19話 引きずられる感覚
そういえば、二人はどこまで走って行ったのだろうか。
それに、いつまで経っても回収班とやらが来ない。
「わかったわ。一応上と掛け合ってみる。でも期待しないでよ」
「ああ、期待してるよ。でなきゃ俺は野垂れ死にだ」
ヒュージが投げやりな返事をした。
マリーはやれやれといったように肩をすくめる。
「おはなしはおわったかしら?」
三人の背後に、リリスを肩に担いだプリシラが立っていた。
気配を全く感じなかった。リリスはぐったりとして動かない。
「相変わらず気配を殺すのがうまいわね。どこから聞いていたの?」
「その二人がシュラウドに入るってところからね~」
プリシラはリリスを担いだまま、二人に手を振って答える。
決して軽いわけではないだろうに、軽々としたものだ。
アレックスは手を振りかえす。
「まだ入ると決まったわけじゃないわ。クイーンがなんていうか」
「えー? 絶対二つ返事でオッケーだよ~」
「……そうね。そんな気がするわ。ダメなら、そうね。わたし個人で雇いましょう。とりあえず《マーベリック》を移動させなきゃ」
車としては時代遅れの内燃機関が放つ音。
回収車だろうか。それにしては小さい。
こちらに向かってくる。というよりこれは――。
「ちょっと。あれレッカー車じゃないの!」
車が後退しながらクレーンを《マーベリック》に向けた。
人が降りてくる。シモン整備長だ。
「おう、なんだお前らこんなところにいたのか」
「シモンさん、無事でよかったです」
「オッサンのことだ。心配はしてなかったが。まぁ、よかった」
シモンはアレックスとヒュージに手を上げるだけで答える。
そしてクレーンの先端、フックを引っ張り出す。
「驚いたぜ。まさかアレックスがGLWでドンパチやらかすとはなぁ」
「いやぁ。僕も驚きました」
アレックスは苦い笑いをしているつもりで応えた。
「サルセドさん。これはどういうことですか? それでは機体を安全に運べませんわ」
マリーがレッカー車を持ち出してきたシモンに食って掛かる。
あれは牽引車でGLWを搭載することなど到底できない。
「これくらいしか無事なもんがなかったんだよ。それと、ユンカースからの指示でその機体の補修を急いでやれとよ」
「またどうしてそんな」
マリーは困惑している。
「さぁな。もしかしたらユンカースのやつ、敵さんがまだあきらめてないと思ってるんじゃねーか?」
言いながらも《マーベリック》の機体と、ついでに《ブラックナイト》の左腕と剣をクレーンのワイヤに巻きつけていく。
「さ、乗りな嬢ちゃん。嬢ちゃんがいないとシステム周りの補正ができねぇんだろ?」
「わかりました。プリシラ、オウカ、周辺警戒をお願い」
オウカの乗ったGLWは、こちらにピースサインを出し、二指を閉じたり開いたりしている。
「じゃあ行ってくるわね、二人とも。行先は――」
「第四だ」とシモン。
第四格納庫。古巣だ。
レッカー車が唸りを上げて発進する。
低速で引きずられる機体の背中や足が、盛大に火花を散らす。
仮にも感覚を共有した機体だ。その様を見て、背中が痛くなる。
いや、痛くなれればよかった。
車が徐々に加速していく。
擦り切れてなくなってしまうのではないかと眺めていたら、左足首が取れた。
地面を削る騒音の中、マリーの悲鳴が聞こえたような気がした。
未だに担がれたままのリリスを見て、ヒュージが言った。
「大丈夫なのか、そいつ?」
「いつものことだから~。リリスちゃんってしつこいから最後はいつもこう、ね?」
手刀を振り下ろす仕草をする。
存外に暴力的なようだ。
「コクピットに突っ込んでおけば、そのうち目を覚ますわよ~」
プリシラはにこやかに言ってのける。
「そう……」
怖い。アレックスとヒュージは、怒らせてはいけない人だと心に刻んだ。
「あっちの人は? オウカって言ったっけ? 降りてこないけど」
「オウカちゃんは人見知りでね。外では滅多にGLWから降りてこないの」
そういうとプリシラは、降着姿勢の《サーベラス》一号機のコクピットに、リリスを座らせた。
操縦桿にヘッドギアが引っかけてある。
心配になったアレックスは、リリスの顔を覗き込んだ。
その顔は苦悶の表情とは程遠く、心地よさそうに眠っていた。
「えぇ……」
「眠っているからって、いたずらしちゃだめよ?」
コクピットから降りたプリシラがヒュージに向かって言う。
「……なんで俺にだけ言うんだ?」
「アレックス君はともかく、ヒュージ君はリリスちゃんを女性として意識しているみたいだからよ。こんな小さい子に欲情しちゃダメよ~」
小さいとは言っても小柄なだけで、年はそんなにかわらないだろう。
それはプリシラにもいえることだが。
「……はぁ。肝に銘じておくよ」
ヒュージはため息をついて答える。
本気で言っている訳ではないと思いたい。
「それじゃ、わたしもおしごとしなくちゃ。またあとでね~」
プリシラが自機に戻り、武器を携えこの場を去っていく。
一時の静寂を破るように、一連の会話を聞いていたアレックスがたずねる。
「……ヒュージってちっちゃい女の子が好きだったの?」
「ちげーよっ!」
彼は珍しく大声で否定した。むしろその態度があやしい。
アレックスはそう思ったが、黙っていることにした。
リリスをこのまま放置してもいいかどうか考えていたが、オウカがまだこの場に残っていることに気が付いた。
待機状態のGLWは静音性が高いので、動作をしていないと存在が希薄だ。
もしかしたら、単にオウカの存在感が薄いのかもしれない。
「リリスが目覚めるまで、見ていてもらってもいいかな?」
《サーベラス》二号機に話しかける。
声こそ返ってこなかったが、その手はオーケーサインを作っていた。
そんなマニューバまで入れているのか、とヒュージは呆れ顔だったが、データリンクも無線も使えない特殊な状況下なら、ハンドサインの類は有効なのかもしれないと思い直した。
「シュラウドってのは、変人のあつまりみたいだな」
「……僕ら、その仲間になるってわかって言ってる?」
オウカの機体が、両手で指鉄砲の形を作りこちらに向けた。
「『その通り』って言ってるのかな?」
「案外、『くだらないこと言っていると、撃ち殺すぞ』って意味かもな」
オウカ機は片手でヒュージを指さすと、もう片方の手を左右に振って否定した。
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