10話 古強者
オーガスト基地司令室。
同基地司令、リカルド・ユンカース少将は秘書官、フィーネ・バスケス少佐からの報告を受けていた。
「――以上となります。司令」
「誤認の類ではないのだな?」
ユンカースは頭の後ろで手を組み、椅子に身を沈めていた。
くたびれた軍服に飾られる数多の勲章。大量殺人の証。
彼の口には、その腑抜けた表情に似つかわしくない立派なひげが蓄えられている。
整髪料で撫でつけられた髪には白いものが混じっていた。
机にはいくつかの書類とかつての戦友たち。
そして妻と、血の繋がっていなかった娘を収めた写真たて。
「我が基地の哨戒部隊が無能であれば、そうなのでしょう。無能を置いておくほど、資金に余裕はありませんので、彼らを解雇することにいたしましょう。余談ですが、哨戒部隊隊長のダドリー曹長は先日、第二子に恵まれたようで、とても喜んで――」
「――わかった! 報告は正しい! うむ、きっとそうだ!」
バスケスの淡々とした、しかし恐ろしい内容に慌てて待ったをかける。
オーガスト基地は予算不足で戦闘機や戦車、果ては歩兵装備の強化外骨格すら「必要なし」として本部から配備を見送られているのだ。
「結構。わたしといたしましても、優秀な人材を失わずに済み、非常に満足しております」
能面のように無表情な顔で、そういってのける。機械のような女だ
「……今、機械のような女だ、とお考えになりませんでしたか?」
心まで読むときている。彼女の声にトゲが出た。
「あー、つまり、対策を講じなければいけないわけだな。うん」
話をそらす。
もしかしたら美人だとかいい女、と考えておけば機嫌を直せるかもしれない。
「いいでしょう。ではどういった対策を講じられますか? 機械のような女にもわかるよう、ご説明いただきたいものです」
無駄だったようだ。冗談はここまでにしよう。
「通信は?」
「多方面からの報告通り、全通信帯反応ありませんでした」
無線封鎖による行軍。それすなわち臨戦態勢を意味する。
「我々は軍人だ。あのような連中の好き勝手にさせては、沽券にかかわる。しかし、ここには十分な訓練を受けた兵士が多くない」
この基地はもともと、新兵訓練を主としているからだ。
ユンカースにとっては閑職だ。
GLWは戦車や戦闘機の火力で簡単に撃破可能だ。
それら高価な機体の数を揃えたうえで、弾が当たればの話ではある。
そしてここには戦車も戦闘機もない。対峙できるのはGLWだけとなる。
「ええ。しかも実戦経験を積んだ兵士は、教官職にあたる四名のみです」
「五人だよ。バスケス君」
能面に戸惑いの色が流れた。
「わたしの知る記録では、実践経験ありの兵士は四名だけのはずです」
その回答に、ユンカースはにんまりと笑みをこぼす。
ようやく優位に立てた。
「わたしが最後の一人だよ。バスケス君。いや、最初の一人かな」
GLWによる紛争。その最初期から戦闘に参加していた古強者。
「御冗談を。自ら前線に飛び込む基地司令など、愚かとしかいいようがありません」
当然の反論だ。
大将首が打ち取られるようなことがあれば、士気にもかかわる。
「お飾りの役職だ。替えも利く。前途ある若者たちを死地へ送るより、老骨が逝くほうが自然の摂理にあわないかね?」
「お飾りであるならば、ちゃんと司令職に飾られていてください」
「これは一本とられたな」
声を上げて笑う。バスケスにとっては笑い事ではない。
彼女は語気を荒げる。
「司令!」
いさめられ、ユンカースは笑うのをやめた。
そしてバスケスの目を真っ直ぐ見つめる。
腑抜けた表情が消え、猛獣を思わせる目つきへと変貌を遂げる。
古き戦士が鎌首をもたげた。
「バスケス君。君たちの大将は、テロリストどもに後れを取るような、無能なGLW乗りかね?」
操縦者、二足歩行兵器を走らせる者。
そして生き急ぎ野郎という意味を込めて、彼らをランナーと呼ぶ。
「それは――」
「無能であれば、この基地に置いておくほどの余裕はないだろう? ならば司令職を辞任し、退職金代わりにGLWを一機いただくとしよう。だが貫く者の通り名が、偽りでないと知っているのならば、出撃しても問題あるまい?」
ペネトレイター・ユンカース。
戦場の中で生み出された英雄の一人。
乗らずにはいられない、生粋のGLW中毒者。
司令職に就かされた今でも、新兵訓練と称して搭乗を繰り返している。
「詭弁です……」
バスケスの声は弱弱しい。
彼に憧れてこの職に就いた彼女は、ユンカースの英雄譚をこの基地の誰よりもよく知っている。
しかし、憧れは現物の前に砕かれることになった。
それも今は昔の話。
「結構。では基地司令として、出撃させてもらおう。わたしもまだ、司令という役職に未練がある。意外に俗物なのだよ」
そういう男ではない。バスケスにはわかる。憎たらしいひげおやじめ。
「反論があるのならば、このひげおやじにもわかるように、ご教示願えるかね?」
目を細め、ひげをなでながらそうのたまった。
バスケスは顔を真っ赤にして、肩をいからせた。
何度も口を開こうとするが、その度言葉が出ずに閉じる。
その様を見て、ユンカースは昔に見た金魚を思い出した。可愛かった。
観念したバスケスは、肩の力を抜いて答える。
「……このことは上層部に報告させていただきます」
そのまま退室していこうとするバスケスを呼び止める。
「バスケス君。友軍への再度応援要請と非戦闘員の地下避難誘導、それとわたしの《ランケア》、用意しておいてくれたまえ」
「わかっています!」
思いっきり舌を出して、足早に去って行ってしまった。
少々やりすぎたようだ。自分に娘がいれば、あのくらいの年。
英雄に物怖じしないあの小娘は、今は亡き家族を思い出させてくれる。
机の上の電話を取り、雇いの民間軍事会社に連絡を入れる。
友軍はおそらく、来ることはない。
それどころか、自分が戦死してくれることを願っているかもしれない。
軍上層部にとってユンカースたち、作られた英雄は疎まれる。
今は士気向上の偶像として仕立て上げられているが、いつまで飼い殺しが続くのかもわからない。
どちらにせよ、手は多い方がよい。直通でPMCのトップにつながる。
「わたしだ、クイーン。ビジネスの話がしたい」
彼女が出て行った扉を眺める。
無駄な出費とバスケスに叱られるだろうか。楽しみだった。
「……何? それは好都合だな。特急で頼む。料金? 早くしないと払う前に死ぬかもな!」
豪快な笑いが部屋に響き、電話口の相手はあきれていた。
英雄は、小娘との会話のタネができることを喜んでいた。
オーガスト基地より四〇キロメートル。
三機の中型GLW輸送車。
予備パーツとGLW二機を搭載できるそれらが迷彩を施すことなく鎮座していた。
輸送車に搭載されたGLWにはすでに火が入っている。
「隊長、確認しました。例の機体は、あの基地に搬入されたとみて間違いないようです」
隊長と呼ばれた男、カール・ライアーは若い同志の報せを受けて不敵な笑みを浮かべた。
「よし、装備確認ののち、各員搭乗せよ。今度こそ獲物は基地のどこかだ。励めよ!」
「オー!」
各員が各々腕を振り上げ叫んでいる。
「こういうときは敬礼して『サー』だって前にいっただろうが! いい加減覚えろ!」
ライアーが笑いながら声を張り上げた。
粗暴な連中に形式ばった振る舞いは荷が勝つ。
居並ぶ、黒のパイロットスーツに身を包んだ六人。
そして、片ひざをつき、王に忠誠を誓うかのごとく降着姿勢を維持する、黒い同型GLWたち。
重装鎧をまとうかのごとき巨人。その数もまた六機。
機体とパイロットの気品が、かい離している。ちぐはぐだ。
「オーガスト基地か。あの英雄と手合せすることになるやもしれんな」
いや、確実に相手をすることになるだろう。
あの英雄は現役時代、戦場の最前線をその槍で突き崩し回ったという逸話がある。
戦闘が始まれば我先に突っ込んでくること請け合いだ。
こそこそと目当ての品を嗅ぎ回っている最中に後ろから刺されるよりは、むしろおびき出して足止めをしたほうが建設的だと判断した。
カールは自分の愛機を見上げる。
その機体は、大盾と剣を携えていた。機動力を犠牲にした対戦車砲弾盾。
GLWしか配備されていない基地に持ち込むにはいささか場違いだ。
これが対ユンカース用の切り札。
そして飾りも何もない剣。
流行の高周波ブレードではなく合金で固められただけの代物であり、運用思想は棍棒に近い。
ただしGLWの剛腕で振れば、これとて立派な刃になる。
カールは人知れずほくそ笑んだ。
功績さえあげれば、我々は貴族となれる。そう約束していただいた。
そのための重装備。
「乗り越えがいのある、英雄だ」
成り上がるための一歩としては、十分。箔がつくというものだ。
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