をついた。
「……お前の荷物もまとめておいた。これでいつでも発てる」
「またずいぶんと急だね」
「まごまごしていると、また襲われるんじゃないか、ってマリーがな」
視界モニタ内のマリーは、しきりに高そうな時計を気にかけ、かかとを小刻みに打ち鳴らしている。
話しかけたら怒鳴られそうだ。
「……ヒュージ。僕、人を殺したよ」
彼にだけは、きちんと伝えておきたかった。
「そうか」
短くヒュージが応える。レイチェルは何も言わない。
「うん。これで、ヒュージと同じになれた。でも、ヒュージみたいに苦しんだりできないんだ。僕の心、ほんとに人間なのかな」
「お前は人間だ。誰が何と言おうとだ。俺が保障する。俺が苦しかったのは生身で殺したせいだ。感触が、あったからな。GLWでなら、俺だって何も感じなかったさ」
間髪入れずにヒュージが答えた。
ヒュージは昔、女性兵士を絞め殺した。アレックスを守るために。
そのせいで今でも、人、特に女性に触れるのに抵抗がある。
マリーとの握手も、彼にとっては意を決する行為だった。
ヒュージの必死の慰めに、アレックスは安心を覚えた。
体の違和感も消える。
彼の優しさに心がうずく。何かを、何かが欲しいと感情が訴えかけてくる。
その何かがアレックスにはわからず、もどかしかった。
「ねぇ。手、触ってもいい?」
無性に、彼に触れたい。そう思った。
「ほら、これでいいか?」
たまに行うスキンシップ。
ヒュージは迷うことなくその手を差し出してくれる。
アレックスの体が機械だから平気なのか。
それとも、アレックスだから特別なのか。
後者であることを切に願う。
手を取り、握る。触っている、という反応がセンサを介し脳に伝わる。
味気のない、電気信号。
だが、彼に触れているという事実に嘘偽りはない。
今はこれで十分。
今は、これで満足できる。
だが《マーベリック》が示したその先。世界の匂い、彼の体温。
この身で受け止められることを、期待してもいいのだろうか。
答えはまだ出ない。
「ありがとう、ヒュージ」
「どうってことないさ」
ふいに、お互いが見つめあう。
そして、吹き出した。久々に見る、彼の満面の笑み。
ヒュージは笑うと子供っぽさがにじむ。
本人はそれを気にして無表情で通そうとするが、それこそ子供の意地ではないかと思う。
もっと愛想よくしたほうが女性受けもいいだろうに。
彼には言わない。
言ったら、また自分を置いて大人になってしまいそうだから。
今は、そのままでいてもらいたい。
自分が追いつくまで、少しだけ待っていてほしいから。
これはわがままだろうか。
レーダーに反応。中型分類GLW輸送車二台の接近を知らせる。
「この輸送車に載せられるか?」
レーダー上の光点を指し示しながらヒュージがたずねる。
その顔はまだ笑っている。
「任せてよ。この戦闘で僕も上達したんだから!」
そう豪語したアレックスは、《マーベリック》で二回ほど輸送車の側面を蹴り込んだ。
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