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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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33話 死線で踊り、笑う

 《マーベリック》をわざと通常歩行で後退、剣の横まで向かう。

 少しでも時間を稼ぎたい。そして問題が一つ。


 後退しているのは相手に背を向けたくないというのもあるが、物理的に向けることができない。

 攻撃を受けた際に力を入れすぎた。

 右操縦桿を配線ごと根元から引っこ抜いてしまったのだ。

 方向転換ができない。ヒュージの言うとおりになってしまった。


「これを狙ったのですか?」

「半分くらいはね。ああいう手合いは挑発するほど単純になるって、ヒュージが言ってた」


 《ランケア》を見る。先ほどよりだいぶ近づいたが、無事なのか判別がつかない。

 そのバックパックには、未使用の槍が装備されたままだ。


「あの、その手にぶら下がっているのは操縦桿ではありませんよね? 見間違いですよね?」


 カメラが真偽を確かめるために何度も瞬く。


「えへへ……。壊しちゃった」


 カメラの前に操縦桿を掲げる。笑ってはいるが、内心不安でいっぱいだ。

 こうなれば、やることは一つ。どのみち使うつもりだったのだ。

 前倒しになっただけ。


「……対応策はあるのですよね!?」


 レイチェルの声に悲壮の色が滲む。感情豊かなAIだ。


「もちろん」


 壊した操縦桿を側面グローブボックスに入れ、つなぎ服のポケットに手を突っ込む。

 データケーブルを取り出し、首に差す。

 制御パネル下部、ユニバーサルコネクタのふたを外す。


「アレックス。機械感応は禁止されていたのでは?」


 レイチェルも知っていたようだ。いや、ヒュージのことだ。

 アレックスが使おうとしたら、止めるように言い含めていたに違いない。


「非常事態だよ。片手が砕けた時点で、通常の剣技はもうできない。操縦桿もないしね」


 剣が砕けたのは計算通り。

 ライアーをあおり、自然にここまで来ることができた。

 騎士道を捨てた騎士道かぶれに、剣礼の意思表示は効いただろう。

 

 激昂してそのまま殺されるかもしれなかったが、あのまま戦ってもジリ貧だ。

 賭けるなら、次につながる一手に限る。

 しかし、左手まで砕けたのは計算外だった。

 戦闘の機微が分からぬアレックスには、これが限界。


 操縦桿に関しては、いつかはやると思っていた。

 できれば今でなければよかったが。ここから先、どう捌いたものか。


 突き立った剣の横に立つ。

 機械感応、開始。意識を《マーベリック》へと伸ばす。拡大する意識。

 アレックスの脳へ巨人の感覚が入り込む。

 そして脳に差し込まれる電気信号。高揚感を得る。

 逆らわずに、任せる。今は恐怖が薄れた方がいい。


 朝の静謐な風を頬に感じる。

 すげ替えられた手足の感覚は、機械化肢体のそれとかわらない。

 喪失感が湧いてくる。

 それでも砕けた左手の痛覚がないことだけは、ありがたかった。


「いい朝だ。死ぬなら、こんな日がいいよね」


 歩み寄ってきた《ブラックナイト》にそう投げかける。

 

 そう、死ぬのはお前だ。


 ライアーは答えず。斧を構えた。

 剣礼。ここにきて、まだそれを引きずる。

 捨てたり拾ったり、節操のないことだ。


「だからお前はにせものなんだ」


 一貫性のない意志。

 死に引きずられつつあった自分を見ているようで、いらいらする。

 こんなにも醜いものなのか、と。


 倣って、片手で応えてやる。槍まで、まだ少し距離が足りない。

 舞台の幕は上がった。ここからは即興劇だ。

 サブカメラで《ランケア》の位置を確認する。


「突き殺すなら、剣よりも槍だ。そう思わない? レイチェル」


 システム内のレイチェルと会話する。

 ロックが解除されているからできる芸当だ。


「発言の意図不明」


 機械感応中のレイチェルは、普段のおしゃべりと違い、実に無機的な反応をする。

 これが、本来の彼女なのかもしれない。


「強い武器を使った方が、勝機はあるよねって言いたかったんだ。カッコよくなかったかな」

「発言の意図不明」

「もう少し、愛想よくならない?」

「善処」


 会話にならない。

 普段のレイチェルもあれはあれで問題だが、こちらも負けず劣らずだ。


「PESは起動できるね?」

「肯定。権限はすでにパイロットへ譲渡済み」


 パズルのピースは、はまりつつある。あと、もう少しで槍に手が届く。

 PES起動のタイミングが重要だ。手が読まれれば、そこで終わり。


「死ぬ準備は、済んだか?」


 ライアーが言った。発音がだいぶ怪しい。やはり投薬を行っているようだ。


「それはこっちのセリフだよ。それじゃ……始めようか!」


 そういって、駆動輪全開で後ろに下がる。


「逃げるのか!」


 《ブラックナイト》が全力で追う。また跳ねながら。

 右手の出力が心もとない。かろうじて握れているだけだ。

 ヒュージがパソコンの前で唸っていた理由が、文字通り身を持って理解できた。


 動輪走行の速度を落とす。

 追いすがった《ブラックナイト》の斧が《マーベリック》に迫る。

 また全開で下がる。フェイントをかけて避けるつもりだった。

 それが良くなかった。


「甘い!」


 《ブラックナイト》が歩法を変え、もう半歩分踏み込んできた。


「まずい!」


 直感が働く。斧が《マーベリック》の腹部を狙う気がした。

 腰をひねり、破砕した左腕を差し出す。

 すると吸い込まれるように斧が刺さった。一瞬だけ、機体の足が浮く。

 バランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。追撃はなかった。


「左腕損傷拡大」

「まだまだ!」


 機械感応中はSWSを作動させない。

 動きの阻害をされることが多いからだ。

 魔法の如きバランサは、少しでも倒れそうになると機体の傾きを調整してしまうのだ。


 圧倒的な機動力の差。

 リミッタを外した人工筋肉が、ここまで厄介なものだとは知らなかった。

 いつか、切り札として覚えておくとする。


 こと戦闘において、アレックスは素人だ。

 その浅知恵が通用するわけがなかった。

 小手先の応酬など愚の骨頂。ならばやることは一つ。


 必滅の一手による、絶対勝利のみ。

 そのための布石を打つ。

 ライアーは、《マーベリック》しか目に入っていない。

 そうさせたのだし、事実その通りだ。


 アレックスは笑っていた。

 死線で踊る今において、いつかなどと考えている自分がおかしくてたまらない。

 気が狂ったわけではない。あきらめに溺れたわけでもない。


 勝利が見えたのだ。しかも、相手にとって屈辱的な方法で、だ。

 これを笑わずに何とする。

 しかし、周りから見ればこれほど卑怯なやり方はないだろう。


 それがどうした。


 アレックスは騎士でもなければ、まして騎士の道を敷く者でもない。

 嘲るように、《ブラックナイト》が斧をもてあそぶ。

 絶命した《ブラックナイト》たちが、PESエフェクト範囲内に届く。

 この距離を維持する。


 そして反撃を開始する。


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