17話 その意志は折られたか?
日が落ち、警報が鳴りやんだ。
消火を始めた基地施設内は慌ただしい。
だが、コクピット内は静かだ。
アレックスは機能を停止した《マーベリック》の中、自分の左腕がそこにあることを確認した。
機械感応を終えた体は、嗅覚、味覚、痛覚を失った。
胸中に言いしれぬ喪失感がうずまく。
ハッチを開ける。機体が仰向けでよかった。
うつ伏せならば胸部装甲ごと切り離す、爆裂ボルトを使用する必要があった。
中の機材を自重で踏み壊さないようにそろりそろりとコクピットから這い出し、《マーベリック》の横に立つ。
その外観を眺める。
左腕がない。
それ以外にも、あちこち痛んでいる。
修復可能なのか、アレックスには判断できない。
こんなに壊してしまうとは思わなかった。
この子に悪いことをしてしまったと罪悪感を得る。
さっきまでは自分の体として考えていたのに、不思議なものだ。
あの大盾め。次に会ったら仕返ししてやる。
通常歩行でのしのしと《ランケア》が近づいてきた。
巨塊にしては随分と静かな歩みだ。
それだけ使われている人工筋肉の精度が良いのだろう。
それくらいはアレックスにも解る。
外部スピーカから声がかかる。
「君、見ない顔だが、大丈夫かね?」
「はい。大丈夫です。この子はちょっとわからないですけど」
そう言ってアレックスは素手で装甲を撫でる。
滑り止めの合成樹脂と金属同士が擦れる。
触れている感覚は、無い。
「……その機体は、君のかね?」
「いいえ。少しお借りしただけです」
「そうか。ああ、倉庫にあった機体か」
見たことのない機体、パイロット。
そして、《ブラックナイト》の一連の行動。
ユンカースは《マーベリック》が標的であることを再認識した。
アレックスは傷の少ない《ランケア》を見上げ、もう一度大破した《マーベリック》を見る。
「強いんですね」
「わたしかね? コイツと今まで生き抜いてきた、というだけだよ。まぁ、年季が違うということだな」
ユンカースはなんでもないように言ってのけた。
どれだけの苦難を伴ってきたのかを感じさせない声音。
それは時に人を迷わせる。
自分もそう成れる、と勘違いさせる。
アレックスは悔しかった。
成り行きとはいえ戦闘し、負けた。
それはまだいい。
だが、《マーベリック》をここまで傷つけてしまった自分が歯がゆかった。
なぜユンカースにできて、自分はできないのか。
もちろん理由は理解できる。
それでも、感情は理解とは別だ。
それを単純に割り切ってしまえるなら、それはもう人ではない。
「ふむ。機体を大事に、いや、信頼できる者は強くなれる。わたしはそう教えられた。その点、君は見込みがあるかもしれない。確約はできかねるが」
ユンカースはアレックスの様子を見て、そう言った。
慰めのつもりだろう。
今までGLWに興味なんてなかった。
ヒュージが働き口として選んだから、ついていっただけだ。
いや、そもそも何かに興味を持つこと自体避けてきた。
何をするにしても、この体が邪魔をする。
だが《マーベリック》のシステムがあれば、人間としての感覚を取り戻せる。
その希望が、アレックスを戦場の渦中へと生き急がせる。
「ありがとうございます」
ユンカースに礼を言う。
《マーベリック》で戦闘してわかった。今の自分は弱い。
しかし、この体はやはり、騎行兵器の戦闘に向いている。
ああいった略奪者を倒すことができるかもしれない。
そして、戦えるようになれば、乗り続けることができる。
戦う間は、人でいられる。
選択をするなら、今かもしれない。
「わたしはこれで戻るが、君はどうする?」
「もう少し、この子のそばにいようと思います」
「そうか、では回収班を向かわせよう。いつまでもそのままというのも、な」
「ありがとうございます」
「ああ、そうそう。後ほどでいいが、司令室で事情を聞かせてくれたまえ。それでは」
そう言うとユンカースは、《ランケア》を通常歩行させて去って行った。
なんで司令室までいかなきゃいけないのだろうか、とアレックスは首をひねる。
しばらくすると、ピンク色の車が近くまで走ってきた。
ヒュージとマリーだ。車を降り、駆け寄る。
マリーは、ほんの少し走っただけで息を切らせていた。
「大丈夫かアレックス。どこかけがはないか?」
「破損」ではなく「けが」と言ってくれる。
ヒュージはいつもこうだ。タオルが渡される。
とりあえず肩にかける。巻くだけの気力がない。
「しぶといっていったでしょ。僕は何ともないよ。ただ《マーベリック》が……」
「なら問題ないな」
「た、確かに人命第一だけれど、少しは、機体の安否も気遣って、欲しい、わ」
息を切らせながらしゃべるマリー。
運動不足なのか呼吸器系の疾患なのか。
「見たところ脊椎ユニットへの破損は見当たらないし、あれは頑丈にできている。心配いらねーだろ。それより少しは運動したほうがいいんじゃないか?」
「余計なお世話よ! これでも体型維持には気を使っているの!」
アレックスは二人の言い合いを見て、戦闘に昂ぶったままの心が落ち着いていくのを感じた。
その時、三機のカスタム〈ヴァンガード〉が《マーベリック》の近くにやってきた。
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