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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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25話 決戦前夜

 今日一日はめまぐるしかった。

 アレックスは脳をきちんと休ませないと、翌日うまく体を動かせなくなる。

 昔に体験済みだ。


「そっかー。んじゃ仕方ないな。ここ、あたしの寝られそうな場所ある?」

「応接室のソファなら空いている」

「シャワーは、いいか。ベッドはないのか? ヒュージかアレックスのでいいぞ」


 パイロットスーツの内側の匂いを嗅ぎながらリリスがのたまう。


「僕はベッドないんだ。壊したから」

「俺は他人にベッドは貸さない主義だ。本部施設に行け」

「GLW降りちゃったからもう動きたくねー」


 リリスはその場に寝転がってしまった。

 頬を手の甲でくしくしと拭う。猫のような仕草。


「他の連中と一緒じゃなくていいのか? 明日、敵が来るなら、集合場所や時間があるだろ」

「あたしらは給料分好き勝手にやる。ユンカースの旦那も勝手に動くだろうし。問題ない」


 そんないい加減でいいのか。仮にも軍人と仕事人だろうに。

 リリスは右腕を枕に、その場で寝ようとしはじめる。


「……アレックス。リリスを応接室まで運んでやってくれ、あ」


 椅子の上に置いたままの濡れタオルを、尻で踏んだらしい。

 ヒュージもだいぶ疲れているようだ。気が回っていない。

 タオルで目元を覆い、座りなおした。

 アレックスはリリスのそばに歩み寄る。


「失礼しますよ、お姫様」


 仰向けの首とひざ裏に手を差し込み、抱え上げる。

 お姫様抱っこだ。彼女の体は軽かった。

 もっとも、たとえ重かろうがアレックスの人工筋肉ならば余裕だ。


「うむ、くるしゅーないぞ」


 そういって、両腕をアレックスの首に回してきた。

 彼女は、人との距離感が近い。

 少し、可愛らしく感じた。彼女を見ていると猫を飼ってみたくなる。

 応接室のドアはリリスが開けてくれた。ソファに彼女を横たえる。


「なんかあったら起こしてくれ」


 そう言いつつスーツのポケットから小型の薬入れを取り出す。


「それは?」

「ん? 免疫抑制剤だよ。機械化肢体を付けてるやつはだいたい飲んでる。知らないのか?」

「そうなんだ」


 機械化肢体は肉体に接続する性質上、どうしても免疫が反応してしまう。

 抑えるためには薬を常用する必要がある。

 周りの装着者もよく飲んでいたことを思い出した。

 リリスは薬を口に含むと、小袋に入ったゼリーを吸出し共に嚥下した。


「じゃ、おやすみ」

「あ、おやすみ」


 そう言ってリリスはすぐ寝息を立て始めた。

 良い軍人は、いつでもどこでもすぐ眠れるという話を聞いたことがある。

 一種の才だ。彼女は軍属ではないが。


 リリスの寝顔は、とても幼く見える。

 これがヒュージの好みの顔なのだろうか。

 アレックスはしばらくその寝顔を見つめた。


 見続けるのも失礼だと思い、応接室を後にする。

 戻るとヒュージは椅子に座ったままだった。


「ヒュージも運んであげようか?」


 きっと怒るだろうな、と思い声をかけたが、返事はアレックスの予想と違った。


「……お前は、眠れそうか?」

「たぶん、大丈夫だと思うよ。不安も恐怖も、昔ほどじゃないし」

「そうか。もし、ダメなら、すぐ俺の部屋に来い。いいな?」

「うん」


 アレックスは体を失ってしばらく、自分の体のことで悩み、眠れなくなった。

 休眠できない脳は、次第に体の操作を行えなくなっていった。

 アレックスの体の仕様上、脳への酸素供給量を減らすことで、強制休眠できるはずなのだが、当時はそれすら行えなかった。


 そんな眠れない長い夜の間じゅう、そばでずっとヒュージがついていてくれた。

 本を読んでくれたり、リラクゼーション効果のある音楽をかけて、添い寝したり。

 その大半はとても眠りにつけるような行為ではなかったが、真剣な顔をしていた幼いヒュージの行動に異をとなえることなどしたくなかった。


 記憶を失い、冷たい機械の体になった自分に、生きていてくれてよかったと涙を流して喜んでくれたのだ。

 彼の姿にどれだけ救われたことか。

 あの笑顔を見られただけで生き続けて、いや、死に損なってよかったと、そう思った。


 その時から、彼のしたいこと全部に付き合ってあげたいと思うようになった。

 そして、今でも鮮明に覚えている。

 顔を真っ赤にして彼が言った言葉。


 『お前は俺が守る』


 あの言葉を、彼は守り続けている。

 でもこれからは守られているだけじゃいけない。

 当時のことを話すと、ヒュージは照れくさそうにしてしまう。

『子供だったからだ。今はしない』と言い訳する。


 その後もアレックスの体をメンテナンスするために、戦災孤児でろくに学校にも行っていないかったヒュージは、ゴダート医師に読み書きと格闘術を習いだした。

 彼の吸収力はすさまじく、すぐにゴダート医師の蔵書をあさり、ネットを駆使し図書館にも通い詰めた。

 二人いっしょには行けなかったので、彼は借りては返しを繰り返した。

 アレックスを独りにしてはおきたくなかったようだ。


 今では、機械関係、特に機械化肢体とGLWの専門家になりつつある。

 アレックスはヒュージには頭が上がらない。

 彼が居なければ、自分はとうの昔に廃材の仲間入りだ。


 昔のヒュージは泣き虫だった。

 勉強でわからないことがあると悔しくてすぐ泣いた。

 格闘で負けるともっと泣いた。


 でもすぐにまたやり直す。

 そうして少しずつ泣くことが少なくなっていった。

 その頃にはもう、今と同じ少し険のある精悍な顔つきになっていた。


 それに引き替え自分の、変わらぬ見た目、その中身は成長できているのだろうか。

 いや、できていないはずだ。

 自分の知らないところで、ヒュージが誰かと仲良くしていると思うと、不安になる。


 棄てられるのではないか、と最近になってそういった悩みができてしまった。

 いつまでも、一緒に居られるとは限らない。

 彼には、彼の人生がある。

 自分に何ができるのか、考えねばならない。


「アレックス? 本当に大丈夫か」


 ヒュージの声で、アレックスは我に返る。


「うん。もう、眠いんだ。ちょっと、ぼーっとしちゃった」

「初めて戦闘なんかしたんだ。疲れて当然だ。さ、部屋に戻って寝ろ。俺も戻る。起床は四時な」

「早くない?」

「戦火が目覚ましに鳴ってもいいなら、寝ていてもいいぞ」

「四時に起きます。さすがに今日は絵、描かないんだね」

「状況が状況だからな」


 寝る前の数時間、人物画を描くのがヒュージの日課だ。

 モチーフはいつも同じ。ただ髪型や年齢に違いがあった。


「あの女の子が誰なのか、まだ教えてくれないの?」

「ああ、いつか完成したら教えるよ」

「……僕、明日死ぬかもしれないよ」

「おい――」

「冗談だよ」


 アレックスは、両手を掲げて降参する。


「まったく。縁起でもねぇ」


 ヒュージが紙に何か書きだした。


「マリーに書置きだ。ここに戻ってくるかもしれないし、な」


 格納庫入り口に紙を置き、ペンを重石代わりに置いた。


「これでよし。おやすみ、アレックス」

「おやすみ、ヒュージ」


 ヒュージは備え付けのシャワー室へ向かうのだろう。

 代謝のある体には必要なことだ。アレックスも自室へと戻る。


 アレックスの部屋は殺風景だ。

 ベッドが置かれていないのもそうだが、古びた机と、その上に『GLWのもたらす未来』と題されたペーパーバックが一冊とムラサメ・マテリアルのロゴが入った段ボール箱が一つ。

 ベッド代わりの毛布が一つ。そして、エアーコンプレッサ。


 コンプレッサの電源を入れ、圧力が上がるのを待つ。

 圧力がかかったのを確認し、スプレーを顔に向けて噴射し、埃をおとす。

 これがアレックスのシャワーだ。


 今日はマリーにメンテナンスしてもらったこともあり、つなぎ服も脱がず簡単に済ませる。

 普段は裸になって関節や隙間にエアーを吹き付ける。

 こればかりはヒュージに頼めない。

 いくら彼でもこの体を見られることに抵抗がある。

 そもそも彼は「他人の裸を見る趣味はない」と引き受けてくれなかった。


 シャワーを終え、毛布に頭からくるまり横になる。

 毛布などこの体には必要がない。


 生身であったときの、癖。その名残らしい。

 詳しいことは忘れたが、そういった癖は残しておかなければいけないとヒュージが言っていた。


 アレックスは、体のスリープ解除を四時に設定した。

 これで強制的に起きられる。


 ヒュージには、いつか必ず恩返しをしなければ。

 アレックスは寝る前、そう考える。

 彼は、なにをしたら喜んでくれるのだろうか。

 そもそも、どうやったら返しきれるのだろうか。


 意識を、少しずつ眠りへと追いやる。


 激動の一日が終わり、そしてまた始まる。


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