22.ゴーラン騎士団の春と夏1~アルヴィン~
番外編初のアルヴィン視点です。アルヴィン編が終わると楡の木荘の秋編が始まります!よろしくお願いします。
ゴーラン領主アルヴィン・アストラテートにとっての春は王都に向かうことから始まる。
春になると諸侯は王に新年の挨拶を述べる拝謁の栄を得る。
年明けからすでに二ヶ月以上経っているので新年の挨拶も何もないが、冬場は街道も凍り付いたりぬかるんだりと、状態が悪くなる。
移動に適さない時期なので、諸侯は春の訪れを待って、王の下にはせ参じる。
国中の諸侯が一堂に集まる華やかな行事として知られるが、呼びつけられる側からすれば、毎年この忙しい時期にわざわざ国王という名の中年男性に挨拶をしに行くのだ。
おまけに隣にはあの牝狐――王妃――がいる。
率直に言って嫌で嫌で仕方ないアルヴィンだが、これも貴族の義務である。
ゴーランの領都ルツから王都までは駿馬で駆けて四日である。
隣国との交易が盛んなゴーランは街道をしっかり整えているので道が良い。しかし馬車なら十日は掛かる道行きだ。
馬の扱いが達者なアルヴィンと騎兵の護衛だけを連れた「最短コース」なのでこの短期間で行ける。
冬の間は山越えを避けていた商人達も、春になれば一斉に動き出す。
田畑も春の風に目を覚まし、農業や林業も忙しくなる。
ダンジョンは通年通して温度が変わらない場所が多く、年中無休に見えるが、そこまでに至る道が寒い。
冬の間は休息時間に充てる冒険者がほとんどだ。
春はすべての生産活動が始まる季節だった。
そんな時期に領主であるアルヴィンが長く領地を留守にする訳にはいかない。
王都では最低限の用を済ませたらさっさと帰ることにしている。
そのためアルヴィンは中央貴族の間で顔すら知られていない存在だった。
アルヴィンがゴーランに戻るとすぐに町々の春を祝う祭りが始まる。
アルヴィンは祭りの視察に可能な限り足を運ぶ。
遊びのように見えるが、これも仕事である。
ゴーランは栄えている分、他領や他国、それに商人達がゴーランを「食い物」にしようと隙をうかがっている。
領主自ら祭りに訪れ、隅々まできちんと目を光らせることを知らしめるのは、領内外に対する重要なメッセージだった。
どの町も趣向を凝らし、精一杯春を祝うので祭りはなかなか盛況である。
領地の町ロビシアではくじを引いて今年一年の運勢を占う余興があり、
「さあ領主様も」
断る理由もないので、促されるままアルヴィンはくじを引いた。
ここ数年、アルヴィンは金運が良いというコインを続けて引いたので今年もそうだろうと誰もが思った。
この占いは案外当たると評判である。
現にゴーランは近年大きな災害はない上、ダンジョン経営も好調。さらに西の隣国との関係は良く、貿易は活発である。
今年もこの流れは続くだろうと考えられている。
だが今年、アルヴィンが引いたのは、一輪の赤いバラだった。
バラは運命の人に出会えるという意味らしく、アルヴィンの周囲は「ようやく領主様に春が来たか」と色めき立った。
一月もすれば二十七歳の誕生日を迎えるアルヴィンだが、いまだ未婚だった。
国の中央部で権勢を振るう王妃派と敵対するアルヴィンは隙を作るわけにはいかない。そのため妻は娶らず、いずれ親戚から養子をもらって跡取りにする心づもりだ。
アルヴィンの側近にして幼なじみでもあるデニス・アストラテートは苦労続きのアルヴィンに対し「出来れば誰かと結婚してほしいなぁ、多分無理だろうけど」と考えている。
デニスはアストラテートの名が示す通り、アルヴィンの父方のはとこに当たる。
アルヴィンは両親を実の叔父に殺された。
理由としてはよくあるお家騒動で、隙を見てアルヴィンも殺し、叔父はこのゴーランを手中に収めるつもりだった。
叔父をそそのかしたのは妻とその実家である某子爵家で、その子爵家を操っていたのは子爵家の本家に当たるギール侯爵家だった。
アルヴィンは叔父とその妻の一族の謀反の証拠を手に入れ断罪したが、本当の敵、すべてを仕組んだギール家の兄妹を追い詰めることは出来なかった。
ギール家の当主は宰相、妹は王妃で、彼らを告発するにはよほどの証拠が必要だ。狡猾な彼らがそんな証拠を残すはずもない。
時にアルヴィン、若干十五歳。
亡くなった父の後を継ぎ辺境伯となったばかりの彼は訴えを断念するしかなかった。
アルヴィンは父母を暗殺したギール家を決して許さず、虎視眈々と復讐の機会を狙っている。
幸いにして次の国王となる王太子は今の王妃の子供ではなく、隣国の王女だった前王妃の息子フィリップだ。
今は十代のフィリップだが、十年もすれば成長する。彼が国王となる頃には王妃の権力も大きくそがれるはずだ。
アルヴィンの役目はそれまで王妃派から領を守りきることだった。
父と叔父は二人きりの兄弟で、叔父一家は皆死刑になったので、祖父の兄弟の孫にあたるデニスはアルヴィンにとって一番近い親戚でもあった。
アルヴィンの一つ年下のデニスだが、彼は結婚して子供もいる。
デニスの子供はアルヴィンの後継者候補の一人だった。
身に余る光栄……と言いたいところだが、辺境伯の跡継ぎともなれば子供が苦労するのが分かりきっているので、デニスとしては絶対反対だ。
なんとかアルヴィン自身が結婚し、子供を作ってほしいと真剣に神に祈っている。
我が子のためでもあるが、アルヴィンの幸せのためにも。
アルヴィンは世間では抜け目のない策略家のように言われ、本人もそうと見せかけているが、側近のデニスは彼が不器用で感傷的な性格であることを知っている。
アルヴィンは自身の幸福を捨て、両親の復讐に殉じる覚悟なのだ。
そして死力を尽くさねば、王妃派からゴーランを守りぬくのは不可能だった。
そのアルヴィンは春の祭りが終わった後、領都の領主の館で事務仕事に励んでいる。
暇ではないが、外出しなくて済む分だけスケジュールに余裕がある。しかしアルヴィンは彼が自由に出来る時間はすべて剣術の鍛錬に充てていた。
「さて」
今日も執務が一息つくとアルヴィンは壁に立てかけていた練習用の木剣を手に取った。
「デニス、付き合え」
「あ、はい」
領主館の隣はこの地を守る地方軍ゴーラン騎士団の本部なので、足を向ければ乱取りの相手などいくらでもみつくろえるが、わざわざ出向くのは面倒だとアルヴィンは側近のデニスに相手をさせる。
騎士団長でもあるアルヴィンは騎士団では一二を争う武芸者だ。
デニスは十番以下なので、はっきりいって打ち合うのはきつく、付き合いたくない。
「精が出ますね、アルヴィン様」
「ああ、相手はサミュエルだ。出来るだけのことはしておきたい」
アルヴィンが闘志を燃やす相手は対人戦では右に出る者がいないというゴーラン騎士団きってのつわもの。
ゴーラン騎士団六番隊隊長サミュエル・ドネリー。
「サミュエルに、あの熊に負けるわけにはいかない」






