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ランナーズ・プルガトリィ  作者: 草場 影守
1章 再起動する魂たち
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9話 希望の一片

 コンテナの外に戻ると、タオルを返してきたヒュージが早速パソコンに向かい、マリーに話しかける。


「アレックスが全身機械化肢体なのは、言うまでもないな?」

「ええ、設計図から知っている」

「視覚と聴覚、あと接触センサしか感覚がないのは?」

「それは、知らなかったわ……」

「戦闘用だからな。それ以外は不要なんだろ。で、さっきの《マーベリック》との接続だ」


 パソコンモニタに《マーベリック》の内部構造が表示される。

 まるで人体のような、人工筋肉の配置。

 そして、脊椎ユニットから張り巡らされる――。


「やっぱりか。これは神経回路だ。《マーベリック》は機械の外装を纏った人間だ」


 脳の無い脊椎ユニットに内なる人(パイロット)を接続することで、人でも作った気なのだろうか。

 外なる人(バーサール)内なる人(ネフェシュ)

 まるで聖書の一節だ。


「GLWではないということ?」

「言い方が悪かったな。この機体はGLWだ。ただし、戦闘用じゃない」

「人としての感覚が再現されるせいね」

「その通りだ。戦闘用なら、痛覚なんていらない。この機体はおそらく、アレックスのような人間を対象にした感覚完全再現のための実験機だろう」


 現代にして、生身と全く同じ感覚を有する機械化肢体は存在していない。

 以前にヒュージが調べた所、技術的には作成可能なのだが機材の大型化と、それに伴う価格が見合わず生産が頓挫したらしい。


「とんでもないわね。でもなぜGLWに搭載したのかしら」

「システムが小型化できなかったから、GLWに載せたんだろう。戦闘を想定された装甲も、単に強度を上げたかっただけかもしれない。推論でしかないけどな。結局PESがなんなのかはわからなかったが」


 装甲にまで感覚神経を張り巡らせている理由が理解できなかった。

 それでは装甲の意味が無い。


「あ、レイチェルに聞いてみればよかったかな?」


 アレックスが提案する。

 先ほどは気持ちが昂ぶっていたせいで考えに至らなかった。


「有益な答えが返ってくるとは思えないな」


 三人とも納得した。


「……僕、《マーベリック》欲しいなぁ」


 アレックスが画面を見ながらつぶやく。一〇年ぶりの人間としての感覚。

 脳を満たした甘美な電気信号。その願望は当然の帰結と言える。

 ヒュージは、一旦間を置いてから話し出した。

 アレックスの言葉に、何か感じ入るものがあったようだ。


「……欲しがる奴らは多いだろうな。こいつの痛覚をカットするだけで、機械兵士の誕生だ。GLWの操縦方法が一変しかねない。補助脳を形成すれば、接続可能になるだろうしな」

「たとえば、強奪しにくる可能性もある?」


 補助脳の下りを無視し、マリーは苦い顔をしながら言った。

 ヒュージがいぶかしむ。


「そういった輩も、少なからずいるだろう。まさか、心当たりがあるのか?」

「各軍施設を強襲している黒いGLWの話、知っているかしら」


 ニュースで聞いたことがある。

 軍施設、それも研究機関を荒らしまわるテロリスト。

 幸いなことに、死者はまだ出ていないらしい。


「そいつらの標的が、《マーベリック》だっていうのか」

「おそらく。二、三日前から基地周辺での機影が確認されていたそうよ。そして、この基地は言わば新兵の訓練場。彼らの目的に合致するものがあるとすれば……」


 受付での会話は、そのことだったようだ。

 今日まで知らなかったというのは、いささか危機意識が低いのではないだろうか。


「消去法で、《マーベリック》だと?」

「他にも要因は考えられる。《マーベリック》は既存のADMフレームとは違う技術体系が使われている。そして――」


 一瞬言いよどむ。


「そして、設計者がわたしの伯父、ハワードなの」


 GLWの基礎、ADMフレームより後に開発者自らが手掛けた機体。

 成程、研究対象としては申し分ない。


「さっきの図面、わたしの家に有った伯父の開発途中のデータなのよ。でもまさか完成品が存在していたなんて……」


 PESについての詳細が書かれていなかったのはそういうことらしい。


「確かにその手の分野に詳しいやつからすれば、のどから手が出るほど欲しいだろう。強奪するほどの代物と言えなくもない」


 アレックスは、倉庫内の備品を指でつついて遊んでいた。

 いつもならこういった話に食いつくるはずなのだが、聞き耳だけを立てている。


 ヒュージは、もう一度マーベリックの図面を見直す。

 頭部機構が現行主流のGLWとかけ離れている。

 対空砲にもなる一二・七ミリ頭部機銃を搭載せずに何を積んでいるのか。

 気にはなるが……。

 相手の狙いが分かっているなら、話は早い。


「くれちまえ、そんなもん」


 そうしてしまうのが、一番手っ取り早い。誰も死なない、傷つかない。

 最良の選択だ。


「だめだよ、ヒュージ」


 アレックスはこちらを見ずに、そう言った。

 その手は、拳の形に握られている。


「奪われることを、許しちゃいけない。それは、悪いことだよ」

「お前、自分で言ってることわかってんのか? 抵抗すれば誰か傷つくんだぞ? 死者だってでるかもしれない。それを――」

「ヒュージ」


 決して強い口調ではない。だが、そこには曲がらぬ意志が感じられる。

 不条理を許さぬ、怒り。


「俺たちにできることなんて何もない。それなのに基地の連中にだけ戦えっていうのか」


 アレックスはヒュージの言い分には答えず、ゆっくりとマリーの方に向き直る。


「ねぇ、マリー」


 無機質な光学レンズが、マリーの瞳をとらえて離さない。


「僕に、何をさせたいの?」


 抑揚のない声。

 超然とした佇まい。

 マリーは、一瞬だけ、アレックスが別の何かに感じられた。

 人間でも機械でもない、別のナニか。


「……わたしの任務は、《マーベリック》の受領、及び研究。また、これが何らかの要因でかなわない場合、移送もしくは破壊せよといわれているの」


 研究者で任務。その言葉に引っかかりを覚える。


「……あなたには、《マーベリック》を操縦し――」

「――いいよ、やろう」


 ためらいはなかった。


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