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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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11話 デリーション・トルーパー

「テメェ、今なんて言った!?」


 マリーの話に、ヒュージが激昂した。

 《マーベリック》を操縦しろ。彼女はそう言った。

 武装したGLWを駆って強奪しにくる相手だ。

 操縦者が無事で済む保証などない。


「落ち着いて、ヒュージ」

「落ち着けるか! この女、お前に死ねって言っているんだぞ!?」

「待って! 誤解よ!」

「何が誤解だ!」

「こら!」


 マリーに掴みかかろうとするヒュージ。

 アレックスは、その体でもって抑えようとする。


「邪魔だ!」

「あれっ?」


 アレックスが床に叩き付けられた。ヒュージが投げたのだ。

 掴みかかる腕、踏み込む足、傾く重心。

 それを引き込み、倒す。アレックスが暴れた時のために覚えた技の一つ。

 立ち尽くしているマリーのえり元を狙い、ヒュージは右の手を伸ばす。


「っ!」


 マリーは、ヒュージの目をまっすぐ見据えたまま動けなかった。

 しかし、その手はマリーにまで伸びることはなかった。

 さすがにやりすぎだと、気づいたようだ。

 アレックスの命に関わる話題に対して、彼は過敏に反応する。


「……悪い」


 ヒュージはマリーに背を向けた。

 彼女はその場にくずおれ、涙している。


「だめでしょ、ヒュージ。ちゃんとごめんなさいして」


 起き上がったアレックスに、頭を軽く叩かれた。

 金属の手は、手袋越しでも相当に痛い。


「その、ゴメンナサイ」


 アレックスはマリーを助け起こす。

 そしてその頭を、手で優しく撫でる。


「ごめんね。こわかったね。よしよし」


 小さな子供をあやすように、優しく接する。


「いえ、勘違いさせた、わたしが悪いの、よ」


 メガネを外し、こぼれる涙を手で拭いながら、嗚咽交じりに声を漏らす。


「んーん。いまのはヒュージが悪いよ。いきなり暴力なんて悪いことだもの。ヒュージは頭がいいんだけど、人のお話の先の先までわかった気になって一人で会話を終わらせる悪い癖があるんだ。僕とのお話のときはそうでもないんだけど」


 ヒュージには返す言葉がなかった。

 だが、さっきのアレックスも最後まで話を聞かずに返事をしていた。

 自分だけが悪いわけではない。

 そう思ったが、ヒュージは口には出さなかった。


「んー、二人の仲が悪くなるのはいやだな。ね、マリー。ヒュージと仲直り、してくれる?」

「……ええ、もちろん」


 いくらか落ち着いたようだ。

 ヒュージとマリーを向かい合わせで立たせる。


「じゃ、仲直りの握手しよう。ヒュージ、できる?」

「……握手くらい、わけないさ」


 深いため息とともに彼は決意した。

 お互いの右手が差し出される。

 マリーはヒュージの右手を見て、先ほどの光景を思い出し、手が止まる。


「マリー、大丈夫?」


 アレックスが声をかける。

 その声に押されるように、握手をする。皮が固く、温かい、人間の手。


「はい、あくしゅ、あくしゅ、仲直り~」


 握られた二人の手を、アレックスの両手が包み込む。

 手袋越しの、硬い機械の手。

 しかし、マリーには、とても温かく感じられた。




 ヒュージ達はコンテナを解放し、最終起動のチェックを始める。

 システムを必要最低限の機能(セーフモード)で起動。

 これでレイチェルを起こさずに済む。済むはずだ。

 自己診断プログラムを起動し、破損個所を修復していく。

 もちろん手作業で。


 マリーには一度、本部施設に行ってもらった。

 建前上は輸送機の手配をしてもらうためだ。

 実際は、少しヒュージと距離を置いたほうがよいと判断したからだ。


「さっきのあれ、すごかったね。ヒュージがあんなに怒るの、ひさびさに見たよ」


 アレックスは制御モニタに映る診断項目をチェックしていく。


「うるせーよ」


 ヒュージはばつが悪そうに悪態をつきながら機体各部の装甲版を外し、整備を続ける。

 破損部分は倉庫内のパーツで代用していく。

 勝手に拝借することになるが、代金はマリーに払ってもらう。

 なにせ時間がない。

 相手がいつやってくるのか、わからないのだ。


 それにしても、部品が高価なものばかりだ。

 GLWの開発理念、安価に真っ向から反している。

 研究開発用の機体だとしても、だ。


 このロシア兵器工廠イルクート製ハイドロジェネレータ、「フィーニクス・タイプJ」一つとっても、一〇年前の最高水準を超えている。

 異常な機体。とはいえ型落ち品には違いはない。

 ジェネレータ出力も現行の大量生産品と同程度だ。


 気になる点があった。

 ざっと調べた限り、各部品に刻印されているメーカーにこれらの製造履歴がないことだ。

 机上の開発計画(ペーパープラン)が抹消されることはままある。

 だが完成にこぎつけた兵器、それも正規メーカーからの供与を受けながら、その部品ごと存在が無かったことにされた機体。

 抹消された(デリーション・)騎行兵器(トルーパー)。消されるだけの理由を持つ機体。

 できうることならば、関わりたくはなかった。


 思っていたほど、機体に破損はなかった。

 人工筋肉と関節部衝撃吸収材がそのまま使用できる点が助けとなった。

 もし破損、劣化していたならば張替作業に時間を浪費しただろう。

 一人では重作業だ。


 それでも経年劣化したパーツばかりで辟易する。

 できることならオーバーホールしたい。

 特に、ひざまずいたままの降着姿勢から動かせない脚部を徹底的にやりたかった。

 診断プログラム上はエラーを吐き出さなかったが、どこまで耐えられるか見当もつかない。


 しかし、さすがはGLW。整備が容易だ。

 設計段階から個人での運用を想定していたのではないか、という流言もあながち間違いではないのかもしれない。

 ヒュージは腰部ハイドロジェネレータの冷却材を取り換えながらそう思った。


 水素燃料電池は化学反応で電力を取り出すため、どうしても高熱が出る。

 現状この熱は排出パイプを通して化合物である蒸気と一緒に吐き出されるが、再利用案も研究されている。


「補助バッテリィはどうだ?」


 股下部分に収納されていた補助バッテリィはすでに交換した。

 ヒュージはコクピットに向かって叫ぶ。


「問題ないみたい。充電されているやつだよ」


 アレックスの返答が聞こえる。もう少し声量を上げてほしい。

 聞こえにくい。


「よし、これから燃料を入れる。電源を落として、外部電源とかのコード類、全部外してくれ」


 ヒュージはコクピットを覗き込みながら言った。


「外部電源でジェネレータ動かさないの? 補助バッテリィ、もったいなくない?」

「出力が足りないな。あんな小型じゃ、起動電力まかなう前に吹き飛ぶ」

「そっかー」

「……補助バッテリィが水素燃料電池(ハイドロフューエルセ)起動電源(ル・スタータ)を兼ねているの、覚えているよな?」

「そっかー」

「またかよ……」


 HFS(ハイドロフューエルセ)(ル・スタータ)はその名の通りハイドロジェネレータ起動用の電源であり、戦闘機に積まれているメインエンジン始動用(ジェットフューエル)小型エンジン(・スタータ)と同様の装置だ。

 これがないと規定電力を得るまで燃料電池の化学反応を待ち続けなければならず、戦地等、不測の事態でジェネレータの再起動を余儀なくされたとき、時間を要してしまい運用に支障をきたす。

 アレックスはおそらく、いや間違いなく忘れている。普段なら説教だ。


 相変わらずのアレックスの反応に一つため息をついた後、ヒュージは長方形の黒い物体を二つ運んできた。固形水素燃料を封入した容器だ。

 それを機体の背面、上げられたままの装甲版の中、脊椎ユニット両横スリットに各々差し込んでいく。

 触媒用の水もタンクに補給済み。

 ジェネレータが稼働すれば排出された水の一部がタンク内に補填される。


 脊椎ユニット。骨に似せたかのような乳白色の外装をしている。

 頸椎から腰椎、椎間板まで再現されており、数は三七椎。

 そのすべてが演算装置だ。


 容器を差し込み終わったとき、脊椎ユニットに小さな印字を見つけた。

 黒の塗装でギリシャ数字の八が描かれている。

 八番目に作製されたものなのか。考えても仕方がないので作業を続ける。

 固定器具で容器を留め、装甲版を下ろす。これで起動準備は完了だ。

 正味で二時間もかからない。


 《マーベリック》の操縦要請。それは戦闘のためではなかった。

 もともと陸路で運び込まれた《マーベリック》のコンテナは大型で、航空輸送機には載らない。

 しかも、通常の操作を受け付けず、姿勢の変更もままならない。

 航空輸送機に積み込むためには、仰向けにして自走式台車に載せて積み込む必要があった。

 途方に暮れていたとき、マリーはアレックスと出会ったのだ。

 そう、アレックスなら操縦できる。


 基地が襲われる前に、運び出してしまえばいい。そう考えたようだ。

 だが、その考えをあざ笑うかのように警報が鳴り響いた。


戦闘回はもうすぐです。もう少々お待ちください!

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