31話 手負いの獣は放たれた
ライアーは、目の前の光景が信じられなかった。
歴戦の友人、その最後の一人が殺されようとしている。
その機体はすでに両腕と頭部がなく、コクピットハッチすら切り落とされていた。
SWSによってひざをつくことすら許されぬその体は、無様に後退を続けている。
リリスの五五ミリ機関砲の銃口がコクピット内に照準を定めた。
ライアーの位置からは友の姿が確認できない。
通信を起動しようにも、先ほどのAES起動時に破損してしまった。
外部スピーカを起動したままなのを失念していた。
停止を呼びかけようとした矢先、リリスが発砲する。
コクピットから液体が飛び散った。
パイロットを失った機体は、それでも直立を維持する。
「あン? なんだよ。旦那、やられちまったのか?」
ライアーの姿に気づいたリリスが相手にそう問いかける。
そちらを視界モニタに映せば、ひざをついた《ランケア》が居た。
ここからでは破損箇所は確認できない。
「なぜ、そんな真似ができる!」
「はぁ? テロリストが殺し方の説教でもしたいのかよ」
「なぜそんな非道ができると聞いている!」
「仕事だからだよ。命令。ご理解いただけましたか? クソ野郎」
テロリストは例外なく殲滅。
GLWが台頭してからというもの、テロリズムの規模は大きくなるばかりだ。
その効果的な対処法、それは人員の排除。
一人殺せば、一機のGLWを潰すのと同義。今やその域までGLWは浸透している。
制御モニタに通信障害の報告が出ている。
あのトンデモ兵装を使用したようだと、リリスは感づいた。
だが、《ランケア》には効かないはずだ。
そもそも電子制御火器を持っていないのだから。
だとすれば、《ブラックナイト》にはまだ奥の手が残っているはずだ。
それが《ランケア》を下した一手。リリスはそう結論付けた。
これが、暴虐渦巻く幾多の戦場を生き延びてきたリリスの、《サーベラス》の嗅覚。
「《サーベラス》2、3、《マーベリック》を守れ! あれはやばいぞ」
リリスがコールサインを使った。本気の証だ。
オウカとプリシラは疑問すら抱かず指示に従う。彼女らもまたプロなのだ。
《ブラックナイト》を正面に見据えたまま、動輪走行で後退していく三機。
「……貴様ら、全員生きては帰さん」
ライアーの声など誰も聞いていなかった。だがそれで構わない。
これは宣戦布告などではない。決定事項なのだから。
《マーベリック》の周囲に《サーベラス》が集まる。
好都合だ。このシステムは射程が短い。
コクピット内壁、グローブボックスから無針式注射器を取り出す。
初めから、こうしておけばよかったのだ。
そうすれば、つまらない意地で友人を犬死させることもなかった。
騎士の真似事などせずに、自分たちの、傭兵の戦い方をしていれば。
悔恨の念がライアーを襲う。
パイロットスーツの首元を露出させ、注射器を打ち込む。
圧力で中身が浸透していく。
全身に激痛が走り、しかし一瞬にして消えた。
世界が、とても美しく見えだす。
今なら、なんでもできそうだ。
「あいつらを手土産に、俺もそっちへいくぞ。まっていてくれ」
《ランケア》戦で使用した、操縦桿からの短縮命令を選択。
AES増大稼働。出力数値、限界突破。
過給機が唸りを上げて大気を飲み込む。
過負荷を掛けられた機体が悲鳴を上げる。
《ブラックナイト》の両目が赤く輝く。
枷を解き放たれた人工筋肉が膨張し、装甲を押し上げていく。
腕を失った右肩から、シリコンオイルが一瞬だけ吹き出した。
「ぶっ殺す!」
理性を失くした獣が一匹。獲物を討たんと、戦地を走る。
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