29話　英雄、敗れる

　《ランケア》の駆動輪が解放される。

　一拍遅れて、《ブラックナイト》も駆動輪を起動し、突進してくる。

　前回とは違う。

　決死の一撃というわけか。今更だ。

　ユンカースは冷静にタイミングを見計らう。

　槍の確殺距離、その手前でユンカースは駆動輪を強制停止させる。

　足が大地を噛み、つられて上体が勢いよく前のめりになる。

　そして、ＳＷＳが動作を開始する。

　《ランケア》の右足が一歩、踏み出される。

　本来ではありえないほどの速さ。

　倒れることを良しとしないシステムが、機体の限界を無視して出力するシステムの不具合。

　それを逆手に取った、ユンカースの奥の手。

　これが、英雄の一撃。

　そして、《ブラックナイト》の目が、赤く輝いた。

　機体の限界を超えた踏込みによる突きは見事大盾を砕き、《ブラックナイト》の右腕を引きちぎった。

　人工筋肉の内を満たす、血の如きシリコンオイルが飛び散る。

　代償として、その穂先も砕ける。

　だが、そこまでだった。

「……何っ!?」

　浅い。《ランケア》の突きが急激に弱まった。

　突き抜けない。システムエラー。

　砕いた盾の内側、そこから二本の斧が取り出されていた。

　その右腕はすでに無力化したが、まだ左腕が残っている。

　してやられた。ライアーの狙いはこれだったのだ。

　わざと盾を砕かせ、その一突きの隙を狙うカウンタ。

　最初に対峙した時の失敗を活かしてきた。

　ライアーの乗る《ブラックナイト》。

　その本来の獲物は斧。機体のパワーダウンも奴の仕業。

　これが奥の手か。ユンカースは己の慢心を悔いた。

　相手に余計な期待も、失望もせず、ただ初撃を持って貫いていればよかったのだ。

　研ぎ澄まされた刃も時がたてば錆びつく。

　年を、取った。

「英雄！　その命、我が斧が貰い受ける！」

　《ブラックナイト》の左腕。

　その手に握られた斧が、《ランケア》の右わき腹を薙ぐ。

　機体のバランスが崩されたとはいえ、お互いが必殺の威力を秘めた速度。

　その刃が《ランケア》の装甲を食い破る。

「なんと！」

　コクピット内にまで刃先が迫り、その刃に、ユンカースの顔が映った。

　勢いを殺しきれない両機がぶつかる。

　反動で弾かれるが、《ランケア》に刺さった《ブラックナイト》の斧がそれを阻む。

　斧を握った腕は離れない。

　しばしそのまま対峙していたが、《ランケア》の様子が変わった。

　操縦系統の不具合か、はたまたパイロットが死んだのか。

　機体がひざをついた。両腕もだらりと下がり、槍を取り落とす。

　ライアーは作戦の成功に胸をなで下ろした。未だに信じられない。

　本来ならば、槍が盾を貫く瞬間に固定アームを切り離し、両斧の交差斬りで胴を寸断するつもりだった。

　こちらの予想をはるかに超える一撃。

　あの突きの速さは、尋常ではなかった。

　リミッタを外したＡＥＳエフェクトで《ランケア》の挙動を止めなければ、粉々にされていたはずだ。

　卑怯だろう。しかし、勝った者が正しいのだ。

　正直に言えば、成功するとは思わなかった。

　ユンカースが盾に執着してくれなければ、そもそも成り立たない。

　この盾が理想？　矜持？　笑わせる。そんなもの、勝利の前には些末事。

　自分に言い聞かせる。

　そうでもしなければ、卑怯な真似をしてまで勝ちにこだわった自分を納得させられない。

　誇りある戦いを。あの方の言葉が頭をよぎる。

　しかし勝利こそが誇りなのだ。ライアーはそう決断した。

　砕けた大盾の固定アームを切り離し、棄てる。

　斧を引き抜こうとする。

　だが、重装甲に噛んだ刃先は、なかなか抜くことができない。

　片腕がなくなったので、足で《ランケア》を押しやって引き抜く。

　しかし、さすがはペネトレイター。右腕すら持って行くとは、恐れ入る。

　破損個所からコクピットの中を覗こうとして、やめる。

　死体を見て喜ぶような性癖は持ち合わせていない。

　弔ってはやれないが、《ランケア》が墓標なら彼も満足だろう。

　そうして極限の死闘の中、忘れていた感情が蘇ってくる。

　歓喜だ。

「……やったぞ！　英雄を倒した！　これで錦を飾れるぞ、お前たち！」

　ライアーが同志たちの方を見やる。

　同志が負けることなど、微塵も考えてはいない。

　彼らは幾多の戦場を共に乗り越えた、最高の友人たちだ。

　そちらも丁度、戦闘が終わるところだった。