36話 静寂、炎の匂いだけが漂う
パネルを操作して降着姿勢を取り、コクピットハッチを開ける。
さすがにここまでは爆風の影響はなかった。
しかし、火薬の匂いくらいは漂っているのかもしれない。
体に染みつかないといいけれど、とアレックスは思った。
「レイチェルは通信って可能なの?」
「権限を頂ければ、割となんでもできますよ。レイチェルは優秀なのです」
さらりと、とんでもないことを言い放つ。
それはつまり、GLWの操縦補助だけに留まらず、自律稼働もできるということだろうか。
戦闘中の言いぐさを聞く限り本当なのだろう。
しかしアレックスはGLWの禁忌を良く知らない。
それより今、しなければならないことは。
「そっか。ならリリス、あー、《サーベラス》全機に通信し続けて。あとは任せる」
「おまかせ!」
ハーネスを上げて、外へと出る。肉のない肉眼で爆炎を確認する。
死体の、いや殺した相手の顔くらい拝んでおきたかった。
特に理由は無かったが、そうしたい気分だった。
《マーベリック》のハッチから降り、《ランケア》へと向かう。
《ランケア》の腿をよじのぼり、開いたコクピット内を覗き込む。
「やぁ、アレックス君。無事かね?」
アレックスが声をかけるよりも早く、ユンカースが声を上げた。
「無事でしたか、司令!」
死んではいなかった。しかし、その姿は無事とは言い難かった。
コクピット内は意外と破損が少ない。
右の腹部装甲が深々とえぐられていることを除けば。
「司令、頭が……」
ユンカースの頭部。
ヘッドギアを装着したそこは血まみれで、金属片が突き刺さっていた。
「ああ、これかね? 見た目はひどいが大したけがではないよ。ヘッドギアのおかげだ。君もつけておくといいぞ。わたしのように九死に一生を得られる」
そういってニカッと笑って見せる。
右目は滴る血で閉じられたままだ。
「よかった。すぐにお医者さん連れてきますね」
「先ほどの戦闘について聞きたいことがある」
アレックスは機体を降りようとした姿勢のまま、硬直した。
「君が、《ランケア》を操ったのだね?」
どうしよう。
ユンカースが死んだものと思って《ランケア》を好き放題操ったが、あのときも意識があったのだろうか。
「……そうです。原理はわかりかねますが、勝手に操って申し訳ありませんでした」
「そうか。うむ、それが聞きたかっただけだよ。細かいことは、機会があれば聞かせてくれ。彼女らと、シュラウドへ行くのだろう?」
「はい」
「賢明だな。もうすぐ迎えも来るはずだ。査問にかけられる前に、そのまま行きたまえ。幸い、記録もされていない。活躍したのは《ランケア》だからね。言い訳は立つ」
そういってユンカースは豪快に笑い、痛みにうめく。
情けない声があがる。
「……ありがとうございます。お医者さん呼んできます」
もっと追究されるかと思ったが、拍子抜けだった。
「あ、そうだ彼女から、《ランケア》のAIからの伝言です。『フレデリックという名は気に入らない。あたいは女だ』だそうです。確かに伝えましたよ」
「何? 君、それはどういうことかね! 女!?」
わめきたてるユンカースを無視して《ランケア》から降りる。
後は二人の間の問題だ。
通信ができないなら直接向かえばいい。
そう思って《マーベリック》に乗り込もうとしたときレイチェルから声がかかる。
「《サーベラス》に連絡がつきましたので、医療スタッフを呼びに行くよう手配しておきましたよ」
「助かるよ。《サーベラス》のみんなは無事だった?」
「ええ、皆ピンピンしておいででしたよ」
結局コクピットには乗り込まず、降着姿勢の《マーベリック》の腿の上で待機していた。
「おや、噂をすればですよ」
《サーベラス》リリス機とオウカ機がやってきた。
腿の上から降りて、姿を見せに行く。
「おー、アレックス! 生きてたか! よかった、よかった!」
リリス機から嬉しそうな声があがった。オウカ機は両手を振っている。
「リリスこそ、派手に吹き飛ばされたみたいだけど、平気だったの?」
アレックスはオウカ機に両手を振りかえした。
降着姿勢を取ったGLWから、リリスが軽やかに降りてくる。
「あれくらいでどうにかなるほど、あたしはヤワじゃないさ。機体の方がよっぽどガタきてるぜ。それで、旦那はどうなんだ?」
リリスは安否を確かめるように、アレックスの周りをぐるりと一周する。
「頭から血が出ていたけど、元気そうだよ」
「さすが英雄だな。そういや、どうやって敵を倒したんだ?」
安否を確認し終えたリリスはアレックスの腹を右手でポンポンと軽く叩いた。
PESについて話すことは避けた方がいいだろう。
それ以前に説明が難しい。行使したアレックスにだってよくわかっていない。
「《ランケア》が倒したよ。僕が戦ってた横からこう、すごい勢いで突っ込んでいったんだ」
身振り手振りで《ランケア》の勇猛な突撃を表現する。
嘘は言っていない。
「ふむん。他人の戦闘に首を突っ込むようなヒトじゃなかった気がしたんだが。宗旨替えでもしたのかね」
胸を強調するように肉を集め、腕組みをしながら難しい顔をし出すリリス。
誰かの真似なのだろう。疑念は生じたようだが谷間は生じなかった。
実際無くはないが、無いと言えばない。
「ほら、相手がGLWを動けなくする変な機能使ったでしょ? それに怒ったんじゃないかな」
ごまかそうとして墓穴を掘っている気がしないでもなかった。
「なんにせよ全員無事で全機倒したんだし、よしとしよう。んで、あのやかましい女は誰だ?」
《マーベリック》を見上げる。レイチェルのことだろう。
一体、どんな通信をしていたのか。
「やかましいとは失礼ですね。これでも素早く懇切丁寧に伝えていたというのに!」
今まで黙っていたレイチェルが、ここぞとばかりに話し出した。
「《マーベリック》に搭載されているナビゲートAIだよ。名前はレイチェル」
「場の空気を読んで静かにしていれば、ひどい言いぐさじゃぁありませんか。リリス!」
AIが場の空気を読めるのか。
本当に読めるのなら戦闘中は黙っていてくれるべきなのではないだろうか。
「おお、おぉ。ほんとによく喋りやがる。で、実際ソイツ何なんだ?」
リリスが《マーベリック》を指さした。
レイチェルを指しているのか、《マーベリック》を指しているのかわからない。
「本人がナビゲートAIだって言ってる。ああ、マリーの手が加わってるんだよ」
「あー、そういう。納得だ。あたしもまさかAIと通信することになるとは思わなかったよ」
「そういうものなの?」
アレックスは既存のナビゲートAIを使ったことがない。
そんなものに頼るより、機械感応を使った方が早いからだ。ヒュージには内緒だ。
「AIってのは操縦補助のために喋るけど会話なんてしない。戦闘中、通信の邪魔になるだろ」
「パイロットのメンタルケアもしてしまうのが、レイチェルの一流たる所以なのですよ。戦闘中であろうともアレックスには平常心を保っていてもらいたいという、レイチェルの親心なのです」
どうやらあのわめきはわざとらしい。
一流かなにか知らないが、要らない機能だよと、アレックスは思った。
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