18話 サーベラス小隊
やってきた三機のGLWは、武装を各ウェポンラックに収めている。
どうやら《ブラックナイト》は取り逃がしたらしい。
その内の二機が降着姿勢をとり、パイロットが降りてきた。
二人とも軍では珍しい、機体色に合わせたかのような、目立つ白のパイロットスーツだ。
いや、そうではない。
軍人と認識されないようにわざと目立つ色合いにしている。
彼女らは軍人ではない。
民間人でありながら武装を許可された、PMCの人間だ。
一人は前へと倒れた胸部ハッチから、ひざまずいた左ももへと優雅に降り、ももを伝い地面へと着地する。
長身で肉感的な女性。
まるで踊るかのような一連の仕草。
緩やかに癖のついた金の髪に切れ長の目元、そして頬には柔和な笑みをたたえている。
女性の中でも豊満な胸部とくびれた腰がパイロットスーツごしにも見て取れる。
もう一方の女性、いや少女はハッチから飛び出すと、とんとんと脚部装甲の上を跳ねて降りる。
その動きはネコ科の動物を思わせた。
染め上げた、ふわふわと柔らかそうな赤い髪に、意志の強そうな眉とくりっとした大きな眼。
健康的に日焼けした肌。
もう一方の女性とは対照的に背が低く、薄い未成熟な肢体。
「まりー、ぶじだったのね! よかったわ~」
おっとりした口調。金髪の女性がマリーに抱き着く。
「プリシラ、リリス! 助かったわ。でも随分と早かったわね」
金髪がプリシラ、赤い髪がリリスというらしい。
「オウカも来てるぜ。ユンカースの旦那からの依頼が入ったからな。追加料金で特急さ。しっかし出会いがないって言っときながら、ちゃっかり二人も男ひっかけてんじゃん。やるじゃんマリー」
パイロットが乗ったままの〈ヴァンガード〉を肩越しに指さしながらリリスが言った。
「オウカもありがとう」
指さされたGLWに礼を言う。機体に手を振りかえされた。
「彼らはそんなのじゃないわ。いわば協力者よ」
「さーどうだか。っておいコレ、人造人間か? もう完成したのかよ」
むき出しのままになっていたアレックスの両手と首筋を見たリリスは、機械化肢体に気付く。
「おい」
ヒュージの機嫌が悪くなる。
食って掛かろうとする前にマリーが訂正する。
「違うわ、この人はアレックス。全身が機械化肢体なだけで、人間よ……あ!」
言ってから黙っているべきだったと後悔した。
するとリリスは驚き、喜んだ。
「マジか! 全身とかすげーかっこいいじゃん! ってかあたしもこれだかんな。お仲間だ!」
おもむろにパイロットスーツのジッパーを下げて脱ぎ、タンクトップ一枚になった。
外気にさらされる、なだらかな少女の上半身。
汗によって張り付いた薄布は、未成熟な胸の陰影を浮かび上がらせる。
ヒュージはいつの間にか背中を向けていた。
スーツから引き抜いたその左腕は、ひじまでが髪と同じ赤色の外装をした機械。
極端に軽量化された高級品。
ちらりと覗いたヒュージには、それが医療機器製造会社ムラサメ・マテリアル製の精密作業用機械化肢体だとわかった。
だが細部に違いが見て取れる。
GLW操縦用に改造されているのかもしれない。
リリスが左手でアレックスの手の甲を軽く叩く。軽い金属音が鳴る。
「仲間だね。よろしくー」
機械の手同士で握手する。
左手だったが、誰も何も言わなかった。
「赤い腕、カッコイイね!」
「だろ! あたしも気に入ってんだ!」
アレックスはリリスを気に入った。
しかし、同時に彼女の生身の部分をすこしうらやましく思った。
「も~、こんなところで脱がないの。かぜひいちゃう~」
「おい勝手にジッパー上げるな。胸挟まったらどうすんだ」
プリシラがリリスのスーツを着せ、ジッパーを首元まで上げた。
懸念をよそに挟まるようなことはなかった。
これでよし、と満足げにプリシラが胸を反らす。
その拍子に緩めていたスーツが胸に押し広げられ、中のシャツごと飛び出てくる。
持つ者と持たざる者だ。
「あらあら」
いつものことだといわんばかりに柔肉をスーツに押しこめる。
リリスは自らの胸の前で何かを探すかのごとく、右腕が空をかく。
リリスは「今に見ていろ」と情念に駆られた。
アレックスはその掛け合いを見ながら、はてどうしたものかと思案していた。
ヒュージは背を向け、天を仰いでいる。
見かねたマリーが口を開いた。
「紹介するわ。こちらがプリシラとリリス。あの機体、《サーベラス》二号機に乗ったままの彼女はオウカ。シュラウドのGLW隊、《サーベラス》小隊のメンバーよ」
シュラウドが何かわからないが、そこに所属しているカスタム〈ヴァンガード〉、《サーベラス》というらしい。
コールサイン、サーベラス1、リリス。2、オウカ。3、プリシラ。
互いに挨拶を済ませる。
リリスにかみつこうとしたヒュージは居心地が悪く、謝ることにした。
「その、すまなかったな」
「あ? なんであやまんの?」
「お前が、アレックスを機械扱いしたと早まっちまって」
「お前じゃない、リリスだ。親しくもないのにお前呼ばわりすんな」
気分を害したようだ。ヒュージを下からねめつける。
「ああ、すまない。リリス」
「それでいい。それとさっきのは気にすんな。あんたアレックスの友達だろ?」
一転してにこやかな顔だ。
あんた呼ばわりは良いのだろうかとアレックスは思った。
「ヒュージだ」
リリスはつい、とアレックスに目線を向ける。
「ヒュージな。覚えた。機械化肢体のいざこざは、本人よりも周りの方が騒ぐもんだかんな。とくに仲のいい友達なんかはさ。そんなことでおこんねーよ、ヒュージ」
リリスに握手を求められた。その腕は右。生身の手。
満面の笑みでそう言ってのける。
見た目に反して、ずいぶんと大人だ。
「そのともだちって、わたしのことよね~?」
「どーだかな」
プリシラがリリスを後ろから抱きしめる。
その豊かな胸が、リリスの頭に載る。
「あたしの頭は乳置き場じゃねーっていってんだろ!」
「きゃ~」
二人の追いかけっこが始まった。
プリシラの足は速い。緩慢なのは口調だけのようだ。
握手をせずに済んだと、ヒュージは内心ほっとした。
まだ他人に触れるのには、抵抗があるのだ。
「ずいぶんにぎやかな人たちだね。どういう関係なの?」
二人のじゃれあいを眺めながら、アレックスがマリーに問う。
「彼女たちは会社の同僚よ」
「グリュンネル鉄鋼のか?」
「いいえ。あそこには客員でいるだけ。この基地には本来の会社の任務で、《マーベリック》の受領のために来たの」
また任務だ。一体何なのだろう。
「本来の会社ってのは?」
ヒュージがマリーにたずねる。
「民間軍事会社シュラウド。軍事会社とは名ばかりの何でも屋よ。聞いたことないかしら?」
さっきからアレックスにはさっぱりだった。
シュラウドが死体を包むための布だ、という知識しかない。
「聞いたことがある。『ブラジャーからミサイルまで』の売り文句だな。それと下手すると、小国より戦力がある、といううわさを聞いた」
「それは、まぁ、ある意味ではそうかもしれないわね」
ずいぶんと歯切れが悪い。
アレックスが話をさえぎってきた。
「ねぇ、マリー。《マーベリック》はこのあとどうなるの?」
「シュラウドに搬送して、研究を続けるわ。PESがどういうものなのか気になるし」
彼女たちは、先ほどの戦闘を見ていなかったようだ。
あとでマリーに説明しなければならないが、今はまずい。
そばに立っているGLW。
そのパイロットが聞き耳を立てているかもしれないからだ。
彼女らが信頼に値するかどうか、今はわからない。
アレックスの個人的見解では、信頼できると思った。
「お願いがあるんだ。マリー」
「アレックス?」
ヒュージは、アレックスの態度に既視感を覚えた。
それは決意を固めたときの態度だ。
もうずいぶんと前からお目にかかったことはない。
「僕を、シュラウドへ、《マーベリック》と一緒の場所に連れて行って欲しいんだ」
「それはどういう意味かしら」
ヒュージが黙って、アレックスを見ているのがわかった。
見守ってくれている。
「また、あの子に乗りたい。あの子に乗っているときだけは、人でいた時の感覚が手に入るんだ」
「シュラウドに入るということは、戦闘に携わることもあるのよ。いいの? 死ぬ可能性だって……」
「機械のまま死ぬよりは、いい」
いつか動かなくなるだけだと思っていた。
幸せでなくとも、ヒュージに看取られて穏やかに死を迎えられればそれでよかった。
でも今は違う。より良く生きたいと願ってしまった。
希望は残酷だ。
マリーはヒュージに向き直る。
「こう言っているけれど、あなたはいいの?」
「アレックスが決めたんだ。こいつは頑固でね。……荷物をまとめるとするか」
ヒュージは重い吐息を吐き出すように言った。
アレックスの願いだ。無下にする気などない。
どのみちここではもう仕事はできないだろう。
基地施設はほぼ壊滅に近い。転職のときだとヒュージは考える。
「俺を助手として、雇いたいって言っていたよな?」
「あなたもなの?」
「就職活動中だ。金が要り用でな」
「ヒュージなら、そう言ってくれると思ったよ」
アレックスは嬉しそうだ。
行くなら当然、二人一緒がいい。
「止めないの? 戦闘だってあるのよ」
ヒュージは一旦目を閉じ、一つ思案してから答えた。
「《マーベリック》は研究素材だ。戦闘に出す様な真似はしないだろう。それにアレックスは機体の解析に欠かせない。したがって戦闘には出さないさ。そうだろ?」
「確かに、それはそうだけれど……。必ずではないわ。今回のようなこともある」
「それでも、可能性は低い」
彼はそうとでも考えなければ、アレックスを戦場に連れ出すことに納得できそうもなかった。
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