8話 その名はレイチェル 上
第一倉庫内。
打ち捨てられたごみのように、四角い大型コンテナが三人の前に鎮座している。
コンテナ内から伸びたケーブルが、コンテナ横の机に設置されたパソコンに接続されている。
「その中にGLWがいるの?」
「ええ。おそらく貴方にしか操縦できないものがね」
どういう意味だろう、とアレックスとヒュージは顔を見合わせた。
待機状態にあったパソコンモニタを点ける。
そこには、GLWの全体図が写し出されていた。
ファイル名に「Maverick」の表示。
「一匹狼か。さびしい名前だな」
ヒュージがつぶやく。機体名称は何がしかの理由があってつけられることが多い。
開発者が何を思って組織的運用兵器にはぐれものなどと付けたのか、よくわからない。
「これは、僕の体?」
アレックスの指差す先には、《マーベリック》のモデルと並んで、機械化肢体の全身像が表示されている。
首からケーブルが伸び、《マーベリック》の脊椎ユニットへ接続される図が描かれていた。不明な機構が全身に顕在しているが、この脊椎ユニットは間違いなくADMフレームのそれだ。
アレックスをメンテナンスしたのは、この接続を試すためでもあったのかもしれない。
表示名。PES Access Key "R"。
「この……PESっていうのはなんだ?」
ヒュージがたずねる。アレックスは食い入るように画面を見つめている。
「ピース? ああ、PESね。この機体に搭載されている、補助システムの名前みたい。解析が済んでいないから、断定はできないけれど。それと自爆プログラム以外、何もはいっていないし、システムがロックされていてマニューバが入れられないの。だから操縦桿を握っても動かせない。この図を見る限り、人間の脳を機体と直結させて動かすのね。信じられないけど」
人道を外れる技術。しかしアレックスは、その接続方法を何度か行っている。
「……Rってのは?」
「それは……、おそらく“ロバート”ね。わたしの兄だった人」
聞かれてもいないのに、マリーは続ける。
「わたしが小さいころに戦死してね。父は兄を甦らせるんだって……研究に没頭していたわ。その成果が……、この体」
機械化肢体を「コレ」と名指すのはアレックスに失礼だと思い、言いとどまった。
ヒュージは言葉がみつからない。
だがアレックスの顔とマリーの顔は似ていない。そう思う。
「じゃあ今日、僕を見て驚いたでしょ」
なんでもないような口調でアレックスが話し出す。
マリーの返す言葉が遅れた。
「……ええ、本当に。父の開発品は、ほとんどが失われていたから。てっきり盗まれて悪用されたと思い込んで――」
「――銃を向けた? いやーあれはコワカッタナー」
アレックスがからかうように言う。
「それは、その……。謝ったじゃない!」
マリーはつられて、少し笑う。
ヒュージはようやくアレックスの意図を理解した、と同時にその強引さに舌を巻く。
今の会話の流れで、あんな物言い。自分にはとてもできない。
本題に入る。
「ここにアレックスの体が表示されているから、操作できると踏んだのか?」
「わたしもそこまで楽観的ではないわ。多少の期待はしたけれど。でも、もし操縦が可能なら、メインシステムへのアクセスも可能な気がしない?」
ヒュージはそれを楽観的というのではないかと思ったが、言わないでおいた。
「とにかく時間がなさ過ぎて、試す手立てがなかったのよ。解析を始めてまだ半日よ、半日!」
「なら、本来はどうやって動かすつもりだったんだ」
「……わたしが作った人造人間用のAIを中継して、制御するつもりだったわ。脊椎ユニットに直接割り込ませて間接操作するの」
GLWの自律稼働。
データリンクによって戦術アップデートを繰り返す、斃れぬ鋼の兵士たち。
GLW開発黎明期に提唱された、鋼の兵士たち計画。
人の死なない、戦争を仕掛ける側の人的被害を抑えるための計画。
しかしこの計画はAI開発分野の未熟さから廃止になった。
「大丈夫なのか、AI制御なんて。ミラージュ事件の二の舞はごめんだぞ」
ミラージュ事件。
かつてマイケル・ミラージュ博士主導の元、無人戦闘機用AIを流用した完全自律稼働試験が行われた。そのさなか、AIは開発陣を皆殺しにしたのだ。
自己判断プロセスにより、兵器開発を行うものを敵性個体と判断したと報告されている。
この事件以降、操縦補助のナビゲートAIを搭載するようになった今でも、GLWの制御権限をAIには一切渡さない、という絶対遵守の掟ができた。
「大丈夫。あの事件は全制御をAIに任せたから起きたのよ。それに自律思考型AIではないわ。ただの対話型。言われたことしかやらない。だから困った点もあるのだけれど。今は眠っていてもらうわ。さ、二人とも入って」
コンテナの人用のドアを開けて、三人で中に入る。簡易照明に照らしだされたのは灰色の、片ひざをつく細身の人型。頭部は飾り気のない西洋兜を模しており、羽飾りのようなブレードアンテナが左側頭部から生えていた。
顔には黄色の総合統合複眼を持ち、口部分に排気口を備えている。
脚には現行GLW標準装備の駆動輪はない。
最低限の積層装甲しか装着されておらず、ひざ関節にいたっては人工筋肉の外膜がむき出しだ。戦闘用GLWとしては心許ない。
GLWは人型を模しているが、この機体はより人に近い姿をしている。重心の位置も高い。
本来なら高い重心は転倒の危険性を高めるが、SWSを搭載するGLWにその心配は無用だ。
「おー。これが《マーベリック》かー」
アレックスは機体を一べつした後、開いている腹部コクピットに滑り込む。
内部には外部電源や、パソコンのケーブルが繋がれている。
「おい。勝手に入るな」
「僕が操縦するんでしょ? ちょっとでも早くこの子に慣れておかないと」
シートに座り、搭乗手順を思い出しながら側面のスイッチを入れていく。
油圧動力で正面に倒れていたコンソールとフットペダルが起きてくる。
乗り降りする際には邪魔になるので、可動する仕様だ。
「……罠の類は大丈夫なんだろうな」
ヒュージはアレックスに聞こえないようマリーに小声でたずねる。
「えっ!? あ、いえ大丈夫よ。輸送前の基地で検査していたはず……」
「頼むぜ、おい」
ヒュージは深く、深くため息をついた。
乗り込んだアレックスは気付いていないようだったが、コクピット内の計器や操縦系統周辺が比較的新しいものに交換されている。
一〇年間完全に放置されていたわけではないらしい。
アレックスは「よろしくね、《マーベリック》」と、起き上がった制御モニタに触れていた。
「あれ? マリー、この子電源入ってないの?」
「ええ。今は落としてあるわ。外部電源で、システム周りは起動できるようにしてあるけど。駆動系のチェックを最優先にしたくて」
「まともに動かせるのか?」
コクピットハッチ横、人間で言うところのわき腹にあたる左右一対の吸気口外装に溜まった埃に年月を感じながら、ヒュージが問う。
「問題なし、とは言いづらいわね。一〇年分のガタがきているかもしれないから。でも急激な動きでもしなければ大丈夫よ、きっと」
「そう都合よくいくわけがないだろう。これを一人でメンテかぁ……」
ヒュージは思案しながらあごを撫でている。
他人の手を借りたいが、例の機密情報がどうので無理だと言われるのが関の山だ。
せめて、シモンも手伝わせればよかったのに。そう思った。
門外漢の二人には期待できない。特に、アレックスには。
「マリー、イグニッションキー差す所ないよ?」
アレックスは、はしゃいでいる。珍しいこともあるものだ。
必要とされて舞い上がっているのかもしれない。
イグニッションキーとは、GLW起動用のアイテムだ。鍵とは名ばかりで、実際は個人認証コードや個別のマニューバが記録されているメモリデバイスを指す。
同型機であれば、認証を許可することで、他人の機体でも自機と同じように使いまわすことができる。
メーカー品には必ず搭載されている代物だ。
「この機体にはキーが存在していないわ。電源は制御モニタ横の赤いボタンよ。それがイグニッション。長押しするのだけど、今は押さないでね。外部電源を入れるから、制御モニタのレディランプが点いたらそれを押して」
どうやら規格外らしい。試作型かもしれない。マリーが発電機を起こす。
GLW用の大型ではない。そもOSの起動が目的なので大型である必要はない。
「はーい。ぽちー」
アレックスは間髪入れずにボタンを押す。しかし、反応はない。
「うごかないよ?」
「慌てるな。電源の供給がまだだ。それに完全停止状態だからな。本起動までラグがある。でもいいのか、起動しちまって」
GLWは寝起きが悪い。
脊椎ユニット内部の起動電力を確保していくのに少々時間がかかる。
なので本来は格納庫保管時以外は待機状態を維持する。
「構わないわ。やれることは試しましょう」




