表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
29/48

23話 本物よりもうまい、偽物の飯

 マリーが食堂に到着したころには、すでに人はまばらだった。

 鼻孔をくすぐる香辛料の香り。

 日系料理人が作ったであろう日本式、とろみのあるカレーが用意されていた。

 最初こそ未体験の料理に各々面喰っていたが、味は良く合成食材独特の若干の磯臭さも消され、評判がいい。


 カントリー・キャプテン(アメリカ南部の郷土カレー)も悪くはないが、マリーはこちらのほうが気に入っている。

 セルフサービスとなっているカウンタで皿に盛りつけ、手ごろな席に着こうとしたとき、見知った顔を見つける。


「お疲れのようね、フィーネ」


 そう言ってマリーは彼女、フィーネ・バスケス少佐の前に座る。

 フィーネはうつむき、憔悴した面持ちでもそもそとカレーを口に運んでいたが、マリーの呼びかけで顔を上げた。


「ああ、マリー……。あなたもお疲れ様。話、聞いてくれる?」

「食事の間だけでよければ、どうぞ」


 制限時間を設けないと、いつまでも話し込んでしまう。

 バスケスの愚痴は長い。


 バスケスは二九歳。独身。

 マリーとは少々年が離れているが、基地内にいる数少ない若い女性職員同士ということで、ひざを突き合わせる機会が多い。


「……今回の襲撃、あのひげおやじが司令職を無視して戦線に出たせいで、わたしがどれだけ苦労したか!」

「お察しするわ。でも、そのおかげでわたしたちは助かった」


 スプーンを口に運ぶ。

 大急ぎで作られたカレーは、まだ具材の形が保たれたままだ。

 マリーは煮込まれ、具が溶け始めの方が好きなので、少し残念だった。


「それよ! そうやって成果を上げてくるせいで、司令を責めるとわたしが悪者扱いされるの! ほんと嫌になる! わたしが事後処理までやっているっていうのに! いつのまにか《サーベラス》隊まで呼んで! あ、別にあなたたちのことを悪く言っているわけじゃないのよ? ただ、予算がね?」

「ふふ、わかっているわ」


 語気は荒いが声量は控えめ。

 たとえ憤慨していても、食事時のマナーはきちんと守る。

 バスケスはそういう女性だ。


 シュラウド絡みについては言及すまい。

 最初に要請したのはマリーだ。

 そしてそれを大急ぎで来させたのがユンカース。

 この話題はこちらにまで飛び火しかねない。


「あなたはよくやってくれているわ。ううん。あなたじゃなきゃ、あの司令の秘書官は務まらないとおもう」


 生煮えの、ニンジンがあった。

 口から出すのもはばかられるので、そのままかみ砕く。

 じわりと染み出すかすかな磯の味。海の味だ。

 日本製の高級合成食材ならこの味はしない。

 昨今の料理とは、いかにこの磯臭さを消すかに心血を注いでいるものだ。


 おかしい。

 いつもの料理人の出来栄えではない。

 あとで誰が作ったのか聞いてみよう。

 他意はないけれど。他意はない。マリーはそう心でくりかえした。


「……。やっぱりそう思う?」

「ええ。あなたが秘書官で、司令もこの基地の人間も皆、助かっているわ」


 幾度となく繰り返された、儀式めいたフレーズだ。

 この流れが出来上がれば話は収束する。

 実際、バスケスが居なければ、この基地の運営は滞るだろう。

 一度、風邪でバスケスが休んだ際、書類の束を抱きかかえてユンカースが泣きついてきたという。

 彼女の自慢話の一つ。


 一人休んだくらいで運営が滞る軍事基地。ここの環境は劣悪だ。

 物資はあるが、人が足りない。世界中が今、同じような状況下にある。


「そうよね。あの人にはわたしがついていないとダメよね」

「ええ、まったくそのとおりよ」

「はぁ……。仕方ない。もうひと頑張りするわ」


 バスケスがこの職を選んだ理由。それはユンカースに憧れたからだ。

 彼は様々な戦地に赴き、人々を救ってきた。

 そうして助けられた中の一人が、バスケスなのだ。


 戦地での彼しか知らなかった彼女は、普段の彼を見てひどく落胆したそうだが、同時に自分が支えてあげないと、と強く思ったらしい。

 庇護欲がそそられるのだそうだ。

 それはマリーにもわからないでもない。


「それで、アプローチはうまくいっているの?」


 味の薄いジャガイモを半分に割り、ルゥをからめて口に運ぶ。


「今度こそ、落として見せるって言っていたわよね?」

「あの《ブラックナイト》とかいうやつのせいで台無しよ……。いろいろプランをたてていたのに!」


 バスケスは苦々しい顔で水を飲み干す。


「それは、災難だったわね」

「まぁ、そうでもないのだけどね」


 バスケスの口調が変わった。この流れはまずい。

 急がなければ。あと三口で食べ終わる。


「次の戦闘に備えるための、仮眠を取っている彼の肉食獣みたいな顔。正直、クるものがあったわ。近づいて起きさえしなければ、キスできたのに……」


 自分の身を抱き、体を揺らすバスケス。あと一口だ。


「それに、パイロットスーツに包まれたあの体! もう五〇にも届こうって年齢なのに、鍛えられたあの体! はぁ、あの腕に抱かれたい……」


 マリーは口の中のものを水で流し込み、席を立つ。


「あら、もう行っちゃうの?」

「ええ、まだやることがあるの」


 本当は、特にやることなどない。

 だが、ここで切り上げないと、延々と話が続く。

 バスケスののろ気は愚痴よりもはるかに長い。


「そう、残念ね。それじゃ、また」

「またあいましょう」


 次に会える保障などない時代でも、あいさつは変わらない。

 それが良いことなのか、悪いことなのかわからない。

 もしかしたら、土の中の人たちは知っているかもしれない。

 マリーは第四格納庫に向かうため、食堂を出ようと席を立つ。


「そうだ。ねぇ、フィーネ。このカレーを作ったヤツ、誰かしら」

「さぁ? 事務方の誰かだとは思うけど。お気に召さなかった?」


 問いに言葉で応えない。そのかわりにしかめ面をしてみせる。

 バスケスが笑いながら手をひらひらと振った。

 あとで探し出してやる。


 安物の合成食材は調理がキモだ。

 旨味は強いが磯の臭みもある。

 本物の食材が入手困難な今、それをどう対処するかが料理人の腕にかかっている。

 生半な腕で調理するくらいなら出来合いの合成食品(フローズンフード)でも食べていた方がマシというものだ。


 去り際に、遠くの席にシモンたちが居るのを見つけた。

 ずいぶんと楽しそうに騒いでいる。


 あっちに混ざれば良かったかも、とマリーは思った。

 明日中には、シュラウドから輸送車が来る手筈。

 データをまとめておかないといけない。

 腕時計を見る。今日は寝られないかもしれない。


評価いただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ