20.本当は怖い光魔法
男達はやはりごろつきだった。
ひげは伸び放題で、我が家に入った瞬間、すえた匂いがむわんと漂い私は眉をひそめた。
何日も風呂に入ってないようだ。
人数は男五名、そして子供が七名。
男達同様汚れた服を着た子供達はビクビクとおびえた様子だった。男達は彼らを囲むようにして立っている。大きい子でも十歳ほどで、一番小さな女の子は五歳ほどだ。
……これ、どう見ても『アレ』だな。
「さあさあ、どうぞお入りください」
内心の嫌悪を押し隠し、わざと陽気な声でそううながした私はそっと彼らに魔法を掛けた。
男達の中に魔法使いがいても分からないように、小さな魔法を静かに発動させる。
「悪いな、奥さん」
男の一人がそう言いながら、家の中を探るように見回す。
「……!?」
そして目立つところに飾っているゴーラン騎士団の蹄鉄を目にするとおびえたように息を呑んだ。
「き、騎士団は良く来るのか?」
「ああ、たまにですけどね。騎士様は仕事熱心だから」
私は田舎暮らしの善良な女性に見えるように、気さくな調子でのんびりと返事をする。
「まあ、あの方々もこんな霧の日に馬を走らせたりはしませんよ」
重ねて言うと、男達は安堵の胸をなで下ろした。
「違いねぇな」
「どうぞ、お疲れでしょう、掛けてください」
「悪いな」
椅子を勧めると男達はどっかり腰掛ける。
私は愛想良く彼らに話しかけた。
「急に霧が出ましたね。子供を連れてじゃあ大変だったでしょう」
「ああ、こいつらは俺達の親戚の子でね。一緒に出稼ぎに行くところなんだ」
「そうなんですか。あいにくの天気になりましたねぇ。どちらから?」
「隣国からさ」
男達は私の問いかけによどみなく答えたが、元騎士の私は嘘だと断言出来る。
隣国と我が国は同じ言語だが、イントネーションが違う。わざとらしく隣国なまりで話しているが、こいつらは国内の人間だ。しかも蹄鉄の意味を知っているゴーランか、その周辺の民だ。
話し好きの女性は朗らかにグイグイ行く。私はフースの町の肉屋のおかみさんをお手本に笑顔をキープし、さらに尋ねた。
「おや、そうですか、隣国からいらっしゃったんですか。ゴーランまで出稼ぎに?」
「いや、知り合いがいるからな、王都に行く」
「あら、王都」
私はさも驚いたというように声を上げた。
「王都に行くなんて凄いわねぇ、ボク」
と私は一番年上の男の子に話しかける。
「…………」
男の子は青ざめなから、無言で首を縦に振る。
男達が子供を隠し、取り繕うように私に言った。
「奥さん、すまねぇな、この子達は揃って人見知りでな」
「あら、いいんですよぉ。知らない家に来て緊張しているんでしょう。今日は泊まっていってください」
「そいつはありがたいが、いいのかい?奥さん、旦那は?」
「私は独り身で夫はいないんですよ」
「へへっ、そうだったんかい」
私が一人暮らしと知って、男達は安心したようだ。
五人の男相手に女性一人なら何とでもなると考えたのが丸見えだ。
だがそんな魂胆にはまったく気づいてないように私は明るく語りかける。
「一人で寂しく暮らしてますから、賑やかなのは大歓迎です。今、夕食を作っているところなんですよ。僕達、シェパーズパイは好き?」
「…………?」
子供達は揃って戸惑ったような表情になる。
言葉が分かってない。
顔の特徴から見ておそらく南の国スロランの民だ。しかも言語が違う少数民族。
あまり豊かな国ではないので、人身売買が横行していると聞いたことがある。
やはり、にらんだとおりだな。
こいつらは人さらいだ。
国外に『運ぶ』とリスクは上がるが、高値で売れる。また国をまたぐので摘発されにくくなる。
そういうやからがいると熊男から注意喚起されていた。
人さらいは通常スロランから南部に抜けて子供を移送するが、気候の良い夏の一時期だけゴーランを越えるルートを使う。
ゴーランから山越えするルートの方が道が険しくなく、多くの子供を徒歩で『運ぶ』ことが出来るからだそうだ。
よし、大体分かったぞ。
「今、食事の支度をしますからね、皆さんはお風呂に入ってください」
と私は彼らに風呂を勧めた。
「風呂?」
「風呂があるのか?」
何日も風呂に入っていない男達はこの言葉に食いついた。
「ええ、大きなお風呂がありますよ。薪も魔石もありますから、どちらかで湧かして下さい」
「……魔石」
男達が少し警戒した口調で尋ねてくる。
「あんた、魔法が使えるのかい?」
「まさか! 冒険者や騎士様が使うから置いているんです」
と私は誤魔化す。
男達は薪で風呂の火を沸かし始めた。
よしよし、魔法使いはいないようだ。そいつは好都合。
男と子供達が交代で風呂に入る中、私はキッチンで食事の準備だ。
メニューはシェパーズパイ。
ラム肉を包丁で叩いて挽肉にし、みじん切りにした玉葱、にんにくを炒め、鶏のフォン、刻んだトマト、塩コショウ、オレガノ、スマックなどと共に煮る。これでミートソースは完成。
茹でてマッシュしたじゃがいもを熱いうちにバター、ミルク、塩コショウと混ぜ合わせる。
パイ皿にラム肉のミートソースを入れ、その上からマッシュポテトを綺麗に乗せて、予熱したオーブンに入れて三十分で焼き上がる。
シェパーズパイが焼ける間にもう一品、夏野菜のオイル炒めを作る。
ズッキーニ、ナス、玉葱、パプリカ、ローズマリーを多めのオリーブオイルで炒め、火が通ったら出来上がり。
せっかく冷やしたじゃがいもの冷製スープだが温めて直して飲む。
「……ブラウニー達、いるかい?」
私は料理をしながら、振り向かずに小さな声で問いかけた。
ごろつきどもにブラウニーが見えているかは分からないが、念のためだ。
「いるぞ」
と棚の鍋の影からブラウニーが顔を出す。
「お前達に頼みがあるんだ。一つ目は家の周りにあいつらの仲間がいないか探してくれ。二つ目は、スライムのところに行って……」
風呂から上がった人さらいと子供達はこちらで用意した服に着替え、こざっぱりした様子だ。私は出来上がった夕食を彼らにふるまった。
シェパーズパイは私の得意料理だ。味わって食べるがいい。
「お酒もありますよ」とワインを勧めると「おお、そいつはありがてぇ」と男達は喜んで酒を飲んだ。
子供達はお腹が空いていたのか、夢中で食べている。
……数人の子供の頬が腫れている。男達に殴られた後だ。さらに腕や足にも打撲痕。
子供になんてことしやがる。
すぐに回復魔法をかけてやりたいが、今は我慢だ。
「二階のベッドでお休みになったらどうです? お部屋はたくさんありますから一人ずつゆったり眠れますよ」
誘いかけるとあっさり彼らは二階に上ってベッドに入り、眠ってしまった。
霧に行く手を阻まれ山道を迷いに迷った後、ここにたどり着いたと言っていた。そりゃあ疲れただろう。
全員が二階に行ったのを見届けた後、私は一人息をついた。
「ふう、上手くいったな」
まずは一安心だ。
ブラウニー達が周囲を偵察した結果、他の仲間の姿はない。
後は二階の男達を捕縛すればおしまいだ。
最初に掛けたのは、眠りと麻痺、そして回復魔法の三つの魔法だ。
どれも効果は弱いが、三つ目の回復魔法がポイントだ。
回復魔法にはほんのわずかだが気分が高揚するという効果がある。特に光魔法はこの「なんとなくいい気分になる」効果が高い。
私はその光属性の魔法使いである。
そこに眠りと麻痺が加わると、旨い酒でも飲んだようなほろ酔い気分になり、術者に好感を持つ。
言ってみれば魅了魔法を掛けられたような状態になる。
魅了魔法ほど強力な効果はないが、気づかない程度にさりげなく思考を誘導することが可能だ。
現に人さらい達は大人しく風呂に入り、着替えて、食事を取った。
相手の嫌がることをしなければほとんどの場合、素直に従ってくれる。
男の一人は「なあ、一緒に寝ようぜ」と誘いかけてきたが、「後で行きますよ。先にベッドに入っていて下さい」と躱すと疑うことなく「へへっ、そんじゃ待ってるぜ」とニヤニヤ笑いながらあっさり二階に向かう。
眠らせるまでは成功したので、お次は体力を消費させて捕縛だ。
これは少々危険な作業だが。
「リーディア、俺達が行く」
とブラウニー達が志願を申し出てくれた。
「大丈夫か?」
心配になって聞くと、
「大丈夫だ」
「あいつら僕らが見えないみたい」
「もう眠ってるし」
と三人は答えた。
「じゃあ頼むよ。危険そうならすぐに逃げるんだぞ」
私はブラウニー達にローション瓶を渡した。
魔蜂の蜂蜜には軽い催淫効果と抗菌作用があり、スライムの体を搾って出る体液はぬるぬるしている。
混ぜ合わせると娼館必需品の大人のローションになる。
魔蜂の分泌液は魔法を掛けられるとその効能が高まるという性質があり、魔蜂に刺された時に回復魔法を掛けるとかえって毒や麻痺の効果を強めてしまうのはこれが原因だ。つまり魔蜂の蜜に回復魔法を掛けると催淫効果が高まる。
これを局部に塗りつけると、精力がアップするとその筋には人気だ。
だが使用には注意が必要で、効果がありすぎて眠っている間は夢精を、起きている間は自慰行為がやめられなくなるそうだ。
なんでそんなことを知っているというと、魔法使い養成所ではローションに回復魔法を掛けるのが割の良い小遣い稼ぎとして有名だったからだ。
「変なこと聞いたな」と若かりし日に困惑した知識が役に立ってしまった。
魔蜂の蜂蜜を持っているのは別段そういうコトに使う訳ではなく、魔蜂に刺された時の応急処置としてダンジョン周辺の住人は大抵家に常備している。
隙を見て捕縛してもいいんだが、男五人。こちらは女性一人なので、出来る限り体力を削った後にしたい。
今の私はちょっと魔法が使えるだけのただの女性だ。慎重を期さねばならない。
ブラウニー達が部屋に忍び込んでしばらくするとあんまり聞きたくないくぐもった男の声がして、
「上手くいったぞ」
とブラウニー達が出てくる。
それを繰り返すこと五回。
明日の掃除が大変そうだなー。
子供達はどうしようと思ったが、私の暗示はかなりよく効いて、見張りもなく子供達だけでまとまって眠っている。
子供達もとても疲れたのだろう。熟睡している。
可愛そうだが、一番大きな子だけを揺すり起こし、身振り手振りを交え片言で語りかける。
「ワタシ、オマエタチタスケタ、モウダイジョウブ。アンシン」
通じたらしく、彼は眠い目を擦りながら喜んだ。
「ネロネロ」
眠るように促すと、彼は頷いて「アリガト」と寝てしまった。
起こさないように注意しながら回復魔法をかけた。
二時間くらい経った後で、男達の部屋をのぞき、眠っていたり放心したりしている彼らをシーツで簀巻きして縄で縛る。
これで安心だが念のために見張りをしないといけない。
「明日町で応援を呼ぶことにして、今日は寝ずの番かな」
と思ったが、ジャック・オー・ランタンと魔獣猫が珍しく母屋の二階に上がってきた。
ジャック・オー・ランタンがカラカラと頭を鳴らす。
「自分達が見張るって」
とブラウニーが通訳した。
「ああ、ありがとう。それは頼もしい。……おや?」
彼らの後ろからもう一体、のっそりと現れたのは霧を纏った猪だった。
「フォグボアか?」
以前読んだ妖精の本に記されていたこの辺りで信仰されている山に住む精霊フォグボアではないだろうか。
霧の猪の姿をした精霊で、濃い霧を発生させ、人を惑わしたり、逆に人を助けたりとその行動は精霊らしく非常に気まぐれだ。
「ああ、霧は君のおかげか」
だが、この場合は子供を助けようとしたのだろう。
霧を発生させて人さらいをここに呼び寄せたようだ。
霧は人を惑わす効果がある。
彼らが暗示にあれほど掛かりやすかったのは、霧の猪が私の力を増幅させてくれたせいだ。
彼らが人さらい達を見張ってくれたので、ゆっくり休むことが出来た。
そして翌朝にゴーラン騎士団の熊男がやってきた。






