21話 狂犬の執念
「二機とも、もう使い物になりませんね」
オーガスト基地より二〇キロ。
布によって隠ぺいされただけのGLW輸送車。
「どうにもならんか」
ライアーは整備士と破損したGLWの状況を話し合っていた。
「破壊された左腕周りは予備パーツで組めますが、あの二機は人工筋肉と各部コイル、それとセンサ類が焼き切れ寸前。脊椎ユニットにいたっては、全損といっていいでしょう。死んでいます。何があったのですか?」
「敵機、PESによる干渉を受けた」
「それだけですか?」
「他にはないはずだ」
整備士はしばらく思案したあと、答える。
「資料によれば、PESもAESも基本効果は同じ。電子装備の妨害のはずです」
「だが、あの二機は制御を奪われあのざまだ」
首のない二機は、降着姿勢すらとれず、横たわっている。
「……確かに、出力を上げれば、AESでも機体の動作を停止させるくらいの機能はあります。ですが、そこまでです。操るなんて芸当は無理です。指向性もありません。いずれにせよ、〈ミーレス〉が正常にカウンタAESを作動させていれば大丈夫でしょう」
見上げる先に破損した《ブラックナイト》、正式名称〈ミーレス〉が佇む。
これはもう鉄屑だ。
「……次の戦闘までにAESエフェクトの出力を上げられないか?」
卑怯な手は、できれば使いたくない。だが遂げるべき任務がある。
「可能です。ですが電力を相応に持って行かれますので、パワーダウンは否めません。燃料電池をオーバーロードさせれば、スペックを超える出力は得られますが――」
「――どの程度もつ?」
「〈ミーレス〉では一〇分もちません。それ以上は自壊します。それこそ赤熱機ですよ」
十分だ。それだけあれば、あの機体を破壊するだけはできるだろう。
最後の手段だ。
「やってくれ」
「では、リミッタを任意で外せるようにしておきましょう。できれば、そのような事態にならないことを願います」
整備士が、無針式注射器を取り出した。
「これをお渡ししておきます」
「これは、あれか。噂に聞く――」
「……戦闘によるストレスや痛みを抑制することができます。〈ミーレス〉のリミッタを外せば、これなしでは機動に耐えられません。しかし、一度使えば内臓の損壊はまぬがれず、いずれ――」
「ありがたく頂戴するとしよう」
その先は聞かなくてもわかる。
受け取った注射器をパイロットスーツのタクティカルポケットにしまう。
仕舞いきれず、少しのぞいてしまう。
「……名はあるのか?」
自分を殺す薬の名だ。聞いておきたかった。
「霊薬。ふざけた名前の代物ですよ」
苦々しく、吐き捨てるように整備士が言う。
彼の正義が己を許せないのだろう。
「こんな、つまらない意地に付き合わせて悪いな。後は手筈通り――」
「――『我々は脅されただけ』、わかっていますよ。なんなら箔付けに一発殴っておきますか?」
そう言って頬を見せる。殴られるべきは無理を通すライアーだ。
「勘弁してくれ。そこまではできんよ」
「失礼、おふざけが過ぎましたね。……それでは、御武運を!」
整備士との会話を終え、使い物にならなくなった二機のランナーの元へと向かう。
二人の若者は簡易椅子に座りこみうつむいていたが、ライアーが近づくと、すぐさま立ち上がり敬礼した。
片方は《マーベリック》の掌打を受けたテイラーだ。
「二人とも残念だが、機体は破棄させてもらう。先に本国へと戻ってくれ」
「申し訳ありません、隊長。我々が不甲斐ないばかりに……」
二人は悔しさに打ちひしがれている。
だが、ライアーに彼らを責めるつもりはない。
「これはわたしの調査不足が招いた事態だ。責はわたしにある。気落ちすることはない」
「しかし!」
「いいんだよ。相手の戦力は四機。ならこちらも合わせてやらないと、な」
相好を崩しいつもの口調に。無傷二機。
ライアー機小破。左腕切断一機。公正とは言い難い。
「吉報を期待してくれ」
「承知しました!」
二人は再度敬礼する。そして注射器に気付く。
それが何か知っていた。だが何も言わない。
覚悟を決めた老練のランナーに、若造が言える言葉など一つもない。
彼らもまた弁えている。
ライアーは二人にそう言い遺すと、自機へと向かった。
そこにも覚悟を決めた男が三人。
「今更だが、いいのか? 無駄死になるかもしれんぞ」
自分で言っていておかしいと感じる。ここにいるのは、すでに死人。
相討ちを是とする、狂犬ども。
「無粋ですぜ。でもよかった。若いのが戦線離脱で。あいつらにゃ荷が重い」
「隊長は、あの英雄を殺したいんでしょうよ? じゃなきゃ面白くねぇ」
「ああ。正面から薙いでやるつもりだ。そのための盾だからな。それに、その方が相手の吠え面が拝めるってもんだ」
「ちげぇねぇや!」
四人で笑いあう。その目には狂気の光があった。
以前はライアー含め六人全員、金次第で何でもやるただの傭兵だった。
しかし、その腕を買われ今の場所にいる。
世界を変える。あの方はそう言った。
その末席を汚す自分たちに、貴族の称号を与えて下さると仰ってくださった。
良い夢をみさせていただいた。
これは、そのご恩返しだ。
計画の邪魔になる《マーベリック》の奪取、または破壊。
奪取は断念する。相手は《ランケア》と〈ヴァンガード〉三機。
一矢は報いてみせる。
たとえ、あの方の矜持に背くとしても。
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