12話 機械と人の熱
警報が鳴り響く中、ユンカース以下五名は第一格納庫からGLWを発進させていた。
他格納庫からも出撃しているはずだ。教練を終えた兵士が五名。計一〇機。
血気に逸る訓練生たちをいさめるのに少々の手間を取った。
頭数は欲しいが、無駄死にはさせられない。
「司令! せめて外装火器を装備してください! 槍だけなんて!」
部下から通信が入る。
四名が搭乗しているのは、グリュンネル鉄鋼製〈ヴァンガード〉。
汎用性を主軸に置いたアメリカ軍正式採用機であり、現主力機だ。
同社製〈タイタン〉に比べ全体的に洗練されている。
丸みを帯びた頭部。四角に近い胴体。装甲が厚い両手足。
特に違うのは駆動系だ。
使用兵装をある程度制限することで人工筋肉の割合を減らしてモータで代用し、同時に油圧駆動を増やし消費電力を抑えることで長時間の作戦行動に長けた機体となった。
カーキ色の塗装に、主兵装は五五ミリ機関砲と高周波ブレード。
「報告によれば、彼奴らは何らかの方法で射撃兵器を無力化するのだろう? だったら尺があるだけ槍の方が有用だ。各自持ち場につきたまえ」
ユンカースはヘッドギアに積まれた視線目標指示装置の調子を確かめながら答える。
このカメラは、パイロットの視界モニタ先の構造体を精密にロックオンできる優れものだ。
ただし、視線の動きを一定に保つ、いわば『釘づけ』状態を維持する必要があり、その運用には才能と訓練を必要とする。
しかし、使いこなせるようになれば射撃は言わずもがな、格闘戦においても精緻な攻撃を繰り出すことができる。
槍という突出武器とは、すこぶる相性がいい。
「さて、槍はどこかな」
無手で歩き出すピッグピッグ製重装甲近接型GLW。
旧世代機〈ワイルドボア〉。
その改造機《ランケア》。
全身を過剰な人工筋肉と補助バッテリィ内臓増加装甲で覆った、化け物。
背面にまでせり出した特徴的な大型肩部。動く巨塊。
深緑色の無骨を通り越した凶悪な機体。
防御力を上げるために装甲を増加し、且つ機動力を損なわないために人工筋肉の割合を増やすという暴挙をやってのけている。
今では搭載が主流となった、パイロット補助用のナビゲートAIすら積んでいないクラシック。
長年共に戦ってきた、ユンカースの愛機だ。
コクピットの中は実に心地がいい。胎内回帰という言葉が想起される。
ユンカースは制御モニタをひと撫でする。
「久々の実戦だ。気を抜くなよ、フレデリック」
物言わぬ機械。
だが、長年の戦いで《ランケア》の中に確固とした人格が秘められているとユンカースは感じ取っていた。
それは組み上げたマニューバに対する誤差の修正や、回避機動に表れる一種の癖のようなもの。
パイロットの想いに応えようとする真摯な意志。
孤独な戦場において、独りではないと思えることは貴重だ。
それは心の安寧を得られる。
ゆえに愛着と感謝を込めて、フレデリックという名を贈ったのだ。
だからOSには一切の手を加えていない。
『彼』が変貌してしまうのは嫌だった。
中身に対し外見は幾度の改造を経て、脊椎ユニット以外オリジナルパーツではないという、異常なGLWとなっている。
その機体名の象徴、同社製機械槍〈ランス〉を取りに倉庫へとGLWを進める。
邪魔になるからと、倉庫の壁へと追いやられているのだ。
倉庫内でユンカースは、避難していない人を視界モニタに捕らえた。
本部施設から帰ってきたマリーだ。
「君、警報は聞こえているのだろう? 避難したまえ」
外部スピーカを起動し、話しかける。
集音マイクを起動するのも忘れない。
マリーは、GLWに心底驚いた。
この基地内でアレを知らない者は少ない。
「司令、わたしたちはこの研究品を輸送機に運ぶところです。敵の目的はおそらくこれです。これさえ基地から運び出せば、やつらも引き上げるかと」
《ランケア》から声が響く。
「あきらめたまえ。敵機はもう目と鼻の先だ。下手に輸送機を出せば撃ち落とされかねない」
「そんな……」
「避難したまえ。そいつは可能な限り我々が守ろう。ではな」
ユンカースは《マーベリック》に一瞥もくれず、壁に掛けられた三本の槍を目指した。
槍は穂先が大きな矢じり状で継ぎ目が見え、そこから可動するのだろうと予測できた。
二本をバックパックの左右に設置し、一本をその手に持つと駆動輪を稼働させ、地を滑り去って行った。
片付け作業中のヒュージが手を止めた。
アレックスはそのまま続ける。
「どうするんだ? 計画が破綻したみたいだが」
「……かくなる上は自爆させるわ。もちろん無人よ」
自爆と聞いて眉をひそめたヒュージに、慌てて弁明する。
「装薬量は知らないが、ここでか?」
この倉庫内には火器や、その弾薬が保管されている。
自爆した時の被害規模の見当がつかない。
「基地の外、ひと気のない場所までは動いてもらわないと困るわね」
「だな。聞いていたかアレックス!」
コクピットに向かって叫ぶ。
「聞いてたよー。でも、自爆はいやだなー」
アレックスはコクピットシートの座りを確かめつつ、操縦桿をいじって遊んでいる。
アレックスのもとに二人が来る。
「自爆は、味方GLWが負けるようなことがあれば、の話よ」
「だそうだ。もう電源いれていいぞ」
間髪入れず、イグニッションスタートボタンを長押し。
短く電子音が鳴った。ただそれだけ。
「動かないよ?」
「燃料入れた時に完全停止させたからな。本起動までラグがある。ん? 前に言ったよな?」
「どれくらいかかるかな?」
ヒュージの疑問を無視する。
「すぐに済むとおもうけれど」
閉口したヒュージの代わりにマリーが応える。
「そう、なら二人とも避難して」
制御モニタのスイッチ。準備の点灯。レイチェルの出番はまだいい。
「おい、おまえどうするつも――」
「――味方GLWが勝てばそのまま。負けそうなら、ひと気のないとこまで持って行って自爆でしょ? わかってるよヒュージ。僕一人で十分。自爆はどうやってさせるの?」
マリーにたずねる。
「制御パネルから使用プログラムを選択して。初期状態なら一五分の猶予があるわ。停止させるときは、常にキャンセル表示があるからそれを選択。でも三分を下回るとロックがかかるわ。そうなったら、必ず逃げなさい。いいわね、絶対よ」
彼女は一息にまくしたてる。
「わかった。さ、行って。あとは僕にまかせて」
遠くで轟音が響いた。
基地施設が破壊されたか、あるいはGLWが倒されたか。
次に、爆発音。今度はさっきよりもっと近い。
どうやら散開して襲ってきているらしい。
「アレックス、やっぱりお前がやる必要なんて――」
ヒュージが心配そうに声をかける。
「――僕は、決めたんだよ。ヒュージ。奪わせてなるものかって、ね」
アレックスの機械音声は穏やかだが、曲がらぬ意志が宿っている。
ヒュージにすら曲げられない、鋼の意志。
「大丈夫だよ。僕の体はしぶといから」
首のタオルを渡し、ピースサインをしてみせる。その形はいびつだ。
人の型を真似ているだけで、人間と全く同じ動作をすることはできないのだ。
「……わかった。やりたいようにやれ。待っているからな。コンテナは閉めておく。やりすごせるかもしれないし、使い方次第で不意もつける。わかるか?」
「うん。開けられたときに、あごに打ち込むんだよね?」
そういって、右手で掌打の構えをとる。
昔、二人で見たアクション映画でやっていた。
ヒュージがにやりと笑う。
アレックスが好むその笑みは、なかなかに凶悪だ。
「時間を稼げれば、わたしの援軍が間に合うかもしれない。……あまり期待できないけど。気を付けてね」
マリーはコクピット内に身をよせ、ヒュージには聞こえないくらいの声で言った。
励ましているつもりなのかもしれない。
しかしわたしの援軍、とはどういうことなのか。
二人に見送られながら、ハッチを閉じる。
赤外線センサを搭載した目でも、暗いコクピットから外の様子をうかがい知ることはできない。
室内灯の交換まで気が回らなかった。
心に余裕がない。浮き足立っている。
その暗闇の中、一つの光がある。
制御モニタのレディランプ。押す。
モニタ、制御パネル、各部位に光が灯る。
暗闇を照らし出す光点は、まるで星空のよう。
「物騒な人工の星空だよ」
情緒もへったくれもない。
無論、本物のプラネタリウムに行ったことなどない。
機体各部にあるカメラが機能し、視界モニタに周囲を映し出す。
意味もなく、両の操縦桿を握る。一端の兵士気分だ。
トリガやスイッチに指がうまく当たらない気がした。
手袋を外してポケットにねじ込む。今度はうまい具合に合う。
シートの座りも気になるが、服は流石に脱ぎたくない。
今度は、とても近くから轟音が響いた。おそらく隣の第一格納庫。
奪われることの痛み、苦しさ。
それは今でも、機械化肢体が思い出させてくれる。
奪う者は許せない。だが今まで逃げることしかできなかった。
今も。
兵器に乗り、戦場に立ってまで、ただ逃げ出す。
自分は兵士じゃない。まともな戦闘なんて出来はしない。
アレックスはそう自分に言い聞かせる。
わかっている。
機会はいくらでもあった。
ちゃんとした整備士となることも、兵士として訓練を受けることもできた。
だが自分の体を言い訳にして、優しいヒュージに甘えて、欲求を押し込め、ただのうのうと生きることだけを選択してきた。
まるで機械的な定期作業。
それが《マーベリック》に出会い、変わった。
欲しいものができた。同時に、奪われることへの怒りがよみがえる。
抵抗してやる、と。
そしていつか五感を取り戻し、機械の体のままでも人としての生き方をやり直してみせる。
そのためには、迫る問題を解決せねばならない。
アレックスの機械的冷たさに侵された心が、人の熱を取り戻しつつあった。
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