01.宿屋の開店
夏野菜の収穫が終わると、秋冬に向けての種まきが始まる。
ズッキーニやキュウリ、トマトといった夏野菜を片付け、新たにカブやキャベツ、葉物野菜を植えると畑の様子は一変する。
夏の終わりは畑の『衣替え』の季節だ。
ちなみにナスは夏の盛りの時期に一度収穫が減る。そこで思いきって枝を切り、株を休ませると秋にまた収穫出来る。
「そんなことってあるのか?」と心配だったが、少年達に言われた通りに剪定すると少し涼しくなってから元気に実を付けるようになった。
麦畑はというと、連作被害防止のため、旧麦畑は牧草地に転換し、旧牧草地にして新麦畑で土作りを始めたところだ。
最初に牛糞と馬糞と草と生ゴミを発酵させた手作りの堆肥をまく。
その後馬鍬で深く地面を掘り返す。次に石灰をすき込んで一週間ほど放置し、元肥として灰と鶏糞をまいて、ローラーで畑を平らにならす。
堆肥は土壌を良くするための肥料で元肥は作物のための肥料と役割が違う。
種をまくところに土を盛り、高低差を付ければ土作りは完成だ。
少年達はもちろん、馬のオリビアも牛のケーラも魔法かかしのジャック・オー・ランタンも手伝ってくれるからなんとかやれている。
土作りがようやく終わり、いよいよ種まきだが、近隣一帯が種まき前の準備で忙しい季節だ。
少年達も手伝いに引っ張りだこなので、種まきくらいは自分でやることにした。
ちなみに山に近い我が家の種まきは近隣の農家よりほんの少し早い。
小麦の種まきは遅すぎても早すぎても駄目らしい。じっくりと時を見計らってまくのだ。
種はすじまきというやり方で、畝という段の高い所に深さ一センチほどの浅いまき溝を作る。溝はまっすぐに引くのがポイントだ。
このまき溝に二、三センチの間隔を開け、均一に種をまく。まき終わったら、土をかぶせる。
しかし、この「種を均一に」まくのが、結構難しい。
「あ」
また失敗した。
四苦八苦しながらやっていると、
「手伝うか?」
「クッキー一枚くれたら」
「やるぞ」
とブラウニー達が声を掛けてきた。
「ああ、頼むよ」
お願いすると、彼らは非常に手際よく種まきをした。
悔しいが、私より十倍は速く、正確である。
「……クッキーじゃなくて彼らが好きなスコーンにしてやろう」
と思うくらいは助かった。
***
宿屋の方は、ふたを開けてみると泊まりの客は思ったより少なく、食事客が宿のメインだ。
山や隣国に出かける行商や、木こり、猟師などといった山に関係する仕事に従事している人が早朝によく朝食を食べに寄ってくれる。
彼らは凝った食事よりすぐに済ませられるものを好む。
厚切りのトーストにチーズとベーコンエッグを乗せたのと、小さなコールスローサラダのワンプレートを手早く食べ終えると、
「いつもの一つ、包んでくれるかい?」
最後にサンドイッチを買っていく。
「はい、毎度ありがとうございます」
屋台などで持ち帰りの商品を買った場合、大体むき出しの状態で渡されたり、スープ類は客が用意した鍋や器などに入れてもらうのが一般的だ。
だから私も最初サンドイッチをそのまま渡していたのだが、なんとなく抵抗があった。
この辺りの農民は麦わらで編んだ袋をよく使う。
それを見て、近所の器用なおかみさんに麦わらでサンドイッチサイズの袋で作ってもらい、夏に摘んでおいた山葡萄やイチジクなどの大きな葉っぱにサンドイッチを軽くくるんで、麦わら袋に入れて渡す方式にした。
この袋は別料金なのだが、サンドイッチがジャストフィットの小型サイズは、使い勝手がよろしくなかなか好評だ。
常連さんは麦わら袋持参で来るので、毎回買ってもらう必要はない。
しかし、店って実際やってみないと分からないものだな、と私は思った。
持ち帰り用の軽食なんて作る気はなかったんだが人気商品だし、今までは雨に降られたり、急に具合が悪くなったりと、ゆっくり休みたい人が立ち寄っていたので、宿屋の客もそんな人々を想定していたが、客のニーズは様々だ。
現に。
「…………」
昼食に立ち寄った商人らしい人物は何故かうちのテーブルをにらんでいる。
今日の昼食のメニューは、アンズダケとジャガイモの炒め物。玉葱とベーコンのコンソメスープにパン。豚肉と豚レバーで作った田舎風パテにサラダ。
既に昼食は終え食器を片付けた後なのに彼はテーブルをじっと見つめている。
完食だったから味がマズかったということはないと思うのだが……。
クレームだろうかと、ついそちらに注目してしまう。
しばらくして彼は顔を上げ、
「あの……、こちらのお店の責任者は?」
と声を掛けられ、少々引きつりながら、私は答えた。
「私ですが」
「ああ、あなたが。失礼しました、あの、このテーブルクロスはどちらでお買い求めに?」
と彼は言った。
見ていたのはテーブルクロスらしい。
「近くのフースという町の道具屋です」
「そうですか、この辺りの名産品ですか?」
「はい」
「失礼ですがお値段はいかほど……?」
「それが結構安く買えるんですよ」
宿屋を始めるにあたり、テーブルクロスやランチョンマットは新しいのを揃えたのだ。
値段を言うと、
「ほお、それはお安い。ぶしつけですが、このテーブルクロスが気に入りました。売っては頂けませんか?」
「はあ……」
買った価格より高い額を提示されたが、今使っているものだから、そう言われてもちょっと困る。
「道具屋に行けば新品がまだ売っているかもしれませんし、種類も色々ありますよ」
「ですが、これが気に入ったのですよ。とても良い柄です。温かみがあり食事が美味しく感じられる。ああ、実際おいしかったですよ」
とテーブルクロス七割、料理三割くらいで褒められた。
確かにゴーランはリネンの産地だが、こういう庶民向けの刺繍はどこの地方でもあるので特段珍しくはない。
柄の方も花柄のオーソドックスなタイプで、どちらかというとゴーランの刺繍は華やかさ重視ではない分少し地味だ。
だがよく見ると思いがけないほど繊細で味がある良い刺繍だと思う。
「実はフースの町にも寄ってリネンは見たのですが、店内がここより暗かったせいか、その時はピンと来なくて……」
と商人は言った。
我が家は昼でも光のクズ魔石を灯して店内を明るくしているんだが、これは防犯のためだ。
だがじっくりテーブルクロスの柄を見るのにも役に立ったらしい。
結局客の熱意に負けてテーブルクロスは売った。
運良く使ってない予備の新品があったのでそれと、料金をはずんでくれたので、ランチョンマット二枚をつけた。
宿屋を始める前はおかしな客が来るかもしれないと身構えていたが、今のところあまり変なお客はこない。
もちろん不愉快なことがまったくないという訳ではないが、明らかにごろつきってタイプは宿にはやって来ない。
「我が家は変な客こないな。ありがたいけど」
とのんきに思っていたが、そうではなかった。
カランとドアベルが鳴って柄の悪そうな男達が数人入ってこようとし……。
「…………!」
目立つ位置に飾ってあったゴーラン騎士団の蹄鉄を見るとくるりと回って出て行ってしまった。
蹄鉄をくれた熊男のおかげだったらしい。






