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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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22話 つぎはぎ兵器 4/4 

「話の最中わりーが、組み上げ終わったぞ。言われた通り、通信機器も積んだし操縦桿も換えた。燃料も入れ直した。一回の戦闘でどうやったらあんなに消費できんだよ。お? なんだ、嬢ちゃん。ひでー顔色じゃねーか。腹でも減ったか?」


 そう早口でまくしたて、シモンが通信用ヘッドセットを手渡してくる。

 ヒュージが受け取り、パソコン机に置いた。


 各部パーツさえそろっていれば、GLWの組み上げは簡単に行えるように設計されている。

 熟練工がいればなおさら早い。

 どちらかといえばマニューバ作成、調整に時間がかかる。


 シモンの能天気な発言に、幾分か気持ちが落ち着いた。

 この話は、一旦棚上げにしよう。マリーはそう思った。腕時計に目をやる。


「もうこんな時間なのね。ええ、おなかが空きました」

「なら本部食堂に行くといい。飯作ってくれてるぞ」

「わかりました。後で向かいます。二人は、あぁ……」


 何気ない会話の中でも、アレックスに対しての鬼門がある。油断できない。

 気にしなくていいと言われていても、どうしても引け目がある。


「俺はアレックスと一緒に、マニューバの調整をやる。行って来いよ。車は駐車場に置いてある。勝手に使って悪かった」


 マリーは気を落ち着ける意味もかねて、向かうことにする。

 空腹は思考の大敵だ。


「気にしなくていいわ。壊していないのなら」

「それは保障しよう」

「ヒュージの運転なら安全だよ。スピードぜんぜんださないから」


 軽口をたたいてくる。自分が知っている二人。気にしすぎだ。

 今日会ったばかりなのだから、知らないことの方が多い。

 これから知っていけばよい、マリーはそう思うことにした。


「安心したわ。それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 アレックスはマリーに手を振り、送り出した。

 彼女が去ってから、シモンが口を開く。


「お前らな、あの嬢ちゃんは戦場を知らない温室育ちなんだから、殺すだのなんだの、目の前で言ってやるなよ」


 苦虫をかみつぶしたような表情をする。

 さっきの提案は、暗にここから彼女を遠ざけるためのものだったようだ。

 もうちょっとうまい物言いはなかったのだろうか。ヒュージはため息をつく。


「話の流れで仕方なくなんですよ。文句なら、なんとしてでも戦闘しようとしている、アレックスに言ってくださいや」

「え、僕!?」

「お前なぁ。操縦だってろくなもんじゃねぇのに。なんでそんなに戦いたがるんだ? 今までそんな素振り見せたことなかったじゃねーか」


 シモンは腕を組みつつ、呆れ顔だ。

 その後ろで、ヒュージが同じポーズを取り出した。煽っているのだろうか。


「へへへ」


 アレックスはどう答えたものか悩んだ末、笑ってごまかすことにした。


「まあいい。それでヒュージ。《ブラックナイト》の腕だが、やっぱり消してあるな。ネジ一本にいたるまで、だ」

「そうじゃないかと思いましたよ」


 アレックスには話が見えない。


「どういうこと?」

「部品の刻印を消して、どこのメーカー品か、どの国の所属かをわからなくしてあるってこと」

「あー、そういうことなんだ。じゃ、全くわかんないんだ」

「そうでもねえさ」


 シモンがにやりと笑う。


「ええ、そこまでやれる。ということは、それなりの資金と工廠を持つ大国ということになる」

「おおまかには絞れるな。ロシア、中国、ドイツ」

「イタリアは?」


 イタリアにも有名GLWメーカー、ガッピア(とりかご)がある。


「ありえないよな」

「ないでしょうね」

「やっぱないよね」


 満場一致。

 アレックスも自分で言ってはなんだが、無いと思っていた。言ってみただけ。

 イタリアは昔も今も、そういう国ではない。陽気で、いい加減で、憎めない。


「そして、アメリカだ」


 自国の軍を襲うというのか。


「アメリカはさすがにないんじゃ?」

「完全に無いといいきれないご時世なんだよ」


 シモンに言いきられた。紛争が軍に権力を持たせ過ぎた。

 今では派閥ができるほどだ。


「なんにせよ、頑張ったんだな、アレックス」

「え?」


 唐突にシモンから褒められた。


「ぼこぼこにやられただけですよ?」

「素人が初戦闘で生き残っただけでも大したもんよ。それに敵の手がかりまで手に入れたんだ。敵さん方が知ったら、顔真っ赤にして悔しがるだろうぜ」


 そういって大声で笑う。

 実際GLWに限らず、初戦闘時の生存確率は低い。


「あんまりおだてないで下さいよ。調子に乗ります」

「わりぃ、わりぃ」


 アレックスは、褒められても嬉しくもなんともなかった。

 負けたことに変わりはないし、相手はまた繰り返すだろう。

 何も変わらない。何も、変えられない。


「……お前、そんな負けず嫌いだったか?」


 アレックスの様子から察したのだろう。シモンがたずねる。


「どう、なんでしょう。自分でもよくわからないです」


 悔しいというより、許せない。

 自分の中で泡立つ感情に今、アレックス自身が一番戸惑っている。


 そこに、整備士を載せたトラックが格納庫内に滑り込んでくる。


「あっぶねーだろこのタコ!」

「すんませーん。おやっさーん。でも仕事おわったんですし、メシ食いにいきましょーぜ。俺らもー腹減って腹減って。お、二人も乗るか?」


 トラックの面々が口々に騒いでいる。

 荷台の人間が暴れているので、車体が揺れている。


「……まあいいや。とりあえず死ぬんじゃねーぞ。俺ぁ葬式に出るのでぇっきれぇなんだからな! あの二人はまだ仕事がある。俺だけ乗っけてけ」


 シモンが助手席に乗り込む。

 もうこちらに何も言うことはない、そういいたげにそっぽを向いている。


「……いいんすか。なーんか物騒な話してたみたいっすけど」


 運転席の整備士がシモンに話しかける。


「いいんだよ。それとなレンフロ。あの二人もここ辞めるぞ」

「うへぇ。仕事やりづらくなりますわぁ」

「何言ってやがる。そのためにお前を整備長に推したんじゃねーか。好きにやりたいんだろ?」

「そーなんすけどね。ま、アレックスはともかくヒュージはこんなとこで燻ってちゃあもったいないっすもんね」

「アレックスも火がついたみたいだぜ」

「へぇ! 適当ばっかのあいつがねぇ」

「おーい! 早く出してくれよ!」


 レンフロと呼ばれた次期整備長は、同僚の門出に笑いながら車を発進させた。

 その両手は機械化肢体。

 アレックスが仕事場を追い出されないように尽力した者の一人だ。


「いってらっしゃーい」


 アレックスとヒュージは整備士の面々に手を振った。


「さぁ、始めるとするか。《マーベリック》に乗れ、アレックス」

「はーい」


 設置されていたキャットウォークを退かす。

 ヒュージはパソコンを操作し、機体に降着姿勢を取らせる。

 アレックスがコクピットに乗り込む後ろから、自身も入る。

 コクピット内につながったケーブルを外し、自身のノートパソコンにアレックスの手持ちのデータケーブルで機体と接続する。


「ヒュージ?」

「俺も乗ったまま調整する。その方が早く終わる」

「体、大丈夫なの? GLWは――」

「――短時間なら耐えられるさ」

「……わかった」


 ハッチを閉じる。コクピット内は非常に狭い。

 必然とヒュージはアレックスのひざ上に座る羽目になる。

 天井に頭をこすりそうだ。


「……やっぱ屈辱的だな」

「どうして?」

「なんでもねぇ。それにしても暑いな。それにクセェ」

「……僕、臭う?」

「違う。コクピット自体が臭いんだよ。十年放置だしな」


 ヒュージは、本来備わっているはずの空調機器を探して側面や上部のパネルをいじった。


「空調積んでないとか、正気かよ。機械化人間用だからか? ……よし、剣を拾え。できるな?」


 空調に関しては諦め、待機状態を解除。

 システムを通常モードで起動。

 視界モニタ内に映る全身図、四肢に若干のエラー。


 出力表示に警告。出力が不安定。


「いいの、これ?」


 アレックスは不安になって、たずねる。


「一〇年前の機体に現行品くっつけているんだ。多少はエラーも出る」


 ヒュージはノートパソコンから、取り換えた四肢のサブカメラを同期させている。

 エラーを吐き出した制御モニタを見ていたら、コクピット内部に女性の電子音性が響いた。


「ハロー、アレックス。それと、見知らぬ人間(ヒューマン)


 モニタの表示は変わらない。後付けで入れられたためだろうか。

 人工知能に答える。


「ハロー、人工知能(AI)。俺はヒュージ。よろしく頼むよ、レイチェル」


 制御モニタに備え付けられたカメラに向かってそう話す。

 通信機器は搭載されていなかったのに、カメラはついていた。おかしな話だ。

 カメラのレンズがキュイ、と音を立てる。


「ヒュージ、を新規登録。ご用件は?」

「マニューバの設定をする。不具合の報告を頼む」

「その要請は却下します」

「なぜだ?」

「あなたは権限者ではありません。その権限はあなたにありません」


 ヒュージが頬をかいた。機械的な判断。

 マリーの言っていた困った点とはこれだろうか。


「ねぇ、レイチェル。ヒュージにもその権限をあげて欲しいな。お願い」


 しばしの沈黙。


「アレックスの希望により、同権限を与えます。よかったですね、ヒュージ。柔軟なレイチェルの対応に感謝してください」


 レイチェルの物言いに、ヒュージは苦笑いをして目頭をもむ。


「ああ、ほんとうによかったよ」


 こいつの設計者は絶対に性格が悪い。そうヒュージは思った。

 制御モニタから、先ほど組んだプログラムが正常にインストールされたかを確認する。


「わたしが魅力的だからといって、そんなに中身(プログラム)を覗かれては恥ずかしいです」

「……問題ないようだ。はじめてくれ、アレックス」


 アレックスは手袋を外し、操縦桿のダイヤルをいじる。

 視界モニタHUD内のあらかじめ関連付けされた武装、剣を選択。

 武器装備警告。武装使用確認(マスターアーム)装置(スイッチ)安全(セーフ)から使用(アーム)に。警告が消える。

 視界モニタ内、ロックカーソルが部屋のすみにある、剣へと固定。


 左操縦桿を前へ倒し、右フットペダルをゆっくり踏み込み、《マーベリック》を歩行させる。

 カーソルの色が変わり、ピックアップコマンドが表示。

 割り当てた左サブトリガを引き、決定。

 機体が最良の『中割り』で行動し、無理のない機動で剣の柄を右手で握り、拾い上げる。


「できたー」

「お見事です。しなやかで繊細。まるで女性の指先が生み出すが如き操縦です」

「……まぁ、及第点か。だが右腕が力み過ぎだ。そのうち操縦桿ぶっ壊しちまうぞ」

「だぁいじょうぶだって。そうそう簡単に壊れないよ。ね、レイチェル?」

「そうですよ。考え過ぎは頭髪の天敵ですよハゲロ」


 どうにもヒュージに対するレイチェルのあたりが強い。

 一体何が気に入らないのか。


「……そう願いたいね。利き手は右のままでいいな?」


 ヒュージがノートパソコンに設定を打ち込んでいく。


「うん」

「よし。なら一通り剣技を試せ。補正をかけていく」


 アレックスの邪魔にならないよう気を遣いながら、両足と片手で、体をコクピット内に固定する。

 その体勢で戦闘機動に耐えるつもりのようだ。


 右操縦桿、戦闘射程指示装置。

 自動、近接、射撃中、射撃長から近接を選ぶ。

 これらはマニューバの短縮命令割り当て変更に使用されるだけで、近接仕様でも銃器を扱うことは可能だ。

 もっとも、コミックヒーローの戦闘演出のように近接射撃格闘術に戦術的優位性がないので使用されることは滅多にない。


「それで大丈夫なの?」

「お前がマニューバ組めるならこんなことしなくてもいいんだがな。それに初めてってわけでもない」

「ふーん。そうなんだ。……で、誰と乗ったの?」

「……誰でもいいだろ」

「きっと女性ですよ。いやらしい」

「お前は黙っていろ」

「ふーん」


 アレックスはヒュージの態度が腑に落ちなかったが、剣技マニューバの補正を開始する。


 少しだけ、機体の揺れを激しくしてやった。


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