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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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22話 つぎはぎ兵器 3/4 

「アレックス、聞いてるか?」

「ひゃいっ」


 呼ばれて変な反応をしてしまった。


「……現行で使われる近接装備の主流はわかるか?」


 マリーには答えが分かっていたがあえて答えず、アレックスに促した。


「えっと、あれだよあれ、なんかスパッと切っちゃうやつ」

「高周波ブレードな。超振動の刃で、物質の結合を弱めて切断する」

「お、おう」


 昔に聞いたことがあったような気がした。


「理論は置いておこう。ま、当てるだけでも切れる剣、とでも思っておけ。だから強大な腕力を必要としない。で、ここからが本題だ」


 ヒュージは歩き出し、工具箱からスパナを取り出して戻ってきた。


「何の変哲もない剣っていうものはな、おおまかに速度と角度で威力が決まる」


 そういって手で軽く振るってみせる。


「装甲に対し有効性のある硬さが大前提だがな。たとえば、このスパナを剣としよう。硬い装甲を斬ろうとするなら、……実際は圧潰が目的なんだが、アレックス。おまえならどうする?」

「……あー、思いっきり振りかぶるかな」

「そうだ。加速距離がほしいからそうなる。だが、相手は腕だけで剣を振っていたか?」


 自分の左腕が斬られた瞬間を思い出す。

 踏み込み、沈む機体。肩関節に差し込まれる剣筋。

 痛みを思い出す。記憶の中の痛みは、ただの情報でしかない。


「腰から。ううん。そう、体全体で切り込んできてた」

「関節部はもとより、装甲を斬るくらいの威力を出すなら、それくらいは要る。問題は〈ヴァンガード〉の人工筋肉だ」

「〈ヴァンガード〉が次世代型汎用機だから、出力が足りない?」


 話を聞くことに徹していたマリーが答える。


「そういうことだ。腕もそうだが、動輪走行使用が前提の脚は剣戟に向いていない」


 〈ヴァンガード〉の脚は関節部の人工筋肉を油圧駆動やモータに置き変えているため、関節に高負荷のかかる踏み込みを行うマニューバが推奨されない。

 液体と固体の間を電流によって変性することで耐衝撃性に富む人工筋肉ならいざ知らず、それらでは耐荷重性能に問題が出る。

 なので動輪走行の仕様が前提となる。


 ならば、なぜ油圧やモータに置き変えるのか。

 答えはいくつかあるが、一つは消費電力の差がある。


 人工筋肉は作動状態では常に電力を大量消費してしまうのだ。

 全身が人工筋肉で構成された機体の場合、燃料補給なしでは最大でも二十四時間で行動不能となる。

 軍事行動では作戦時間に支障をきたしかねないため、人工筋肉が廃れ始めている。


 代わって油圧駆動やモータでは重量が重くなるが〈ヴァンガード〉の動輪走行速度は初速も良好で最大加速時には平地で一〇〇キロに達する。

 これは現行の戦車と同等だが、〈ヴァンガード〉はその速度を維持したまま平行移動が行える。

 このため瞬発力に特化した人工筋肉にこだわる必要性が薄くなる。


 戦場での交換が容易であるのも強みだ。

 人工筋肉は外膜が大きく破損した場合、中身のシリコンオイルと微細粒子が流れ出すので入れ替え作業が必要となってしまう。

 もちろん四肢で切り離し別途交換すればよいだけの話だが、油圧駆動の場合、各関節部だけの交換で済む。


 そして各関節部品に共通性を持たせることで容易に替えが利くよう設計されているのだ。

 集積された情報を元に、低コスト化と生産性を兼ね備えた次世代型GLW、先駆者(ヴァンガード)

 汎用戦闘での優位性を追い求めた意欲作だ。


「〈ヴァンガード〉が劣っているという意味じゃない。あれはいい機体だ。汎用型の傑作と言ってもいい。問題はあの黒いGLW――」

「《ブラックナイト》」


 アレックスは、ユンカースが付けたその名前を口にする。


「黒騎士か。見たままだな。その《ブラックナイト》は、おそらく近接特化型の特注品だ」

「近接特化型? あの剣を使うための機体ってこと?」

「いや、推測だが、PES使用時は自分たちも火器が使えないんだろう。だから必然的にあんな原始的な武器を使う機体になった」

「待って、でも《サーベラス》は火器を使用できたじゃない。旧世代火器ならPES発動中でも使用できるのでは?」


 マリーが反論する。

 アレックスは直接見てはいないが、リリスたちが銃で《ブラックナイト》を追い返したと聞いている。


「これは三人に聞かないとわからないが、レーダーによるロックオンができなかったはずだ」


 手にしたスパナをくるくると回しながら、続ける。


「話を戻すと、《マーベリック》本来の四肢は、柔軟な人工筋肉をふんだんに使った近接特化型。元の腕なら剣をうまく振れたが、〈ヴァンガード〉の腕は五五ミリ機関砲と高周波ブレードの使用が前提だから、人工筋肉の割合を意図的に減らしてある。低コスト化も兼ねて、な」


 機体構造といいPESといい、総合的に見て《マーベリック》と《ブラックナイト》は技術の出所が一緒、とはマリーの前では言えない。


「結論を言えば、今の段階で《マーベリック》が《ブラックナイト》に近接戦闘で勝てる要因はない」


 アレックスは、頭を打ち抜かれたような気がした。

 ヒュージに改めて言われると、へこむ。


 落ち込んだ気配を察したのか、ヒュージが早口でしゃべり出す。


「勘違いしているかもしれないが、そもそも《マーベリック》が戦闘することはないし、そんな場合は逃げてもらわなきゃ困る。人工筋肉の割合が多い近接特化型は消費電力の都合上、稼働時間が短いからやってやれないこともない」


 それでもあの機体ならざっと二十時間は戦闘稼働できるだろう。


「もし、どうしても逃げられずに戦闘することになったら」


 ヒュージが急に言いよどんだ。アレックスがその先をたずねる。


「なったら?」

「全速力で、相手のコクピットに剣を突き刺せ。そうすればお前は生き残れる」


 いかに強固な胸部装甲であろうと、GLW全力の刺突を受けきれはしない。

 《ランケア》の得意とする戦法。もちろん当てられることが大前提の話だ。


「ちょっと、それって」


 マリーが鼻白んだ。


「相手を殺す気で、いや殺せ。じゃなきゃ死ぬ」


 ヒュージはアレックスの目を見て、そう言った。


「わかってる」


 言葉の意味を理解したうえで、答える。

 そこに迷いはなかった。


 命の秤。自分と相手。どちらかしか選べない殺し合い。

 二人の雰囲気が先ほどまでと変わる。


 人の命を奪う。そういった話をする顔ではない。

 それはどこか、郷愁に浸っているかのような、

 笑みさえ浮かんでいた。二人にとって、こういった会話は二度目。


 前回は運のいいことに、アレックスに手番は回ってこなかった。

 マリーの動揺を感じ取ったのか、フォローを入れる。


「ま、もしもの時の話だからな。そう怖い顔するなよ、マリー。美人が台無しだぜ?」

「だぜ!」


 話の内容に気後れしていたところで急に話しかけられ、マリーはびくりと体を震わせる。

 雰囲気は元に戻っていた。


「あなたたち、自分たちが何を言っているのか、わかっているの? 人を殺すということは……その、犯罪なのよ!」


 犯罪。マリーは他の言い方を思いつかなかった。

 それも笑いながら、とまでは言えない。そこまで踏み込めない。

 アレックスとヒュージは顔を見合わせ、首をひねった。


「殺されたくなかったら、殺すしかないだろう?」

「そうだよ、マリー。もしかしてマリーは死んじゃってもいいや、って人なの?」


 何を聞かれているのかわからないという顔をする。

 戦地から離れた研究職に就くマリーとは違い、彼らにとってそれはあたりまえの日常なのだ。


「そういうわけでは、ないけれど。とにかく人殺しはよくないわ!」

「そりゃそうだ。人殺しなんて、俺たちもやりたくない。なぁ?」

「あたりまえだよ。だから、どうしても逃げ切れないときだけって話でしょ。よかった、マリーが『死にたがり』の人じゃなくて」


 死にたがり? いったい何の話だ。

 マリーにはわからない。


 何かが決定的に食い違っている。前提条件が違う。


 何か言わないと。

 マリーがそう考えていたときに、近づいてきたシモンから声がかかった。


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