14話 アレックス、駆ける
作戦遂行のため、アレックスは《マーベリック》から伸びるケーブルの端子を、首のコネクタに繋ぐ。
自爆装置のカウントダウンは、もう始まっている。
意識を、繋がった《マーベリック》へと伸ばしていく。
機械化肢体を操るように。
この体の特徴、機械感応。
「ああ、この感じ……」
機械化人間になってから感じなかった、皮膚の感覚。嗅覚。
生身だった時の感覚。
それが失った記憶の中の感覚であることに、アレックスは気付かなかった。
そして、違和感。
目を開けてみる。
そこには、灰色のひざ、腕が見えた。先ほどと変わらない視界。
いや、左目も見えるようになったから、視界は広がっている。
視界にはHUDの表示もある。成功しているはずだ。
なんなのだろうこの感覚は。充足感を超える何か。
今、アレックスは《マーベリック》になった。
「どうしよう」
《マーベリック》に搭載された外部スピーカから、自分の声が聞こえた。
頭部排熱機構、人の口部分の中に、これはきっと埃の味。不味い。
考えたいことはあるが、後回しにする。時間がない。
とりあえずコンテナから出たい。でもどうやって出よう。
やり方が分からない。聞いておくんだった。レイチェルの反応はない。
地に響く振動音。GLWの足音だ。
コンテナ側面で電子音が聞こえる。
駆動音と共に、コンテナがゆっくりと開いてゆく。
好機だ。
言われた通り、不意打ちしてやる。
相手は訓練を受けているであろうGLW乗り。対してこちらはド素人。
差は歴然だ。
いかに機体を文字通り手足のように扱えても、その差をひっくり返せるかどうか、わからない。
ひざまずいたままの足腰の具合をみる、痛みはない。大丈夫そうだ。
さすがはヒュージだ。しかし、おかしな話だ。
機械が痛みだなんて。
コンテナが開ききった。
うつむいたままの視界から、黒いGLWの足が見える。
近づいてきた。
「《マーベリック》、発進!」
今だ。
頭を上げ、足のばねを最大限に生かし、起き上がりざま右の掌で頭部を打ちぬいた。
機械感応中のGLWは出力制限装置の影響を受けない。
アレックスとヒュージだけが知っている弱点であり、利点。
カタログスペックを凌駕するであろう一撃により、吹き飛んだ敵機の頭部が倉庫の壁を突き抜け、外に転がる。
「いったーい!」
右の掌が痛い。あまりの痛みに、右手をおさえる。
当然だ。鋼の頭部をもぎ取るほどの威力なのだから。
どうやら生身でなくても相応に痛いらしい。勉強になった。
機体の具合を再確認する。
右手首付近に軽度の損傷。
左足首に軽度の不具合。問題なさそうだ。
首がもげ頭部視界を奪われた《ブラックナイト》は、体勢を崩し、二歩後退した。
しかし、すぐさまサブカメラに切り替え、こちらに剣を向けようとする。
危ない。
そうはさせない。手は痛かったが、これならどうか。
右足を踏み出し、重心を載せる。狙いは剣を持つ右手首。
「それっ!」
相手の右手首を、左足先で蹴り砕く。左足首の不具合が消えた。
「あ、これは痛くないや」
足は靴扱いなのだろうかと考えつつ、相手の取り落とした剣を拾う。
なんの装飾も、それこそ叩き斬る以外の機能を持たない合金を打っただけの剣。
多少の重みは感じるが、振れそうだ。
敵機と自機を見比べてわかる。
似ている。
《ブラックナイト》は《マーベリック》よりも全体的に筋肉質。
全高に至っては頭部を失くしてなお、あちらの方が高い。
おそらく全高は一二メートル程だ。
同じ近接型というくくりを除いても、似ている。
あえて言葉にするなら――。
「兄弟みたい」
敵機はまだ動ける。
このままにしておいては被害が増えるかもしれない。
そう思い《ブラックナイト》のひざを切り落とし、機動力を削いで基地の人間に引き渡そうとしたが、動輪走行を駆使して逃げられた。
素早い状況判断。
これが訓練を受けた人間の違いなのかと、ぼんやりその後ろ姿を見送りながら思った。
外の状況はどうか。倉庫内に保管されているGLW用ガンポッド、五五ミリ機関砲を左手に装備する。
固定装置が掛けられていたが、無理やり引き抜いてしまう。
「緊急時だから許してね」
銃なんて触ったこともないが、引き金を引けば弾が出るはず。
倉庫から出ると、外はあまり代わり映えしなかった。
もっと滅茶苦茶に破壊されているものと思っていた。
それでも、熱波が《マーベリック》を撫でる。
風の匂い。排熱機構にまとわりつく煙の味。
炎の熱さ。大地を踏みしめる感触。全長九メートルに届く巨人の視界。
「あちち。それにしてもひどいにおいだ」
荒れた空気に心が躍る。
再現された五感が、自分がここにいるのだと、教えてくれる。
兵器にそんな機能を付けて意味があるかどうか、そんなことは今のアレックスにはどうでもよかった。
たとえコンピュータが作った疑似感覚であろうとなかろうと、世界を肌で感じる。
この素晴らしさの前には、些末なことだ。
ノイズが走る。
久方ぶりの生の実感に、喜びを感じさせられる。
ノイズが消える。
それがたまらなくうれしかった。
そうだ、伸びをしてみよう。ちゃんとできるかな。
「ん~。あ~。これきもちいいな~」
両手に武器を携えたまま、《マーベリック》は大きく伸びをした。
筋が伸びる感覚がある。深呼吸もできるだろうか。
停止。残り九分五七秒。
自爆装置は止めてしまった。
こんな素晴らしい機体を破壊するなんて、どうかしている。
アレックスは改めて《マーベリック》を気に入った。
不思議な高揚感が心を満たしていく。
伸びの最中、建物の陰から三機の《ブラックナイト》が現れた。
そのうちの一機は頭がない。
大変だ。恥ずかしい。無防備な姿をさらしてしまった。
ごまかすために手を振ってみよう。フレンドリーな感じで。
「は、ハロ~」
両手がふさがっていたので、右手の剣を振ってみた。
首なし以外が剣を抜く。お気に召さなかったようだ。
横着はよくない。
自爆装置を停止させたのは早計だったかもしれない。
「逃げなきゃ……」
急に頭が痛くなる。
自爆ってなんだっけ、思考が定まらない。
何をしなければいけなかったのか。
《ブラックナイト》がじりじりと迫ってくる。
あの剣で、《マーベリック》を破壊するのだろうか。
怖い。
さきほどまで感じなかった、恐怖が体を襲った。
思考が晴れる。
高揚感が、消える。
「うぁ……? どうなってるの?」
きっとこの機体のせいだ。
意図的に気分が高揚させられ、恐怖心が消されていたようだ。
逃げないと。視界に三機。どこかにもう三機いるはずだ。
牽制射撃だ。銃を相手に向ける。狙いは付けない。
当たれば儲けもの。引き金を引く。
引く。
「え、あれ? トリガがない?」
GLWの射撃武器は敵味方識別信号とFCSによるデータ管理によって射撃が可能となる。
昨今では標準で物理トリガを装着していない。
鹵獲されて使われないようにするためだ。
アレックスにその知識はない。
アクセス権限の確認すら行わない。壊れているのだと思った。
《ブラックナイト》の目が赤く輝いている。
まるで心の中を覗き込もうとするかのようだ。
ふいに嫌悪感がわきあがる。
「その目は、嫌いだ!」
役に立たない銃を振りかぶり、その目めがけて投げつける。
左腕人工筋肉が膨張し、力が込められた一投。
原始的な攻撃方法に面喰ったのか、防御、回避動作が間にあわず、首ありのうち一機、その首に見事刺さった。
うまくあたるものだ。
刺さった銃身が、てこの原理で作用し首を引きちぎる。
赤い目が光を失う。
あと一機いる。
ここにいてもらちがあかない。
剣を持ったまま、踵を返して走り出す。
全力だ。敵機のいないほう。この方向は基地正面。
すでに三機に見つかっているのだ。
上手くいけば全機引き連れていけるかもしれない。
逃げたいのか、引き付けたいのか、考えがまとまらない。
ひざ関節が悲鳴をあげる。
昨今のGLWのような駆動輪がないのが悔やまれる。
「あー、足痛くなってきた!」
五〇メートルも走らないうちに脚部に違和感。
特に、左足首。
不具合は直ったのではなく、麻痺しただけだったようだ。
後方から駆動輪を走らせて三機が迫ってくる。
どうやらこちらのほうが、足が遅い。
破壊されたGLWが行く手を阻む。コクピットを破壊されている。
パイロットは、無事ではないだろう。
止まれない。やることはひとつ。
「とぉおうっ!」
ハードル走の要領で、倒れているGLWを飛び越える。
成功だ。脚にも負荷が少なく済んだ。
頭部が破壊された二機は、障害を避けるのにもたついている。
追いつきつつあるのは、一機だけだ。
右手に持った剣の重さを再確認する。
必殺を求めるなら、両手で振らないといけないだろう。
さらに走り続けると、視界に基地正面ゲートが見える。
そこには二機のGLWが居た。
「囲まれた!? あ、味方か!」
大盾を持った《ブラックナイト》と、大きな槍を持った深緑色のGLWが戦っている。
あんな機体は初めて見る。
アレックスはこの基地で最も有名なGLWを知らなかった。
どうやら槍を持ったGLWが優勢らしい。
だが、このまま進めば、敵を合流させてしまう。
アレックスは、走る勢いもそのままに《マーベリック》を反転させる。
当然勢いが殺せず、脚部接地面が火花を散らす。
ついでに剣を突き立て、ようやく止まった。
三機とも追いついてしまった。
障害物で分断し、一機ずつ相手にできるかと思ったが、うまくいかない。
三機の胴が何か光を発していた。光通信だろうか。
無傷の一機が歩み出る。
剣の切っ先を天へと向け、眼前に掲げた。
剣礼。
その姿を見て、アレックスは無性に腹が立った。
散々追い立てた挙句、こちらをなぶり殺しにするつもりなのだろう。
他の二機は観客だ。
たとえこの一機に勝てても、他の二機が襲ってくるに違いない。
アレックスには、GLW流の騎士道精神など理解できない。
それは一種の狂人たちの作法だ。
剣を両手で構えて迎え撃つ。剣なんて持ったこともない。
昔、ヒュージと一緒に見たテレビの中のサムライ。その真似事だ。
逃げられない。
こうなれば防戦に徹して、援軍とやらに頼るほかない。
もしくは槍のGLWが加勢してくれるかもしれない。
反対もありえる。
自爆か。いやここで自爆はできない。
近くはないが、あの槍のGLWがまだ戦っている。
巻き込むかもしれない。
アレックスが逡巡していると、《ブラックナイト》が剣礼を解き、一足で踏み込んできた。
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