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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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27話 ほこりまみれの黒衣

 アレックスとマリーが《マーベリック》の元にたどり着くと、起動状態のコクピット内でヒュージがレイチェルと談笑しているのが聞こえた。

 一体どういう風の吹き回しだろうか。


「ヒュージ、レイチェルはあなたという人を誤解していました。あなたは一本気のイイ男です」

「よせやい。お前だって、ただのナビゲートAIにしておくには勿体ないやつだよ」


 本当に、何があったのだろう。

 短時間に随分と打ち解けたものだ。


「二人とも、ずいぶんと仲良くなったみたいだけど、どうしたの?」


 ヒュージがコクピットから降りてきた。


「何、話せばわかるやつだったってだけさ。なぁ、レイチェル?」


 ヒュージが振り返って声を上げる。


「そういうことです」


 《マーベリック》の外部スピーカから返答があった。

 マリーが複雑そうな顔をしている。

 自分の友人をとられたような気分なのかもしれない。

 その気持ちはアレックスにも覚えがある。


「……ヒュージ、どうして泣いたの?」


 ヒュージの顔を見て、アレックスは気が付いた。


「ああ、聞いてくれよ。レイチェルにいじめられてな。辛かった。あいつ性格悪い」

「もう! 失礼な!」


 スピーカから声がとんでくる。

 怒声ではなく、どことなくふざけているような声音。


「……ふうん」


 嘘は言っていないようだが、真実を語る気はないようだ。

 きっと知られたくない理由があるのだろう。

 寂しくも思うが、彼を心から信頼している。

 アレックスはそう自分に言い聞かせた。


「もう動かせるのね?」


 マリーは気持ちを切り替え、ヒュージにたずねる。

 同時にパソコンモニタを確認していく。

 椅子に座らず、机に肘をつく。また尻が突き出された。

 癖なのかもしれない。


「あらかたやっておいたつもりだが、確認してみてくれ。あんたじゃなきゃわからないこともあるはずだ。《マーベリック》もレイチェルも、マリー、あんたのものだからな」


 マリーの右肩がぴくりと跳ねた。

 心なしか、揺れる尻が嬉しそうだ。

 見かねてヒュージが椅子をすすめる。

 またもや困惑しながら、座る。面白い。


「全力の戦闘機動でなければ、耐えられそうね。この動作非推奨っていうのは? 禁止じゃなくて?」

「剣技のマニューバ項目だな? 機体が実用に耐えられそうもない。かといって他に武器も無い。だから非推奨」


 キーを叩いてさらに確認していく。


「出力不足? おかしいわね。OSのバージョン違いにしてもこの数値……。拒否反応? いえ、PESに電力供給が異様に割かれている。前はこんなふうではなかったはず」


 独り言が並ぶ。やはり、マリーにしかわからないことがあったようだ。


「PESへの電力供給をカットできないのか?」

「無理ね。最上位に設定されているみたい」


 アレックスを抜いた二人で会話が展開されている。

 難しい話はわからない。コクピットシートに座る。


「会話に参加しなくてよろしいのですか?」


 レイチェルから声がかかる。


「ああいう話は苦手なの」


 つなぎ服の中にデータケーブルが入っているのを確認する。

 もしものときは、使うことになるかもしれない。

 交換した〈ヴァンガード〉の手足では、《マーベリック》の手足のように感覚を共有できない。

 あの微細な感覚があれば、機械感応でデータを参照して剣をうまく振るえたかもしれないのに。

 うまくいかないものだ。


「ではレイチェルと女子トークをしましょう。ヒュージとしようとしたら、アレックスの方が向いていると言われまして」

「そういうのどこで覚えたの。……そういうのも、今はいいかな」


 レイチェルは性別の無い自分を女性と定義しているようだ。

 女性名だから間違ってはいない。


「それに、女子トークって女の子同士でするものじゃなかったっけ?」

「……そうでしたか? では、ファッションの話などはどうです?」


 制御モニタに色とりどりの服飾画像が表示されていく。

 搭載された通信機器を利用しているようだが、ネットには繋がらなかったはずだ。

 ヒュージが改造したのだろうか。


「お互いに、着られる服ないよね?」

「失念しておりました」


 以前に聞こうとしてやめた、PESについて聞いてみるとする。


「ねぇレイチェル。PESって何?」

「PESですか。なんだか良くわからない機能ですよね」

「せめて、何の略称とかさ、わかんない?」

「ピースとか、ふざけていますよね。その綴りならぺスだろって話ですよ」


 やはり有益な情報は得られそうもなかった。

 とりとめのない会話に、多少は気がまぎれる。

 これから戦場に出る。気が昂ぶる。落ち着かなくては。


「今はこんなものね。チェック終了! でも本当にいいの?」

「アレックスがその気になっているんだ。できれば止めるような真似はしたくない。戦闘じゃなければ、もっと良かったんだがな」


 コクピットのアレックスに向かってヒュージが通信を入れる。


「いつでも出られるぞ、アレックス。どうする?」

「出るよ。キャットウォーク下げて」


 外部スピーカで応える。ハーネスを下ろす。

 コクピットハッチは開けたまま。

 キャットウォークが下げられたことを確認すると、《マーベリック》を前進させる。


「じゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」

「気を付けてな」


 コクピットを二人の方に向け、挨拶する。

 そのまま、一瞬だけ時が止まったような気がした。

 ハッチを稼働。二人の顔が、だんだん見えなくなる。


 ハッチが閉じきると、視界モニタがレンズ越しの世界を映しだす。

 二人の姿が見える。どうやら、見送ってくれるらしい。

 壁に立てかけた剣を取り、左腰に増設してもらったウェポンラックにはめ込む。


「いくよ、レイチェル」

「リラックスしていきましょう。レイチェルにお任せです」


 頼りがいのある相棒ができた。アレックスは笑う。


「さぁ、お勉強の時間だ。見せてもらおうじゃないか。プロたちの戦闘ってやつをさ」


 弱者の遠吠え。精一杯の皮肉。

 用意された特等席での観劇だ。


 再び、開幕を告げる警報(ベル)が鳴る。





 レーダーに映る味方機に向かい歩を進める。

 機体名下に、各人の名前まで表記されている。

 機体名は〈ワイルドボア〉と〈ヴァンガード〉と表記されていた。


 愛称では登録されていないようだ。

 正式名称のない《マーベリック》はさしずめ、アンノウンと言ったところか。

 先に集まっていた四機は《ランケア》を先頭とし、基地正面ににらみを利かせていた。


「大将のおでましだな。最後にやってくるとは、風情がわかっているね」


 ユンカースからの通信だ。

 声音から、皮肉を言っているわけではないのだとアレックスは察する。


「集合時間がわからなかったもので。敵はもう?」

「おーよ。もう見えてるぜ。まさか悠々と歩いてくるとはな」

「やーねー。自暴自棄な男って」


 リリスとプリシラだ。

 オウカの機体が腕を組んで、首を上下に振っている。

 プリシラとオウカの機体は前と武装が違う。

 両機とも銃を腰にマウントし、プリシラは高周波ブレードを両手持ち。

 オウカはブレードと、不明の装備を腰に取り付けてあった。


 リリスの示した方向に目を向ければ、朝日を浴びて輪郭を明確に浮き彫りにされた、黒の幽鬼が四。

 白日の下に引きずり出された、盗人のごとき、ほころび薄汚れた様相。


 とても、黒騎士とは呼べるような代物ではない。

 敵機が五五ミリ機関砲の有効射程距離に入った。

 早速撃とうとしたリリスをユンカースが止める。


「ダメなのか、旦那」

「敵はあの奇怪なシステムを使ってきていない。通信できるのがその証拠だ。本当に、正々堂々戦いたいのかもしれん」

「え~。倒せばどっちでも一緒じゃない?」


 プリシラが反対する。アレックスもその意見に同意だ。

 だが口は出さない。観劇は静かに。


「わたしも心残りがある。あの大盾と決着をつけたい」


 ユンカースは《ブラックナイト》の先頭、ライアーの機体を見てそういった


「それが本音だろ、旦那? いいぜ、残りは《サーベラス(あたしたち)》で喰い殺す」

「すまん。苦労を掛ける」

「依頼人の要望にはなるべく沿うのが、シュラウドの仕事だ。プリシラ、オウカ。いいな?」

「要望なら、仕方ないわね~」


 オウカの機体が腕を組んで、首を上下に振っていた。

 手にした武装が腕組みの邪魔になっている。


「アレックス君。わかっているね?」


 ユンカースに念を押される。


「はい、戦わないですよ。みているだけです。そうおっしゃいましたよね?」

「よろしい。では三人とも、行くとしよう」


 そういって、四機はゆっくりと機体を歩かせた。

 アレックスはここ、後方で見ているだけだ。


「よろしいので、アレックス?」


 レイチェルが話しかけてくる。

 通信に割り込んでこなくて助かった。話がこじれかねない。


「できることもないし、見るのも稽古の一つだって、ヒュージも昔いってたし」


 言い訳で感情を押しこめる。レイチェルは何も言わない。

 こういうときこそ、無駄にしゃべってくれればいいのに。



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