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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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32話 剣礼

「敵機、疑似PESの発動を確認。効果範囲外のためカウンタは待機」


 後方にて、レイチェルが普段とは打って変わって淡々とした口調でアレックスに報告する。

 ユンカースと正々堂々の勝負を挑んでおきながらの騙し討ち。

 怒りを通り越し、呆然とする。


「PESを使うのか……。でも、僕たちには効かない!」


 次に訪れるであろう自分への手番を前に、アレックスは恐怖を闘志で振り払った。


「否定。あれはPESではありません。疑似PESとでも呼ぶべき、偽物です」


 声音がいつもと違う。疑似PES。全く同じシステムではないらしい。


「レイチェル?」

「逃げましょうよ、アレックス! レイチェルは破壊されたくないです!」


 またいつもの調子へと戻った。接触でも悪いのだろうか。

 どこを叩けばいいだろう。


「逃げるぞアレックス! あいつはなんかヤベェ!」


 すぐ横まで滑り込んできたリリスの《サーベラス》が、そう叫んだ。

 オウカとプリシラも居る。通信ではない。

 制御モニタを見れば、通信障害の報告。


「うわっ――」


 《マーベリック》の視界に彼女らを捉えた瞬間、リリスの乗った《サーベラス》が勢いよく吹き飛んだ。

 そして代わりに立っていたのは、斧を携えた、片腕の《ブラックナイト》。

 距離は離れていたはず。一足飛びに跳んだとでもいうのか。


「リリスちゃん!」


 プリシラが叫び、追いすがろうとしたが動けない。

 迎撃に移ろうとしたオウカも同様。


「疑似PESエフェクトを確認。カウンタPESエフェクト、アクティブ。無効化完了」


 レイチェルが無機的に告げる。

 オウカとプリシラの機体が、がくがくと震えを起こし、地に倒れ伏した。

 SWSも作動していない。システムの根幹にまで影響を及ぼしているようだ。


 赤の瞳をぎらつかせたその頭部が、軋みを立てながらこちらを向いた。

 双眼、その視線がぶつかる。


「っ!」


 直感が告げる。避けなければ死ぬ。

 アレックスは耐加速度を無視して、全力で前に出る。

 一瞬前まで《マーベリック》が居た空間を、《ブラックナイト》の斧が薙いでいた。

 斧が制動を掛けられ、ぴたりと止まる。

 いかなる(りょ)力があればそんな止め方ができるのか。


 そしてその位置は、先ほどまで《マーベリック》の脊椎ユニットがある部位。

 つまりはコクピット真後ろ。当たれば、死は免れなかっただろう。


 無造作に、それでいて鮮烈。ただの一振りに殺意が凝縮されている。

 アレックスは相手がすでに《マーベリック》の奪取などあきらめていると悟る。

 機体を旋回し正面に《ブラックナイト》を捕らえる。

 相手はまだ、斧を振ったままの状態だ。


「仲間を殺されて逆上、か。なら最初からこんなことしなければいいのに。ねぇ、レイチェル?」

「どうしたのですか、アレックス。戦線を離脱しましょう。あんな筋肉オバケに勝てるわけないです!」


 明確な殺意にさらされてなお、アレックスの心は穏やかだった。

 心を焦がす怒りの熱が、機械の体に奪われていくようだ。

 おかげで思考は冷静でいられる。


「リリス達がけがしていたら、ただじゃおかない」


 彼女らとは出会ったばかりだが、アレックスにとって良い人間で、守りたい、とそう思えた。


「逃げましょう? アレックス」


 操縦桿に振り分けられたボタン類の配置を確かめる。

 マニューバの短縮命令位置は記憶済み。

 機体各部の出力不足はどうしようもない。

 右操縦桿、武装使用確認装置を使用へ。

 戦闘射程指示は近接へ入っている。


 剣はまだ左腰。抜けば即、相手が反応するだろう。

 PESオンラインの表示はない。

 カウンタPESエフェクトとやらは別システムらしい。


「逃げたら、動けないリリスたちが殺されちゃうよ」

「尊い犠牲ということで、どうかひとつ」

「冗談でもそういうことを言うな」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。


「失礼いたしました……。ですが、対抗策はあるのですか?」


 今度は救援など期待できない。自分が倒すしかない。

 機動力、攻撃力、防御力、いずれにおいてもこちらが下。


「ない。でも、やる」

「オオゥ。わたしの神は無理難題を仰います」

「それ、おおげさだっていったでしょ」


 少し笑う。まだ余裕がある。

 レイチェルと二人で戦うおかげだろう。そう、二人だ。


 恐怖が薄れているわけではない。

 だがここで相手を倒さなければ、後方のヒュージまでもが危険にさらされる。

 やるしかないのだ。それ以外なにもない。死ねば終わってしまう。

 《ブラックナイト》が、ゆっくりとこちらを向く。


「打開策を考えるのに少しでも集中したいから、回避運動は任せるよ」

「待ってくださいアレックス。AIが独断で操縦するのはご法度なのですよ! それにまだこの機体を把握しきれていませんからそう簡単には――」


 レイチェルが慌てた様子で早口にまくしたてる。


「女が弱音を吐かない! できるの、できないの? できなきゃ僕と心中だけど」

「女って……。やればいいんですよね!?」


 甲高い音を立てて、敵機の左肩装甲がはじけ飛んだ。

 人工筋肉が隆起と収縮を繰り返す。

 こちらもたまらず左腰から剣を抜き、正眼の構えを取らせる。


「敵機はどうやら、人工筋肉のリミッタを解除している模様。制御できていません。時間を稼げれば、自壊するでしょう」

「その間に、僕らは何回破壊(ころ)されると思う?」

「……計算したくないです」

「だろうね!」


 《ブラックナイト》が跳びながら向かい来る。

 斧の刃先が朝日を受けてきらきらと輝く。


「ガァアアアアア!」


 機体から流れるライアーの声は、まるで獣だ。


「なんですアレ? クスリでもキメてるんです? だめですよクスリは!」


 レイチェルを無視し、対抗策を考える。

 全力後退。だめだ。おそらく二手目を避けきれない。

 カウンタアタック。コクピットを突き崩せても、上段からの斧で良くて相討ち。

 防御。この剣で斧をいなす。折れること必至。だが――。


「ハッ! やってやろーじゃん。意趣返しってやつをさ!」


 そういいながら、《マーベリック》を後退させ、相対速度をあわせる。少し遅い。

 そして、制御パネルからコマンドを選択。

 ヒュージにねだった甲斐があったというものだ。


 《マーベリック》は剣の切っ先を天へと向け、刀身の腹に左手を添える。

 剣礼だ。先の雪辱を晴らす意志の表れ。

 外部スピーカ、オン。アレックスは声高に叫んだ。


「いざ尋常に、勝負!」

「!?」


 アレックスには、中空の《ブラックナイト》が動揺したのが見て取れた。

 動揺したとて、発動したマニューバが変化するわけではない。

 思った通り、飛来した《ブラックナイト》の斧は、いなすために滑らせた剣の腹を叩き折り、《マーベリック》の左手も砕き地面にめり込んだ。

 タイミングはずれたが、機体がアレックスの操作よりも少し早く動いた。


「アレックス! まずくないですか! 手が壊れましたよ! あ、剣も!」


 見ればわかる。わめくしかできないなら、少し黙っていてほしい。

 でも助かった。


「さっきの回避、うまくやってくれたね。ありがとう」

「ど、どやぁ!」


 それは声に出して言うような類のものではない気がするが、声しかない彼女にとっては感情表現の一部なのだろう。

 今度真似してみようか。ヒュージはきっと嫌がるだろう。


 《ブラックナイト》は、斧を地面にめり込ませたまま、こちらを赤い目で睨み付けている。


「……どうだい。正々堂々の戦いを挑まれた気分は?」


 ライアーは答えない。


「武器を失った僕を、その斧でなぶり殺すかい? 黒騎士サン」

「アレックス! なぜそのようなことを。え?」


 地面より引き抜いた斧の先端を、《マーベリック》の後方へと指し示す《ブラックナイト》。

 サブカメラが後方、突き刺さった剣と、動かなくなった三機のGLWを確認する。


「取れ、おれはお前たちとは違う」

「オーケイ。そうこなくちゃね」


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