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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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20話 老兵が積み上げたもの

 アレックスは司令室に来るように言われていたことを思い出し、足を向ける。

 ヒュージもついてきてくれた。一人では心細いところだ。

 それに距離もある。車の運転はまだ、できない。

 施設までマリーの車を勝手に借りた。


「少し、話したいことがあるんだ」


 建物内に入るとき、アレックスがそういった。

 話を聞かれるとまずいから、と一度研究室に立ち寄る。


「PESについてなんだけど、さっきの戦闘で起動しちゃったんだ」

「そうか。だがロックがかかっていたんじゃないのか?」

「よくわからないけど、緊急時だから解放されたみたい。それで相手のGLWを操れたんだ」


 操る。操るという形容でいいのか迷ったが、それが一番説明しやすい。


「……GLWを操るシステムか。有効範囲はわかるか?」

「たぶん五〇メートルもないと思う。それに操れるのと、そうでないのがあったと思う」

「曖昧だな。大丈夫か、脳へのダメージは」


 繊細な話題であるところの脳へのストレス。

 それでも彼は遠慮なく聞いてくる。

 アレックスの身を案じてこそだ。


「うん。特には。ただちょっと、フワフワしたかな。高揚感っていうか、そんな感じ」

「問題ないのならいい。しかし、五〇メートル範囲でGLWを操れるシステム、ね」


 銃火器による交戦距離は五〇メートルなどゆうに超える。

 ヒュージにはそれが戦場で役に立つとはとても思えなかった。


「とりあえず、伝えておこうと思って。言い出す機会をうかがっていたんだ」

「おまえにしちゃ殊勝だな」

「ことがことだったからね」

「あとでマリーにも伝えておこう」


 一応の報告を終え、再び司令室へと向かう。




 ヒュージは部屋の前までしかついてきてくれなかった。

身だしなみを確認してから、(つまり機械部分を隠しながら)指令室のドアをノックする。

 返事がなかったので中を覗くと、ユンカースがパイロットスーツのまま、椅子にもたれて眠っているのが見えた。

 アレックスが声をかけるべきか迷っていると、指令の目が開いた。


「おお! すまないな。戦闘後は昔からこうで、ね」

「良いのですか、眠っていても」

「なに、優秀な秘書官が事後処理をしていてな。暇なのだよ」


 ユンカースに事情を説明していく。


「君も《ブラックナイト》との戦闘、ご苦労だった」

「いえ、たいしたことはできませんでした。……《ブラックナイト》?」

「敵機体の呼称だよ。いつまでも黒いGLWではね」


 見たままの呼び方だ。アレックスもそう呼んでいた。


「そうですか。それで、被害は?」


 相手の呼称など、どうでもいいことだ。

 ユンカースは深くため息をついた。


「基地施設への被害は甚大だよ。人的被害が少なかったことがせめてもの救いだ」

「少なかった、といいますと?」

「パイロット五名。施設の倒壊で、一般職員とコックも含め四名死亡。負傷者はもっと、だ」


 飛び越えたGLW。あのパイロットも死んだのだろうか。

 ユンカースは陰うつそうに、大きくため息をついた。

 それが意外だった。

 アレックスは知らずと、上の人間は、人の命など毛ほども気にしていないと思い込んでいた。


「それだけで済んでよかったですね」


 アレックスは率直な感想を述べた。

 ユンカースの片眉が上がる。驚きというよりは、疑念のようだ。


「……君は、人が死ぬことに対して抵抗感が薄いね」

「そうですか? 悲しいことですけど戦闘があったのですから、死人くらい、出ますよね?」


 ユンカースはアレックスの物言いに、言い表せぬズレを感じた。

 兵士の思考とも違う、達観、いや諦観ともいうべき感覚。


 戦闘が行われれば人は死ぬ。至極当然のことながら、それは受け入れていいものではない。

 もちろんアレックスにもそういった考えは理解できる。

 だが生きているなら、死なんてものは放っておけばいい。

 死人に対してもそう。生きている人間をどう死なせないかが重要だ。


 今までも、そうやって、死を忌避してきた。


「まぁ、いいだろう。そちらの報告を聞かせてくれたまえ」


 アレックスはこれまでのいきさつを話す。PESについては報告しなかった。


「ふぅむ。GLW開発者の未発表作品に、電子兵装を無力化する《ブラックナイト》か」

 

 ユンカースはひげをさすりながら思案する。


「いくら五感を再現することができるとはいえ、それほどの技術力を持つ者が軍施設を襲ってまで奪いにくるほどのものなのかね?」

「それは、僕からはなんとも」


 隠し事は苦手だ。


「いいだろう。そういうことにしておこう。軍で接収なんて、わたしはやりたくない」


 豪快に笑ってのける。

 このような状況、本来なら《マーベリック》は軍で管理し、研究対象となるはず。

 だがユンカースはそうしない。理解したうえで見逃してくれる。

 こちらの隠し事に気付いているようだ。大人ってやつはコワイ。


「ところで、悩み事は解決したかね」

「なんのことでしょう?」


 唐突に振られた話題に、アレックスは聞き返す。


「さっき機体の横で、物思いにふけっていたじゃないか」

「え、じゃあ司令があの機体に?」


 アレックスはようやく気付いた。


「そうだよ。わたしも結構有名だと思っていたが、そうでもないようだ」


 ユンカースは椅子にもたれこんで小さく笑っている。


「えっと、それは僕がGLWに詳しくないせいで・・・・・・」

「GLWの整備士なのにかね?」


 アレックスが着ているのはこの基地で一般的に着られているつなぎ服だ。

 その疑問は正しい。

 責めている風ではない。単純に驚いているようだ。

 整備には機体知識が欠かせない。


「いろいろ、あるんですよ」

「ま、そうなのだろうね」


 アレックスの機械化肢体(ぜんしん)を眺め、ユンカースはため息交じりに言った。


「司令だって、司令なのにGLWに乗って暴れたじゃないですか」

「いろいろ、あるのだよ」


 ユンカースは、ばつが悪そうに頭をかく。

 いたずらを見つかった子供みたいだとアレックスは思った。


「そうそう、《マーベリック》の補修は始まったかね?」


 ユンカースがあからさまに話題をそらしてきた。

 乗ってあげることにする。


「はい。司令の指示だとか。シモ、……サルセド整備長が持っていきましたよ。レッカー車で」

「それは、また……。運べたのかい?」

「はい。盛大に火花を散らしながら」


 今思い出しても、とんでもない光景だ。

 どう考えても補修箇所が増える。

「おそらく、手足を全部交換するつもりだろう。アイツのことだ。引きずって手足がもげても気にしないしね」


 実際、損傷によって弱っていた左足首が取れても、そのまま走り去っていた。


「シモンさんを知っているのですか」

「昔馴染みってやつだよ。若い頃からだが、わたしの戦い方は機体を壊すからね。よく整備士に呼び出しを受けて怒られたものだよ。今ではシモンしか顔なじみが残っていないが、アイツもここを辞める。寂しくなるよ」


 寂しげな笑顔。知り合いが去る寂しさはアレックスにもわかる。


「友人なのですか?」

「どうだろうね。ただ、この年まで生き残っているとね、年が近いってだけで妙に親近感を覚えるのだよ」


 度重なる紛争問題。疲弊し失われていく兵士の命。

 代わりに女子供が銃を取る。最悪の時代。


「……君には、少し酷な話だったね」


 アレックスの機械化肢体を見て、話を切った。

 おそらく、シモンから話を聞いているのだろう。

 さっきも体を見て驚かなかった。

 交換用パーツを斡旋できる地位にある誰かと懇意だとは思っていたけれど、まさか基地司令だとは。


 アレックスは人類史上、明るみに出ていない全身機械化肢体。

 機械化人間。その成功例。


 前例がないということは、先がわからないということ。

 今日、明日にも死ぬかもしれない。

 その恐怖に打ち震える日々。その中で一〇年生きた。


 だからどうした。

 その先を生きられる保証は、無い。


「……気にしないでください。もともと死ぬはずだった身ですから。今こうしているだけで儲けものですよ」


 笑顔を形作る。機械の笑顔。

 そうやって自分に言い聞かせなければ、耐えられない。

 無性にヒュージに会いたくなった。この一〇年、自分を支えてくれた友人。

 彼のいない人生は考えられない。


「もう、行ってもいいですか?」

「ああ、構わんよ。いや、そうだ、君に言っておかなきゃならんことがある」

「なんですか」


 足を止める。荒む心に、つい口調がきつくなる。


「《マーベリック》は補修させているが、戦闘に参加してもらうつもりはない。あくまで移動用の補修だ。戦闘で、四肢が使い物にならなくなっただろうからね」


 ユンカースは、敵がもう一度襲ってくることを確信しているようだ。


「それは、僕が弱いからですか?」


 先ほどの戦闘を思い出す。破損し、横たわる機体。

 敗者の姿。


「その言い方には語弊があるね。あの機体は敵の標的なのだろう? なら、戦場に立たせないほうがいい。それに、君は正規の訓練を受けたパイロットではない。GLWの整備に携わっているとはいえ民間人だ。軍人としてそのような人間を戦闘に出すわけにはいかない」


 ユンカースの物言いは穏やかだ。


「もしこれから戦っていきたいなら、パイロットとして訓練を受けなさい。それだけの話だよ」

「……わかりました」


 出来うることなら、あの大盾のGLWに仕返しをしてやりたかった。

 吹き飛ばされたことへの仕返し。やられたままでたまるものか。

 アレックスは自分で思うよりも、感情的になっていた。


「不服そうだね」

「はい」


 即答。ユンカースは笑う。


「いや、失敬。昔の自分を思い出してね。よく上官にちゃんと訓練を受けろ、と怒られて反発していたのに、まさか自分が他人に言うことになろうとは」

「司令は、ちゃんと訓練を受けたんですよね?」


 軍人に向かって何を言っているのか。

 しかし、ユンカースの笑顔がかげる。


「ああ。わたしの錬度不足で上官と仲間を死なせた後に、ちゃんと、ね」


 机の上、写真立てを手に取った。

 そこにはふてくされた様な表情の若いユンカースと、仲間たちが笑顔で写っている。

 アレックスは押し黙った。


「年寄りの説教と取ってくれても構わない。それは君の生き方だ。だが、失いたくないものがあるなら、失った者からの助言と取ってくれると嬉しい」


 アレックスは答えない。答えられない。

 今の気持ちに嘘をつくことになるから。


「……どうあれ、戦闘はさせない。ただし、《マーベリック》に搭乗し、戦場を見ていなさい。それも訓練の内だ。不測の事態もありえるしね」

「司令は敵がもう一度来る、と確信しているのですか?」


 先ほどから気になっていた点を指摘する。


「明朝、必ず来る。敵が使命を帯び、騎士の真似事をしたいなら、敗走はしない。だから応えてやるのさ。そして突き殺してやる」


 断定した。アレックスにはどういうことなのかわからない。

 六機のうち、無傷なのはおそらく確認されていない二機のみ。

 分はこちらにある。普通は撤退だろう。


「どうしてわかるんですか?」

「勘だよ。いや、矜持かな。槍を交えてそう感じた」


 ますます理解できない。


「何、男とは死ぬとわかっていてもやりとげようとする、そう生き物だ。いずれ君にもわかるようになるさ」


 わからないし、わかりたくもなかった。

 一礼して、司令室を後にする。

 ドアを開けるとそこにヒュージが居た。

 目が合う。強張った心が解きほぐされていく。


「おつかれさん。じゃ、第四行くか」

「うん!」


 ヒュージが先に歩き出す。

 ほんの少しの間離れただけなのに、ずいぶんと懐かしく感じる。さっきの話のせいだ。


 アレックスの失いたくない者。

 一〇年前よりだいぶ大きくなった頼れる背中。

 一度でいいから、その背中に抱きついてみたい。

 ヒュージはいやがるだろうけど。


 それがアレックスの目標だ。


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