02.ガチョウの羽根とイチジクのサラダ
秋になり、少しずつ涼しくなってきた。
寝具も夏向きから秋冬用に取り替えねばならない。
リネン室を確認するとこれからの季節に使えそうな羽毛布団や羊や山羊毛の毛布がたくさん見つかり、安堵した。
宿屋を営むことになったので、寝具はいくらあってもいい。
幸い、毛布は虫食いもなく綺麗な状態で残っているから洗えばこのまま使えそうだ。
だが羽毛布団は中の羽毛を取り替えた方が良い気がする。
一気に全部を買い換える財力はないが、少しずつでも交換していきたい。
さっそく羽毛布団を取り替えに町に出かけた私だったが、道具屋の前で大いに悩んでしまった。
「…………」
羽毛の主な材料であるガチョウやあひるは粗食でもよく育つので家畜として飼われている。
特にガチョウは肉質もよろしく、肝臓も美味。その脂肪はガチョウ油として料理や薬として使われる。
さらに羽根は羽毛布団やダウンジャケットの材料になる。捨てるところなしの家畜である。
今日の羽毛はすべてガチョウのものだそうだ。
売りに出ていたのは、上中下と値段の違う三つの商品で、何が違うかというと、不純物が混じっているかいないからしい。
『上』は食肉にする時にむしった毛で、地面に落ちたものではないので綺麗。このまま布団と手間賃を預けると打ち直してもらえる。
他の二つはというと、鳥には換羽期といって羽が生え替わる時期があるそうだ。
中と下はその抜けた毛を集めたもので、比較的綺麗そうな部分と、踏まれて汚れた部分で、どちらもゴミをより分け丁寧に洗わないと布団には使えない。
だが自分で洗う分、『上』より安い。
断然『上』を買い求めたいところだが、家中の寝具を買い換えるとなると、予算が許すのは『中』か『下』……。
まあ、のんびりやればいいかと『下』をたんまり買った。
宿屋を始めたのであまり長く家を空けられない。
用事を済ませたらすぐに家に戻り、汚れた羽毛を家の裏の洗い場に持って行き、さてやろうかと腕まくりしたところで。
「すみませーん、リーディアさん、います?」
表の方から私を呼ぶ若い男性の声がする。
「はいはい、おりますよ」
私はあわてて玄関に向かう。
そこにいたのは見慣れた若い騎士達だった。
「リーディアさん、こんにちは。昼飯とそれから例の『あれ』が欲しいんですが」
彼らは秘密の取引をするように声を潜めてこのところの彼らのお気に入りである『あれ』を求めてきた。
「『あれ』ですか……」
作るのはいいんだけど、『あれ』なぁ。
私は彼らを見上げて思わず尋ねた。
「まだ食べるんですか? もう涼しいからアイスの季節じゃないでしょう」
彼らのお目当てはアイスキャンディだ。
夏のある日、我が家の納屋を片付けている最中、怪しげな木箱が見つかった。
サイズは両手でなんとか抱えられるくらい。頑丈に作られた木の箱なので、そこそこの重さはあるが、私が持ち上げられる程度だ。
一体何が入っているのだろうか?
その木の箱を開けてみると、中には細かく区切られた深型のトレーが入っていた。
「これは、アイスキャンディ?」
正体はアイスキャンディの型で、トレーの中に木の棒を刺し、牛乳と砂糖、あるいはベリーやすももなどのジャムと水と砂糖を混ぜ合わせたアイスキャンディの液を入れて凍らせるとアイスキャンディが作れる道具だ。
砂糖を蜂蜜に変えても美味しい。
夏の盛りは蜂蜜が良く採れたので、私は蜂蜜で作った。
ただ凍らせるだけなのでアイスクリームより手軽である。
昔々、魔法使い達が弾圧される前の時代には今よりずっと多くの魔法使いが暮らしていた。その頃には庶民でも気楽にこうした氷菓を食べていたらしい。
実物は初めてだが、魔法使い養成所に通っていた頃読んだ本の挿絵で見たのと同じだ。
ちょうど夏頃で、「アイスかぁ、いいな」と思ったので覚えていたのだ。
箱の中には小さい氷の魔石がいくつも入っていて水属性の魔力を流せば数時間で凍る仕組みだ。
推定数百年前の古めかしい器具だが、破損防止の魔法が掛かっていたせいか、壊れておらず、汚れてもいない。
この家、何でもあるなーとしみじみ感心した。
夏にアイスが食べられたら子供達が喜ぶだろう。
「だがなぁ」
その『凍らせる』が今の私では至難の業だ。
半日分の魔力を使い果たしてしまう。
どうしようかと迷っていた時、「すみませーん、休ませてください」と若い騎士達が集団でやってきた。
彼らは馬の休憩がてら我が家で昼食を食べ、その昼食分の謝礼はもらったんだが、それとは別に「何かお手伝いすることはありますか?」と申し出てきた。
大人としては「いやありませんよ。お気遣いありがとうございます」なんて断るのがスマートなんだろうが、彼らの中に水属性の魔法使いがいたので、「あります!」と食い気味に答えてしまった。
その若手騎士にアイスキャンディを凍らせてもらい、発掘したアイスキャンディ用クーラーボックスは二つあったので、一つは家で保管し、一つは彼らに持って行ってもらった。
アイスキャンディは子供達が大喜びし、家に立ち寄る人にちょっと涼んでもらう用にも重宝した。
そして持って帰ったアイスキャンディは騎士団でも大好評だったそうで、夏の間騎士達はアイスキャンディ目当てに我が家にやってきた。
だが季節は秋だ。
もうアイスって時期じゃないだろうと私は思うが、「そんなことないですよ!いつだってアイスは美味しいです」と気合いの入った答えが返ってくる。
詳しく聞いてないが、彼らは山の上の砦か国境近くの駐屯地の騎士だ。
赴任中は娯楽も少ないだろうから、楽しんでもらえるなら何よりだ。
「ではお作りしましょう。家の分はただの水を凍らせて下さい」
「それって氷ですよね、いいんですか? リーディアさん」
「氷の方が今の時期は使わないでしょう?」
と彼らは不思議そうに尋ねてきた。
「いいえ、氷はあればあるだけありがたいんですよ。冬の備蓄用に氷室で保管したいものが結構ありまして。肉とか」
肉と聞くと急に真剣味が増した目でこちらを見返す。
「それは大事ですね、しっかり凍らさせてもらいます」
心なしかキリリと返事された。
昼食は鶏肉のグリルに具だくさんオムレツとパン、きのこのポタージュに、イチジクと生ハムのフルーツサラダ、ヨーグルトソースがけ。
「…………」
私はさりげなく、食事をする彼らを観察した。
サラダにはイチジクと生ハムとエシャロットの他にレッドチャードが入っている。
レッドチャードはその名の通り茎の赤い、ほうれん草の仲間の野菜で、旬の時期が長く、真冬以外はいつでも収穫可能というありがたい葉物野菜だ。
だがこのレッドチャード、ほうれん草より少々硬く苦みがある。
成長しきっていないベビーリーフの時なら皆普通に食べてくれるんだが、成長したレッドチャードは苦手な人が多い。
この不人気野菜を軽く茹で、甘いイチジクと彼らの好きな生ハムと合わせてみたがどうだろうか?
全員、完食である。
「……よし!」
と思わず小さく声を上げてしまった。
「ではごちそうさまです」
「ありがとうございます。またお越し下さい」
アイスキャンディのクーラーボックスと共に彼らは去り、他の昼食客も昼食を終え出て行く。
私はさっきの作業の続きをしようと裏手の洗濯場に戻ったが、
「……おや?」
汚かった羽根が綺麗に洗われている。
「ブラウニーかな?」
我が家のブラウニーは私以外の人間を避けて暮らしているので、人の気配がすると仕事だけして姿を消してしまうことがある。
何にせよ、ありがたい。
私はお礼にイチジクを一切れ置いた。
洗われた羽根はネットに入れて乾燥室に持って行く。
完全に乾いた後、羽毛布団と共に道具屋に持って行くと打ち直してもらえる。
これで寒くなっても安心だ。






