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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
楡の木荘の春と夏

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07.魔法のかかしと春の雨

 ジャック・オー・ランタンはカボチャ頭に案山子の体で、ゴーレムと呼ばれる人造生命体の一種だ。

 ゴーレム魔法は私の得意魔法の一つで、かつて南部に従軍した時は、巨大な光のゴーレムを召喚し、敵をひるませたこともあった。

 直後に魔力枯渇でぶっ倒れたが、敵は一斉に退散したのでその甲斐はあったというものだ。

 あの時は異界の生命体である光の巨人を召喚したが、今回のジャック・オー・ランタンは畑を害獣から守ってもらうため、魔石をコアにした人造生命体を作る。

 両者は一見異なる魔法のように見えるが、光の巨人とジャック・オー・ランタンの魂という『何かを召喚する』という点が共通している。同じ召喚魔法という種類の魔法だ。


 ジャック・オー・ランタンの錬成は初めてだが、『緑の魔女達』を読む限り、戦闘用のゴーレム錬成と大きな違いはないようだ。

 材料は野菜とあってストーンゴーレム等よりは耐久性が低い。

 だが畑と相性が良く、ジャック・オー・ランタンが一匹いると豊作になるらしい。


 そして制作に入ったが。

「はぁ」

 私は思わずため息をついた。

 たかが小型ゴーレムを一体作る程度なのに、魔法陣を組まないといけない。

「ちょっと前まではこんなこといちいちしなくて良かったのに……」

 私はそうぼやきながら我が家の納屋で、ジャック・オー・ランタン錬成のための魔法陣を書く。

 納屋の一階部分は倉庫になっていて、片づけるとかなり広い。魔法陣を書くにはもってこいの場所だった。


 ジャック・オー・ランタン制作に必要な材料は「焼いた塩」、「一つかみの砂金」、「香草」、「魔力の土」など。

 比較的入手が容易なものばかりで町の魔法使い用の道具屋で既に購入済みだ。

 食料庫にあったしなびたかぼちゃと適当な野菜、棒などでかかしの形を作り、帽子と野良着を着せ、心臓部に当たる場所に魔石を置く。


 次に短剣、杯、棒、ペンタクルス、護符、蓮棒、香炉なんかの道具を魔法陣の正しい場所に設置する。

 今回は『真理』を意味する魔法陣を敷く。人が造りしものとはいえ、曲がりなりにも命を生み出すのに必要な作業だ。

 かつての私は魔力を使い、この魔法陣ごと錬成することが可能だったが、今の私の能力ではきちんと手順を踏まないと魔力が足らない。

 そして私は呪文を唱えた。


「万物の根源たる魔素(マナ)よ。わがしもべに命を吹き込みたまえ。リーディア・ヴェネスカが命ずる。ジャック・オー・ランタン、目覚めよ!」






 ***


 ……次に目覚めた時、私はベッドの中だった。


 私室の天井を見つめながら、まだ朦朧とした頭で考える。

 何があった?


「気づいたのか?」

 そう問いかけるのは窓枠に腰掛けたブラウニーで、私はぼんやりと思い出す。


 そうだ、私は、ジャック・オー・ランタンを召喚し……。

「魔力不足で倒れたのか……」


「そうだ」

 ブラウニーは頷いた。

「ここに私を運んだのは?」

「お前が作ったかかしだ。今は外で畑を見張っている」

「そうか……」

 どうやらジャック・オー・ランタン制作は上手くいったようだな。


 ブラウニーは少しくたびれた様子だ。

 私は彼に問いかけた。


「私は何日倒れていた?」


「二日だ」

「そうか、すまなかったな、二日も食事抜きか」

 ブラウニー達は家の中のものを勝手に食べたりはしない。

 彼らは住んでいる家の住人の感謝と共に捧げられた食事を食べるのだ。


 だがブラウニーは小さな頭を横に振って素っ気なく言った。

「それはいい」

「馬や牛の世話は?」

「やっておいた。鶏の世話も」

「ありがとう、ブラウニー」

 日に一杯のミルクで我々の契約関係は成立している。

 約束が果たされない間の家事はブラウニー達の好意だった。



「よっこいしょ」

 と私は身を起こす。

「大丈夫か?」

 ブラウニーが私に問いかける。

「ああ、大丈夫」

 しんどいが、なんとか動けそうだ。

 そもそも怪我や病気ではない。単なる魔力不足だ。

 疲労困憊した状態、というのが一番近いだろう。


 ゴーレム制作は魔法の中でも難易度の高い魔法といわれているが、私は特に難しさを感じたことはなかった。

 しかし今の私では想定以上の魔力消費だったようだ。


 私はふうふう言いながら、キッチンに向かい、ブラウニー達が搾っておいたミルクを火に掛ける。

「リーディア、大丈夫?」

 もう一人のブラウニーもやってきた。

「ああ、大丈夫。心配掛けたね」

 私は彼らにミルクをやって、私も一杯飲んだ。


 まだ本調子ではないようで、それだけで私の体は音を上げた。

 ジャック・オー・ランタンやオリビアやケーラ達の様子を見に行きたいが、限界のようだ。

 私はまたヨロヨロと二階の自室に戻り、毛布の中にくるまった。



 たったあれだけの魔法すら私は満足に出来ない。


「うっ……ううっ……」

 魔法の力を失ってしまったことがただ悲しく、私は泣いた。


 もう無敵の魔法騎士リーディア・ヴェネスカはこの世のどこにもいない。


 馬や牛も鶏もブラウニー達のおかけで飢えずにすんだ。

 ジャック・オー・ランタンが私をベッドに運んでくれねば、私は納屋で倒れたままだったろう。

 ブラウニー達の優しさやジャック・オー・ランタンの献身に感謝する前に、私は己の不運を嘆いているのだ。

 こんな時も私は自分のことしか考えられない。

 その卑小さもまた情けなく、私の涙は止まらない。


 だが、今日くらいは許してほしい。

 窓の外は雨が降っている。

 それは私を慰めるような、優しい春の雨だった。







 ***


 その後の数日はただぼんやり過ごした。


 再びやってきた少年達が、畑仕事をしてくれて本当に助かった。

 ささやかなお礼として私は彼らに食事を提供し、少年達の嗜好を掴んできた。

 例えばボリューム満点の肉入りのサンドイッチ一個より、ハムとチーズの簡単サンドイッチでいいから、ラスク付きがいいらしい。

 彼らのおやつの範囲は大層広く、ふかした芋にバター塗ったやつとか、じゃがいものパンケーキ、すりつぶしたアーモンドと蜂蜜で作るアーモンドバターを塗ったパンで大喜びしてくれる。

 おやつがないとテンションが急降下するので、おやつは欠かさないことにした。


 この傾向はブラウニーも同じで、彼らも仕事の駄賃にお菓子をねだる。




 春は北の冷たい空気と南の暖かい空気がぶつかり、俗に『春の嵐』と呼ばれる強い風が吹く季節でもある。

 特にこの辺りは春が終わりかけの五月に強い風が吹き荒れる。

 さて、こんな日は早く寝てしまうに限る。

 いつもより少し早い宵のうちに鎧戸を全部締めきり、牛や馬や鶏の様子を見た後、母屋に戻ろうとして、

「……?」

 私は耳を澄ませる。

 辺りはごうごうと大きな音を立てて風が吹いているが、その風の中、

「助けてー!」

 小さな声が聞こえる。


 私は走った。

 一度母屋に戻り、ほうきの横に立てかけておいた木製の剣を手に取る。

 騎士時代に使っていたブロードソードもあるが、重くて今の私には手に余る。

 護身用の武器として使うには、木剣くらいがちょうどいいのだ。


 そして助けを求める声のする方、牧草地へ駆けた。


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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中
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