18.困った時のハンバーグ
夏の朝は畑の収穫から始まる。
実をもぎ、必要なら添え木をしたり、不要な枝や芽を摘む摘心もやる。
山のすぐそばにある我が家は近隣に比べ涼しい、と訪れる人々は口を揃えて言うが、住んでいる私本人の感想としては、真夏の真っ昼間は普通に暑いので、こうした作業は朝に済ますことにしている。
収穫した野菜を抱えてキッチンに戻り、朝食を作っていると、ブラウニー達がやってきた。
「リーディア、牛と馬の世話をしたぞ」
「したぞ」
「鶏小屋はまだだぞ」
「ああ、ありがとう。おはよう、ブラウニー達。一緒に食べるかい?」
三人とも頷いたので、私は彼らの分も用意する。
メニューは採れたての野菜サラダとベーコンエッグ、パン。それと摘果メロンのピクルス。
我が家の庭にメロンがあり、メロンは生った実をそのままにしておくと養分が分散してしまうので実を一つか二つ残して後は摘果する。
その摘果メロンを漬けたピクルスだ。
残ったメロンの実はもうすぐ収穫出来るくらい大きくなってきた。甘いメロンを作るコツはたっぷり日光に当てて、収穫の直前は水を与えすぎないことだそうだ。
「リーディアさん、来たよ」
少しして町から畑の手伝いをしに、少年四人組がやってきた。
小麦の麦刈りが終わり、干した後は脱穀、脱穀した実はサイロでさらに乾燥させる。遅れてライ麦など他の麦の収穫が始まり、やはり干した後、脱穀。
麦以外の畑も追肥に秋冬野菜のための種まきや育苗。
夏の日差しににょきにょき生えた牧草地の草を刈ってサイロに入れ、家畜の冬の餌をこしらえる。
「やったことなかったから知らなかったが、農家って大変だなー」と思う日々である。
少年達がいてくれて本当に良かった。私一人ではお手上げだ。
「おや」
作業中、街道の方から馬の足音が聞こえた。
「リーディアさーん、いらっしゃいますか?」
と大声で私を呼ぶのはゴーラン騎士団の若手騎士だ。
熊男はいたりいなかったりだが、その後も彼らは時折我が家にやってきた。
人通りが多いと、山賊も多く出る。特に夏の間は頻繁に街道を巡回しているそうだ。
表に回り、馬に乗った騎士に声をかける。
「はい、何かご用でしょうか?」
騎士は私を見るとぺこりと頭を下げた。
「騎乗にて失礼するっス。隊長より伝令を預かっております。またここで休ませてもらってよろしいでしょうか」
「もちろんですよ。何名様?」
「総勢十五名です。ああ良かった、じゃあ自分、伝えてきます!」
彼と馬は猛然とフースの町に向かって駆けていく。
ふむ、騎士達が休憩に立ち寄るようだ。
フースの町にも当然料理屋はあるが、町の厩より我が家の放牧地の方が馬には快適だ。
騎士は馬を大事にするので、馬がしっかり休める我が家を選んだようだ。
後一時間すればお昼時。彼らも腹ぺこだろう。
昼食の用意をしよう。
さて、何がいいか?
騎士十五名に少年四名、私とブラウニーだから、二十名プラスα。
騎士も少年達も一番好きなのはボリューム満点の肉料理。
豚と牛のかたまり肉があったな。
「じゃあお昼はハンバーグにしよう」
「リーディアさん、手伝うことある?」
ノアともう一人の少年カシムがキッチンに来た。
カシムはノアより一つ年上。料理に興味があるようで積極的に厨房の手伝いをしてくれる。
「ああ、助かるよ。ハンバーグにしようと思うんだ。カシムは肉を叩いてくれ。ノアは野菜を洗ってくれないか?」
みじん切りにした玉葱、ニンニクをしんなりするまでバターで炒める。それと包丁で刻み挽肉にした牛肉と豚肉、パンをすりおろして作ったパン粉、ミルク、卵、塩コショウ、ナツメグなどのハーブを混ぜ合わせ、ハンバーグのタネにする。
成形したハンバーグは一度フライパンで両面に焼き色を付けた後、余熱したオーブンに入れて十分少々で出来上がり。
保存しておいたデミグラスソースとケチャップを混ぜ合わせると子供も大人も食べられるハンバーグソースになる。
付け合わせはじゃがいものと人参、インゲン、ポルチーニ茸。ソースの味が濃いめなので、蒸すだけでいい。
「うーん、スープは何にしよう。君達は何が食べたい?」
私の問いかけにノアとカシムが口を揃えて言った。
「「コーンスープ」」
子供はコーンスープ好きだなー。
じゃあスープはコーンスープで、それともう一品作ろう。
街道を行く行商人から干し鱈を買った。
時間がない時は煮ると早く戻せるそうだ。その時ちょっとミルクを加えると臭み取りになる。
作るのは、干し鱈のコロッケだ。
茹でてマッシュしたじゃがいも、小麦粉、みじん切りにした玉葱、パセリ、卵、胡椒、そこにほぐした戻し干し鱈を入れる。形を整え、小麦粉をまぶしてきつね色に揚げる。
揚げ油は豚の脂肪だ。この辺は豚の飼育が盛んなのでラードが他領に比べると少し安く手に入る。
あとはズッキーニとトマトとレタスとルッコラのレモンドレッシングサラダ。
もう少しで料理が完成という頃に、騎士団十五名が到着した。
砦からフースの町までゴーラン騎士団の団長でもある領主を送り届けた帰りらしい。
隊長は熊男である。
「あの方に護衛なんざ必要ないが、まあ夏の今時分は山賊もよく出る。嬢ちゃんも気をつけろよ」
熊男はこの夏で二十七歳の私を「嬢ちゃん」と呼ぶ。
次に熊男は少年達に言った。
「お前達もだ。子供だけで森の奥に入るなよ」
「「「「はい」」」」
強面の熊男にそう言われて、四人はビシッと返事を返した。
領主がわざわざ視察に来るのは、こんな領地の端っこまで目を光らせているというアピールだ。
おかけで領民は平和に暮らせる。
王家と距離を置くゴーラン辺境伯は中央部では噂にも上らぬ存在だった。あるいは「土臭い田舎者」と揶揄された。
そんな中でも一部で根強くささやかれていた「辺境伯は切れ者」って話は本当かもなと思った。
食事は騎士と少年達に大変喜ばれた。
やはり肉で正解である。
デザートは夏に美味しいブラマンジェにした。
材料はアーモンド粉、ミルク、砂糖、水、生クリーム。それをゼラチンで固めた白いプリンだ。
「食事代はこいつで頼む」
出立前、熊男は私に握りこぶし大の火の魔石を渡してきた。
「いいんですか?」
このくらい大きいと結構値が張るんじゃないだろうか?
「ああ、デカイが純度はそれほど高くないからな。そんなありがたがる代物じゃねぇよ。風呂炊き用にでも使ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
私が魔法を使えることはおそらく熊男にばれている。あまり隠しきれるものではないのだ。
だが簡単な魔法が一種類だけ使えるという人も含めると魔法人口は二十人に一人くらい。特段珍しくはない。
むしろ生活魔法の類いは学校で習わせた方がいいんじゃないだろうか? 辺境では必須だぞ。
「今日も旨かった。いい腕なんだから料理屋をやりゃあいいのに」
熊男から店を開けばいいと言われるのはこれで二回目だ。
最初にその言葉を聞いた時は、即座に「ないな」と思ったが、この時私は、
「それもいいかもしれませんね……」
と答えた。






