35話 ペネトレイション
リリスを吹き飛ばしたとき、剣を折られたとき、どちらも脚力に任せた空中からの攻撃だった。
推力を持たないGLWは、跳ねたその機動で空中の回避行動は取れない。
《ブラックナイト》が跳ねた瞬間に合わせ、突きの構えを解き、剣を投げつける。
渾身の投てきは斧によって、簡単に跳ね飛ばされた。
だが、そのおかげで《マーベリック》から向かって左側。
《ランケア》の射線上に腹部コクピットをさらす形になった。
本当は、そんな小細工など必要なかった。
胴のどこかに当たればそれで良いのだ。
コクピットに突き立てて、ようやく。ヒュージの言葉が思い出される。
これは決意だ。これから踏み出す、新しい生き方への、覚悟の表れ。
殺し、殺される、僕らの戦争。その火蓋。
自分が生き、そして得るために殺すのだ。
「貫け、《ランケア》」
《ブラックナイト》が跳ぶより早く、アレックスは《ランケア》のサポートを受け、機体を操作していた。
槍を構えた《ランケア》の肩。
その重装甲が爆裂ボルトにより切り離される。
そこから現れたのは、両肩合わせて四基のロケットモータ。
脚部人工筋肉を最大稼働に設定。
ジェネレータの吸気量が上がり、大量に電力が消費される。
全力で踏み込み、初速を得る。
頭部が少し沈み、上半身すべての関節部がロックされる。
ロケットモータが位置を調整し、固定された。
点火。
噴出口から火炎を吐き出す。爆煙を引きずりながら、イノシシが低空を飛ぶ。
その様は、正しく猪突猛進。
ライアーは爆音を聞き、ようやく気付いた。
自らが倒したはずの《ランケア》が、その槍が、自分に狙いを定めていることに。
そしてその目には、青い光が灯っていることに。
「PESエフェクトか!」
アレックスがPESによって《ランケア》を操作していることに気づいたようだ。
だが、もう遅い。
意識外からの攻撃。
奇しくもそれは、ライアーによって吹き飛ばされた状況と酷似していた。
これは、仕返しなのだ。
「さよなら」
アレックスはライアーが居るであろうコクピットに狙いを定めた。
ロックカーソルが追従、推力偏向ノズルで機体方向を調整し、HUDが真芯を捉える。
二重ロックオン。
マニューバ、貫徹。
一撃にて必殺。
幾多の前線を単独で突き崩した、英雄と呼ばれるまでに至った業。
攻撃と離脱を兼ね備えた特攻機動。
敵機単体に使用するようなマニューバでは決してない。
アレックスの言葉と同時、イノシシの牙が宙を舞う《ブラックナイト》の腹に突き刺さる。
ライアーは死を覚悟し、己の無力さを悔いた。
「ジェネシアに栄こ――」
決して柔らかくはない鋼鉄を食い破り、中身をまき散らす。
ライアーの声は、最期まで聞き取ることはできなかった。
最後に何か言っていた。遺言くらい聞いてやればよかったかもしれない。
あの敵にも、言葉を遺す相手がいた。人間特有の行為。
人を、殺したのだ。
アレックスの操る《ランケア》が、声なき歓声を上げている。
PESエフェクト有効圏内を離脱してしまったが、彼女は自分で機体を操作し無理のない機動で円周軌道に入ったようだ。
腹を食い破られた《ブラックナイト》は、衝撃に吹き飛び、地面をのた打ち回り、その後沈黙する。
強固な脊椎フレームで、かろうじて上半身と下半身は繋がっていた。
破壊されたGLWの姿は、死に様と呼べるほどの生々しさでそこに横たわっていた。
《ランケア》はロケットモータを切り離して着陸し、動輪走行でゆっくり慣性を殺しながら《マーベリック》の近くまで移動してくる。
《マーベリック》の視界、HUDにバッテリィ出力低下の表示。
燃料は昨日交換したばかりだというのに、PESは電力を大量消費するようだ。
「ありがとう《ランケア》。おかげで勝てたよ。え? あ、うん。わかった」
《ランケア》に礼を言う。
不甲斐ない相棒に文句を伝えてくれと頼まれる。
《ランケア》が独りでに降着姿勢を取り、コクピットハッチを開ける。
ユンカースは生きているのか?
だとしたら悪いことをしたな、とアレックスは思った。
PESを解除。機械感応も解除する。
《ランケア》を知覚できなくなり少し寂しい。
《マーベリック》の青い両眼が輝きを失い、通常のデュアルアイへと戻った。
「アレックス! やりましたね! 騎士道だけに、貫いてやりました!」
解除と同時にレイチェルの声が鳴る。その姦しさに懐かしさすら感じる。
雪辱戦の幕は下りた。再演は無いと思いたい。
「うん。やったね。何とか倒せた」
「……レイチェルのジョークはいかがでしたか? AIにしては小粋に決まったと自負しているのですが」
「え? あ、ごめん。ちゃんと聞いてなかった。もう一回言って」
「いえ、次の機会にします。ジョークと恐怖は鮮度が命なのです!」
よくわからないが、次はしっかり聞いてあげようとアレックスは思った。
コネクタからケーブルを外す。
ポケットにしまおうとしたが、うまくいかない。
手が、うまく動かせない。精神的疲労から機能に障害が出ているようだ。
ライアーを殺したことについては、特に感じるものはなかった。
もう少し何かあるものかと身構えたが、この体で直接殺したわけでもないし、死体を見たわけでもない。
だからだろうか、理解しているが実感はない。
これは正常なのだろうか。それとも……。
恐怖はある。ならば心までは、機械でないはずだ。
もたつく手でケーブルをポケットにねじ込み、シートにもたれて制御モニタを見る。
左腕破損。それ以外は目立ったダメージはない。
十分な戦果といえるのではないか。そう考えてから、思い直した。
冗談ではない。自分の力だけでは何もできなかった。
レイチェルと《ランケア》の補助があってこそ、今の自分があるのだ。
勝ったのではない。
勝たせてもらったのだ。
むしろ自分の無力を思い知らされた。訓練が要る。それと勉強もだ。
今のアレックスはかつて無いほどの焦燥感を覚えている。
もっと強くなりたいと。
「アレックス? 大丈夫ですか?」
「……うん。さすがに疲れたよ。この後どうしよっか?」
「そうですね。《ランケア》パイロットの安否を確認してはいかかでしょう」
先ほどから全機に通信を送っているが、反応はない。
直接確認しに行くしかないようだ。
リリスも気がかりだが、機体の損壊具合から見て、優先されるのはユンカースだ。
本当なら医療スタッフを呼び行くべきなのだろうが、死んでいるなら不要だ。
確認しにいかなくては。
その時、大気を震わす爆音が響いた。
「何が?」
「《ブラックナイト》が爆発を起こしたようです。おそらく、機密保持のための自爆でしょう」
見れば、ライアーの乗っていた機体が盛大に吹き飛んでいた。
もし近づいていたならば、甚大な被害を被っていただろう。
これからは留意しなくてはいけない。
そう、これからはだ。これも一つの学習。実践は学ぶべきことが豊富だ。
「……最後まではた迷惑な奴だったね」
「同感です」
連動するように、他の《ブラックナイト》も自爆していった。
「訂正しよう。はた迷惑な奴ら、だ」
「まったくです」
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