28話 再戦
「なんでアレックスを連れて来たんだ、旦那? あの機体が敵の目標だろ」
リリスはユンカースに秘匿通信を送った。
これで二人にしか通信内容を知られない。
「相手の数は割れている。それなら格納庫に押し込んでおくより目の届く範囲に置いた方が守りやすい。それに彼はどうしても戦場に出たいようだ。なら無断で出られるよりはいい」
レーダー上の《マーベリック》の位置を確認する。
「それに、彼の行く末を見てみたくなった」
「後半の言っている意味がさっぱりわかんねーんですが、勘ってやつ?」
ユンカースは薄く笑った。それはそうだ。
小娘にはまだわからないだろう。
「そんなところだ。彼はきっと、面白い強さを持つようになるだろう。さ、はじめようか」
「勿体付けるような言い回しは年取った証拠だぞ、旦那」
「……気を付けよう」
唐突な年齢への指摘に、ユンカースの心は傷ついた。
敵機は目と鼻の先、さてどう対峙したものかと思案しかけたが、その必要はなくなった。
「我が名はカール・ライアー! 大義により、《マーベリック》を頂戴しに参った。そして、貴殿。ペネトレイター・ユンカース殿と正々堂々の再戦をいたしたい! どうか!?」
大盾の《ブラックナイト》から、全域通信ではなく、外部スピーカで言葉が発せられた。
ユンカースも外部スピーカで応える。
「盗人猛々しいな。人の基地を土足で荒らしまわった末に、決闘して、機体を寄越せと?」
まともな感性なら、応じるわけがない。
「いいだろう。受けてたとう」
しかし、ユンカースはGLW中毒者。
決着のついていない戦いを放っては置けない。
「感謝する!」
ライアーが吠えると、他の《ブラックナイト》三機が後方へ下がり、停止した。
あくまで、個々の戦いを望んでいるらしい。
「おい。あんたらのサシの勝負にゃ手出しはしねーが、あたしらは、あたしらなりの戦いをさせてもらうからな」
リリスがライアーに向けて啖呵を切る。
「結構! だが、あやつらも手練れの男どもだ。そうやすやすと倒せると思うなよ、女」
「ハッ! 男は女に喰われる生き物だって相場がきまってんだよ!」
五五ミリ機関砲を持つ両手が、器用に中指を立てる。
オウカもそれにならう。
「……下品な女だ」
「軍事基地を襲って略奪しようって人たちは、お上品なのかしら~」
プリシラが皮肉を言い、高周波ブレードの切っ先を倒壊した建物へと向けた。
「……ぬぅ。しかし、これは大義のために必要なのだ!」
「お上品だと、人を見下して言い訳するみたいよ~」
「マジか。ならあたしらは下品でいいや。なぁ?」
「そうね~」
オウカ機は腕を組んで頷いている。
舌戦に満足したリリスたちは、己の対戦相手の元へと向かっていった。
ライアー機を横切る際、三機とも再び中指を立てて行った。
「貴殿は、ああいった輩が戦場に立つことを良しとするのか?」
ライアーの言葉の端々から、怒気がにじみ出ていた。
「時代は変わった。戦場は男たちだけのものではない。拡大した戦火に、人が死に過ぎた。女子供ですら、武器を持たねば殺される。そして殺される前に殺すようになる」
ユンカースの操縦桿を握る手に、余計な力はかかっていない。
家族を殺された痛み、憎しみ、怒り。
それらは年月と共に風化してしまった。
まだ二十年。もう、二十年。
「お前たちのようなテロリストが、今の戦場を作った。いかな大義名分を振りかざしたところで、それは変わらん。理想に酔うのも大概にしろ」
安価で安易な戦闘兵器、GLWは人々の日常を瞬く間に地獄へと変えた。
GLWに対抗するためにGLWに乗り、惨状は拡大していく。
ユンカースは《ランケア》に構えを取らせる。槍は二本。
パワーレベルを巡航から、戦闘へ。
獲物を捕らえる許可を与えられたイノシシは、喜びに打ち震えた。
「……それでも、掲げるべき理想があるのだ!」
《ブラックナイト》もまた、剣を抜き大盾を構える。
その出で立ちに以前に感じた戦士の風格はない。
「ならば掲げているがいい。その理想ごと貫いてやる」
お互いに礼を欠いた。もう必要無い。これは決闘ではない。
相手は騎士の真似事をしただけの、テロリスト。
戦場に綺麗ごとを持ち込みたがる、にせもの。
興が削がれた。会話をするべきではなかった。
そうすれば、ただ戦闘を楽しめたものを。
「行くぞ、英雄!」
《ブラックナイト》が口火を切った。動輪走行を起動せず、踏み込んでくる。
近接型GLWは短距離であるならば、駆動輪を駆使せず足で走る方が速い。
ただ、足運びで次の一手を読まれる。格闘戦の常、そういった弱点もある。
《ブラックナイト》の左剣による突き。
高速の一撃は果たして神速の突きにより止められた。
「何っ!?」
ライアーは驚いた。
今の一撃が弾かれるのは予想していたが、まさか剣の切っ先を穂先で砕いて止めるとは予想していなかった。
そんなことが可能なのか。
可能なのだ。英雄と呼ばれた戦士には。
「《ランケア》に突きで挑むとは、酔狂だな。次はどうする?」
驚愕する心に、ユンカースの言葉が突き刺さる。
ライアーは相手に呑まれている。
「……見事。だが、わたしも伊達に戦場を渡り歩いてはいない!」
ライアーは剣を構えなおす。切っ先が砕けてはいるが、まだ使える。
何より今、ユンカースの前で武器を棄てる恐怖に耐えられない。
《ブラックナイト》が動輪走行を起動し、時計回りを描く軌道で迫る。
槍の射程の内側に潜り込む算段だ。
ユンカースが《ランケア》に一突きさせる。
だが、駆動輪で動き回る《ブラックナイト》は速度を変え右に避けた。
左剣による斬り上げが《ランケア》の右ひじを狙う。
突きはその性質上、等速で動く標的に対し命中が困難となる。
これは銃弾にも言える。
だが、槍は突くだけの武器ではない。
「そうはいかんぞ!」
《ランケア》が駆動輪を起動。右操縦桿による旋回指示。
機体が右足を軸に半回転し、《ブラックナイト》を槍で薙いだ。
切り上げを中断し盾を突き出す。
盛大に火花をまき散らしながら大盾で受けきり、距離を取る。
ライアーは大きく息を吐いた。
盾が無ければ、今の一撃で戦闘不能であったかもしれない。
やはり、正攻法では攻めきれない。
しばらくの間、小手先の応酬が繰り広げられた。
《ブラックナイト》の左剣が浅い斬撃を数度放つ。
それを短い突きで受ける。
左に意識を集中させようとしている。ユンカースはそう感じた。
左剣に気を取られたら、大盾による殴打を打ち込んでくる腹積もりだろう。
あの質量での体当たりは、いかに頑丈な《ランケア》であろうと、中のユンカースに衝撃が届いてしまう。
予想通りの大振りの一撃が出た。こちらの攻撃を誘う一撃。
乗ってやる。
《ブラックナイト》はこちらの動きに合わせ、右の大盾で《ランケア》のコクピットを狙う。
「もうすこし、頑張れよ」
盾が突き出されるその前、剣を振り切った瞬間《ランケア》は槍の石突を地面に打ち、左足を跳ね上げる。
《ブラックナイト》のシールドバッシュは、勢いを載せる前に、《ランケア》の前蹴りによって潰される。
打ち込んだ石突を支柱にし、全力の脚力でもって大盾を蹴り飛ばす。
ライアーの悲鳴がスピーカを通して聞こえる。
期待外れ。その一言に尽きる。
《ブラックナイト》はここにきて、未だに後のことを気にかけているようだ。
なり振り構っている。必死さが無い。
勝つ気でいる。技量にこれほどの差があって、なお勝算があるのか。
それとも、慢心か。ユンカース相手に。
吹き飛ばされた《ブラックナイト》は、SWSの機能もむなしく背を地面に打ちつけた。
その様はバタバタとあがく虫のようだ。
いや、色も黒だからお似合いなのかもしれない。
ユンカースは追撃しない。
それは弱者の行いだ、と自らに固く禁じている。
「さすがに強い。ことごとく手が読まれる」
機体を起こしながら、ライアーが言う。
大盾が邪魔して、中々起き上がれないようだ。
「その盾、邪魔そうだな。棄てたらどうだ」
一度剣を手放し、起き上がる。そして、また拾う。
無様。
「この盾は、賜った理想。そして矜持だ。たとえ、砕かれようとも棄てられん」
「そうか。それならわかりやすくて、いいな」
「何?」
パネルを操作し、《ランケア》のパワーレベルを最大に引き上げる。
そして、マニューバを選択。吸気量が上がり蒸気が噴き出る。
増設バッテリィが消費されていく。
「その盾を砕き、貴様の理想と矜持ごと、貫いてやろうと言っているのだよ」
必殺の一撃のため、《ランケア》の人工筋肉が収縮を開始する。
槍の狙いが大盾の正面、真芯、最も厚い部分を定めた。
駆動輪にエネルギーが蓄積される。
「ならばやってみるがいい! たかが人殺しの英雄に、我らが理想を砕けるものか!」
ライアーの調子が上がった。先ほどまでと違い、覇気に満ち満ちている。
《ブラックナイト》が大盾を構えた。最初に対峙した場面の焼き直し。
「往くぞ、夢想家」
「来い、英雄!」
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