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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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24話 不味くても知りたい、味

「大丈夫?」


 アレックスが心配そうにヒュージに声をかける。

 彼はパイプ椅子にのけ反って座っていた。

 その目元には濡らしたタオルが載っている。


「ああ、そこまでひどくはない。だが剣技が、ああもきついとは思わなかった」


 剣技マニューバ補正のために乗り込んだはいいが、想像以上の衝撃を受け、脂汗をかき、吐き気を催す動揺病を発症してしまった。


「あー……。きもちわりぃ」


 要は乗り物酔いである。

 揺れる機体内で手元のPCを睨み付け、組んだマニューバにレイチェルがいちいち文句をつける。

 ヒュージのストレスは計り知れなかった。


「……ちょっとやりすぎちゃった」


 ヒュージには聞こえない声で反省をつぶやいた。

 パターンの構築、補正は終わった。あとは敵が来るのを待つだけだ。


 結局のところ、剣技は役に立たない。


 実際に振らせてわかったのだが、剣を当てるまではいい。

 だが、そこまでしかできない。振りぬけないのだ。

 マニピュレータの保持力不足。つまりは握力が足りない。


 《マーベリック》のOSが古すぎるのも一因だ。

 〈ヴァンガード〉の腕に、正常な出力を行えない。

 しかし、たとえ正常な出力が行えたとしても腕力に不安が残る。


 超突撃特化型の《ランケア》の腕に交換すれば問題ないかもしれないが、《マーベリック》自身に不明な機能がある上に、《ランケア》の腕は消費電力量が多すぎる。それに予備もないらしい。

 結局出力が足りない。


 高周波ブレードに持ち替えることも考えたが、物理トリガ装備の旧式(化石と言ってもいい)は売り払ってこの基地にはないし、わざわざ《サーベラス》から取り上げるのも馬鹿げた話だ。


 これにはヒュージもお手上げだった。

 だが、彼にとっては悪いことばかりでもなかった。


「これじゃあ、殺してくださいって言ってるようなものだよね……」


 《マーベリック》をハンガーに戻しながら、アレックスは呟くように言った。

 実数値を見せることでアレックスの無駄に昂ぶった戦闘意欲を削ぐことができた。

 根拠のない自信は新兵にありがちなのだ。

 これだけでもテストをした甲斐はあった。


 あのままでは無為に戦闘し、命を落としかねないからだ。


「あればっかりは、俺にもどうしようもねぇ。OSの再設定なんかしたら、PESがどんな反応するかわからない。……悪いな」

「いや、僕こそ、ここまでさせちゃって、ごめん」


 アレックスは床に寝転がって手足を投げ出した。

 硬い床に打撃音が鳴る。

 慣れない操縦はアレックスの精神に疲労を残す。


 明日の戦闘は言われた通り、見物していよう。

 殺されるだけの戦闘など、するつもりはない。

 あの大盾にだけは一発やり返したかったが、仕方ない。

 アレックスは何度も、そう自分に言い聞かせる。

 頭では理解できても感情はそれを良しとしない。


 これからどうしようか、そう考えていたら、格納庫入り口に、二挺の機関砲を装備した《サーベラス》がやってきた。


「なー、五五ミリ(ごーごー)弾どこにあんだ? 八パック欲しいんだけど、って大丈夫かお前ら」


 ぐったりとした二人を確認し、機体に乗ったままのリリスがたずねる。


「ちょっと気持ち悪いだけだ」

「へー。じゃ、この美少女ランナーリリスちゃんがひざまくらでもしてやろっか?」


 からかうような口調でリリスが言う。

 GLWのひざで? という冗談を引っ込めたアレックスの視線が、ついとヒュージに向けられる。

 どう答えるのか気にしている。


「馬鹿を言うなよ。弾は隣だ。しかし、八パックは多くないか?」


 アレックスの視線を感じ取り、そっけなく対応するヒュージ。変に反応すれば、あとでからかわれかねないと気付いたようだ。


「あたしは弾をばらまくのが仕事なんだ。さっきので撃ち尽くしたからその分も補充がいる。ついでにオウカとプリシラの分だ」


 そう長い戦闘時間ではなかったはずだが、撃ちきったらしい。


「そうだ、リリス。聞いておきたかったんだが、あの黒いGLW。ロックオンできたか?」

「《ブラックナイト》か。いんや。目の前に居んのにターゲット表示はなかったよ」


 リリスは《ブラックナイト》の名を聞き及んでいるらしい。

 どうやら、正式なコードネームになったようだ。


「やっぱりか。じゃあ銃は使い物にならないか?」

「んなこたぁねーよ。ロックできなくたって、ターゲットカーソル自体はあるんだ。スティックでぐりぐりやれば当てられるさ。それに撃てなくても当てろってのがうちのやり方だ」

「大した根性論だね……」


 アレックスは根性論が苦手だ。

 精神へのストレスは即、体への不具合につながるのだ。


 リリスが言っているのは、操縦桿に備え付けられている副目標指示(サブコンタクト)スティックのことだ。

 これは、HUD上に表示されているターゲットカーソルを操作することができ、ロックオン対象への精密攻撃や、対象外への牽制攻撃等に利用されるGLW標準の装備だ。


 視線目標指示装置(アイ・コンタクト)と違い、訓練次第で一定の成果が見込める者も多い。

 だが、どちらにせよ相応の訓練を積まなければ使いこなせないことに変わりはない。


「ま、だから無駄弾撃ちまくっちゃうんだけどな」


 リリスが悪戯っぽく笑う。


「弾、勝手にもらってもいいものなのかな」


 アレックスは身を起こしながら至極当然な疑問を呈した。


「ユンカースの旦那に、『死ねば無駄弾。好き放題持っていってくれてかまわん』って言われてるんだ。好き放題やんなきゃな!」


 リリスが似ていない司令の声真似をする。

 顔もそれっぽく真似ているのがおかしかった。


 五五ミリ機関砲は、世代差があっても弾倉に互換性がある。

 未だに旧世代品が現行使用の地域もあるためだ。


「休息を取らなくてもいいのか、リリス」

「そのうち寝るさ。コクピットで居眠りするくらい、疲れているみたいだし」


 どうやら、プリシラに昏倒させられたことは記憶にないらしい。

 ヒュージはアレックスと目配せし、黙っていることにする。


「司令が言うには、敵は朝くるらしいよ」


 アレックスは、ユンカースの言葉をリリスに伝える。


「ふむん。じゃあそうなんだろうな」


 そう言って、リリスは隣の倉庫に機体を移動させた。

 ユンカースの言葉に疑いはないようだ。

 隣から、何かを倒す音や、落ちる音、果ては破砕音が聞こえてきたが、聞かなかったことにする。

 どうやら探し物は苦手なようだ。


 戻ってきた《サーベラス》は、格納庫入り口横で降着姿勢をとり、パイロットを吐き出した。

 白のパイロットスーツに赤い髪。

 細い体も相まって、まるでロウソクだ。


 パイロットスーツのジッパーを腹まで下げ、惜しげもなく白い腹をさらけだす。

 そうして明るい笑顔を振りまきながら、二人の元にやってきた。


「腹減っちまったな。なんかない?」


 欲望のままに生きる、野生動物のような少女。

 自分に足りない生物としての生き方。アレックスの目標。


「ヒュージ、アレあげたら?」

「あれって、アレか」


 そう答えて、ヒュージが立ち上がる。

 タオルは椅子の上へ。リリスの格好には言及しないようだ。

 彼は格納庫内の宿舎に一度引っ込み、無地の紙箱と、ペットボトル二つを手に戻ってくる。


「これくらいしかここにはないが、他人にすすめられるものじゃない」


 そう言われて、リリスの口角が吊り上がった。

 その表情は好奇心旺盛な猫を彷彿とさせる。


「へぇ。おもしろそうじゃん。一つくれ」


 ヒュージは紙箱から銀の袋を取り出し、リリスに手渡す。

 彼女は袋を開け、ブロック状の栄養補助食品を口に放り込む。


「ごふっ、まっずいなコレ! ああ、口ン中の水分が!」


 リリスはヒュージが思った通りの反応を見せた。

 ふたを開けたミネラルウォーターのペットボトルを渡す。

 彼女は小さなのどをこくこくと鳴らし、冒涜的な食物を嚥下していく。


「だからすすめられないって言ったんだよ」


 ヒュージの腹が鳴り、アレックスを一瞥する。


「ヒュージも食べたら?」


 彼はそういわれて、口に含む。

 強烈な苦味とかすかな甘み。

 そしてバターのような何かのしつこさが絶妙な配合の不味さを演出する。


この不味さこそ、人生(ナスティ・ライフ)

 この商品の、キャッチフレーズにして商品名。


「いやぁ、こんなに不味いもん初めて食べたよ。ごちそーさん」


 不味いと言いつつ、一袋食べきっていた。

 ペットボトルは空になっている。


「てっきり残すものだと思ったんだがな」

「出されたモンは、不味くてもちゃんと食わなきゃ。女の手料理と一緒だぞ。そんなことも知らないのか。モテないぞ?」

「こんなレベルの手料理出されるなら、俺は一緒にキッチンに立つよ……」

「……どんなふうに不味いの」


 アレックスがつぶやく。


「どう、か。難しいな、ヒュージ」

「……いうなれば、泥に砂糖を入れて、バターで炒めた感じか?」

「あー、そんな感じかも」


 わからない。

 泥はもちろん、バターの味だって、もう思い出せない。

 それだけの時間、アレックスの体は感覚を失っているのだ。


「わぁ、それはすごくまずそう!」


 アレックスはおおげさに驚いて見せる。

 いつも通りだ。

 努めて普段通りに振る舞う。


 ヒュージが急に振り向いたのは、きっと何か、別の要因だろう。

 アレックスはそう願った。


「……さて、もうすることもないし、眠るとするか?」


 ヒュージが提案する。


「えー。もっと話しよーぜ。アレックスもそう思うだろ?」

「あー、僕疲れちゃったから、眠りたいな」


 アレックスはヒュージの気遣いに乗ることにした。


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