27話 ほこりまみれの黒衣
アレックスとマリーが《マーベリック》の元にたどり着くと、起動状態のコクピット内でヒュージがレイチェルと談笑しているのが聞こえた。
一体どういう風の吹き回しだろうか。
「ヒュージ、レイチェルはあなたという人を誤解していました。あなたは一本気のイイ男です」
「よせやい。お前だって、ただのナビゲートAIにしておくには勿体ないやつだよ」
本当に、何があったのだろう。
短時間に随分と打ち解けたものだ。
「二人とも、ずいぶんと仲良くなったみたいだけど、どうしたの?」
ヒュージがコクピットから降りてきた。
「何、話せばわかるやつだったってだけさ。なぁ、レイチェル?」
ヒュージが振り返って声を上げる。
「そういうことです」
《マーベリック》の外部スピーカから返答があった。
マリーが複雑そうな顔をしている。
自分の友人をとられたような気分なのかもしれない。
その気持ちはアレックスにも覚えがある。
「……ヒュージ、どうして泣いたの?」
ヒュージの顔を見て、アレックスは気が付いた。
「ああ、聞いてくれよ。レイチェルにいじめられてな。辛かった。あいつ性格悪い」
「もう! 失礼な!」
スピーカから声がとんでくる。
怒声ではなく、どことなくふざけているような声音。
「……ふうん」
嘘は言っていないようだが、真実を語る気はないようだ。
きっと知られたくない理由があるのだろう。
寂しくも思うが、彼を心から信頼している。
アレックスはそう自分に言い聞かせた。
「もう動かせるのね?」
マリーは気持ちを切り替え、ヒュージにたずねる。
同時にパソコンモニタを確認していく。
椅子に座らず、机に肘をつく。また尻が突き出された。
癖なのかもしれない。
「あらかたやっておいたつもりだが、確認してみてくれ。あんたじゃなきゃわからないこともあるはずだ。《マーベリック》もレイチェルも、マリー、あんたのものだからな」
マリーの右肩がぴくりと跳ねた。
心なしか、揺れる尻が嬉しそうだ。
見かねてヒュージが椅子をすすめる。
またもや困惑しながら、座る。面白い。
「全力の戦闘機動でなければ、耐えられそうね。この動作非推奨っていうのは? 禁止じゃなくて?」
「剣技のマニューバ項目だな? 機体が実用に耐えられそうもない。かといって他に武器も無い。だから非推奨」
キーを叩いてさらに確認していく。
「出力不足? おかしいわね。OSのバージョン違いにしてもこの数値……。拒否反応? いえ、PESに電力供給が異様に割かれている。前はこんなふうではなかったはず」
独り言が並ぶ。やはり、マリーにしかわからないことがあったようだ。
「PESへの電力供給をカットできないのか?」
「無理ね。最上位に設定されているみたい」
アレックスを抜いた二人で会話が展開されている。
難しい話はわからない。コクピットシートに座る。
「会話に参加しなくてよろしいのですか?」
レイチェルから声がかかる。
「ああいう話は苦手なの」
つなぎ服の中にデータケーブルが入っているのを確認する。
もしものときは、使うことになるかもしれない。
交換した〈ヴァンガード〉の手足では、《マーベリック》の手足のように感覚を共有できない。
あの微細な感覚があれば、機械感応でデータを参照して剣をうまく振るえたかもしれないのに。
うまくいかないものだ。
「ではレイチェルと女子トークをしましょう。ヒュージとしようとしたら、アレックスの方が向いていると言われまして」
「そういうのどこで覚えたの。……そういうのも、今はいいかな」
レイチェルは性別の無い自分を女性と定義しているようだ。
女性名だから間違ってはいない。
「それに、女子トークって女の子同士でするものじゃなかったっけ?」
「……そうでしたか? では、ファッションの話などはどうです?」
制御モニタに色とりどりの服飾画像が表示されていく。
搭載された通信機器を利用しているようだが、ネットには繋がらなかったはずだ。
ヒュージが改造したのだろうか。
「お互いに、着られる服ないよね?」
「失念しておりました」
以前に聞こうとしてやめた、PESについて聞いてみるとする。
「ねぇレイチェル。PESって何?」
「PESですか。なんだか良くわからない機能ですよね」
「せめて、何の略称とかさ、わかんない?」
「ピースとか、ふざけていますよね。その綴りならぺスだろって話ですよ」
やはり有益な情報は得られそうもなかった。
とりとめのない会話に、多少は気がまぎれる。
これから戦場に出る。気が昂ぶる。落ち着かなくては。
「今はこんなものね。チェック終了! でも本当にいいの?」
「アレックスがその気になっているんだ。できれば止めるような真似はしたくない。戦闘じゃなければ、もっと良かったんだがな」
コクピットのアレックスに向かってヒュージが通信を入れる。
「いつでも出られるぞ、アレックス。どうする?」
「出るよ。キャットウォーク下げて」
外部スピーカで応える。ハーネスを下ろす。
コクピットハッチは開けたまま。
キャットウォークが下げられたことを確認すると、《マーベリック》を前進させる。
「じゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「気を付けてな」
コクピットを二人の方に向け、挨拶する。
そのまま、一瞬だけ時が止まったような気がした。
ハッチを稼働。二人の顔が、だんだん見えなくなる。
ハッチが閉じきると、視界モニタがレンズ越しの世界を映しだす。
二人の姿が見える。どうやら、見送ってくれるらしい。
壁に立てかけた剣を取り、左腰に増設してもらったウェポンラックにはめ込む。
「いくよ、レイチェル」
「リラックスしていきましょう。レイチェルにお任せです」
頼りがいのある相棒ができた。アレックスは笑う。
「さぁ、お勉強の時間だ。見せてもらおうじゃないか。プロたちの戦闘ってやつをさ」
弱者の遠吠え。精一杯の皮肉。
用意された特等席での観劇だ。
再び、開幕を告げる警報が鳴る。
レーダーに映る味方機に向かい歩を進める。
機体名下に、各人の名前まで表記されている。
機体名は〈ワイルドボア〉と〈ヴァンガード〉と表記されていた。
愛称では登録されていないようだ。
正式名称のない《マーベリック》はさしずめ、アンノウンと言ったところか。
先に集まっていた四機は《ランケア》を先頭とし、基地正面ににらみを利かせていた。
「大将のおでましだな。最後にやってくるとは、風情がわかっているね」
ユンカースからの通信だ。
声音から、皮肉を言っているわけではないのだとアレックスは察する。
「集合時間がわからなかったもので。敵はもう?」
「おーよ。もう見えてるぜ。まさか悠々と歩いてくるとはな」
「やーねー。自暴自棄な男って」
リリスとプリシラだ。
オウカの機体が腕を組んで、首を上下に振っている。
プリシラとオウカの機体は前と武装が違う。
両機とも銃を腰にマウントし、プリシラは高周波ブレードを両手持ち。
オウカはブレードと、不明の装備を腰に取り付けてあった。
リリスの示した方向に目を向ければ、朝日を浴びて輪郭を明確に浮き彫りにされた、黒の幽鬼が四。
白日の下に引きずり出された、盗人のごとき、ほころび薄汚れた様相。
とても、黒騎士とは呼べるような代物ではない。
敵機が五五ミリ機関砲の有効射程距離に入った。
早速撃とうとしたリリスをユンカースが止める。
「ダメなのか、旦那」
「敵はあの奇怪なシステムを使ってきていない。通信できるのがその証拠だ。本当に、正々堂々戦いたいのかもしれん」
「え~。倒せばどっちでも一緒じゃない?」
プリシラが反対する。アレックスもその意見に同意だ。
だが口は出さない。観劇は静かに。
「わたしも心残りがある。あの大盾と決着をつけたい」
ユンカースは《ブラックナイト》の先頭、ライアーの機体を見てそういった
「それが本音だろ、旦那? いいぜ、残りは《サーベラス》で喰い殺す」
「すまん。苦労を掛ける」
「依頼人の要望にはなるべく沿うのが、シュラウドの仕事だ。プリシラ、オウカ。いいな?」
「要望なら、仕方ないわね~」
オウカの機体が腕を組んで、首を上下に振っていた。
手にした武装が腕組みの邪魔になっている。
「アレックス君。わかっているね?」
ユンカースに念を押される。
「はい、戦わないですよ。みているだけです。そうおっしゃいましたよね?」
「よろしい。では三人とも、行くとしよう」
そういって、四機はゆっくりと機体を歩かせた。
アレックスはここ、後方で見ているだけだ。
「よろしいので、アレックス?」
レイチェルが話しかけてくる。
通信に割り込んでこなくて助かった。話がこじれかねない。
「できることもないし、見るのも稽古の一つだって、ヒュージも昔いってたし」
言い訳で感情を押しこめる。レイチェルは何も言わない。
こういうときこそ、無駄にしゃべってくれればいいのに。
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