06.フォン作りとイラクサのスープ
少年達を皮切りにその後、ポツリポツリと我が家に人が立ち寄るようになった。
山に入りたいという人もいるし、空き家でないことを知った人が雨宿りに来ることもある。
「お礼に」とうさぎ肉を貰ったのはそんな時だ。
姿形が可愛い生き物なので食するのに少々抵抗があったが、皮まで剥いでもう食べるだけという状態だったので、バターソテーにして食べた。
美味しかった。
田舎ではよく食べられる肉だそうだ。
ソテー以外にどんな食べ方があるのか、町に行った時に肉屋のおかみさんに聞いてみた。
「ああ、美味しいうさぎ肉ならワイン煮、クリーム煮、マスタード煮、ロースト、なんでもござれよ。ミンチ肉にしてもいいわ」
うさぎ肉は鶏肉に似た味だ。鶏肉で美味しい料理なら何でもイケるらしい。
「ただねぇ、美味しくないうさぎ肉は、食べられる部分が少なくて、肉も固くて臭みがあるわね。狩猟期のまるまる太ったやつじゃなければ、思い切ってだしにするのも手よ。美味しいだしが出るわ」
美味しいうさぎ肉と美味しくないうさぎ肉の二種類があることを初めて知った。
美味しいうさぎ肉とは食用として飼っているうさぎのことで、美味しくないうさぎ肉は野生のうさぎのことらしい。
しかし冬など食材が乏しい時にはどちらのうさぎ肉もご馳走である。
作り方は鶏肉のフォンと同じだそうだ。
「ありがとう。勉強になります」
とお礼を言う。
「いいえ、いいわよー。それより、リーディアさん! 聞いたぁ?」
おかみさんの目がキラリと光る。
親切で物知りでいい人なんだが、大の話し好きなのだ。
「何をでしょう?」
「いやぁねぇ、今町で一番の話題と言えば、ご領主様のことよ!」
数日前、近隣の町ロビシアで春を祝う祭りがあったらしい。領主も祭りに参加し、今年一年を占うくじをしたそうだ。
小麦の束を引いたらその年は豊作とか、コインを引いたら金運がいいとかいうあれだ。
今年、領主が引いたのは、一輪の赤いバラだった。
バラは運命の人に出会えるという意味らしく。
「もう、キャーって感じで、若い娘さん達は大変よ。仕立屋は大忙しでまた大変」
「なんで?」
「今からドレスを仕立てるのは無理だけど、少し目立つように仕立て直したり、コサージュを付けたりしたいじゃない?」
「はあ……?」
そんなものか?
「うちの町の春祭りは過去最高の人出が予想されているわ」
ちなみにフースの町の春祭りは三日後だ。
「なんでですか?」
「決まってるじゃない、領主様と春祭りで運命の出会いをするためよ。祭りの日、大勢の人だかりの中、ハッと領主様が見上げるとそこに運命の人が……。素敵じゃなーい!」
おかみさんは感動している。
「はあ……」
よくわからんが、確かに町娘と領主が出会うのは祭りくらいしかタイミングはなさそうだ。
領主に出会うため、近隣のみならず少々遠方の娘さん達まで、祭りに参加の予定らしい。
「リーディアさんもお祭り、来るでしょう?」
「いえ、行くつもりはありません」
覗いてみたい気もするが、まだ家は片付いてないし、混雑が予想されているならあまり来たくない。
それに可能性は薄いが、領主や騎士達は『魔法騎士リーディア・ヴェネスカ』を知っているかもしれない。居所を知られたくない私は慎重に行動することにした。
「あら、残念、リーディアさん美人なのに。きっと領主様もイチコロよ」
「どうもありがとう。お礼にソーセージ買います。あと羊の骨付き肉と鶏一羽ください」
「毎度あり」
フォンの話をしていたら、美味しいスープが食べたくなった。鶏でスープを作ろう。
本を返しに貸本屋に行き、棚を眺め、良さそうな本を探す。
「おっ」
見つけたのは、『緑の魔女達』というタイトルの本。
ここ、農村地帯で役立つ生活のための魔法を集めた魔法書だ。
今は攻撃魔法が至上とされているので、こうした小さな魔法はあまり日が当たらない存在になってしまった。
「……………………」
あ、いかん。
中身をちょっと確認するだけのつもりだったが、つい読みふけってしまった。
しかし探していた魔法が載っていた。
それから魔石屋に行き、いつものクズ魔石ではなく、もう少しランクの高い魔石を買って帰った。
帰り道、街道沿いにたんぽぽが咲いていた。
たんぽぽの花は農夫の時計とも呼ばれている。
朝に開き、夕方に閉じて野にいる人々に時間を教えてくれるからだ。午後を過ぎて、花は少し閉じかけていた。
さて、たんぽぽの花が閉じてしまう前に家に帰ろう。
***
帰宅した私は早速鶏のフォンを作ることにした。
内臓を抜いた鶏を肉の部分は取り除き、適当な大きさに切る。
肉以外の部分、鶏ガラを一時間ほどオーブンでこんがりと焼く。
次に玉葱、人参、セロリ、にんにくなどの香味野菜を炒め、共に煮る。
沸騰しきらない温度、80度から90度くらいで灰汁を取りながら四~五時間煮て、濾したものがフォンである。
フォンは味の決め手だ。スープやソースの元になる。
取り除いた内臓はレバーペーストにする。
丁寧に血抜きしたレバーをみじん切りした玉葱、にんにく、きのこと一緒に炒め、火が通ったらワインとローズマリー、オレガノと共に少々煮る。すり鉢ですりつぶしてバターと生クリームを加えさらにすりつぶすと出来上がり。
これはパンに付けて食べると美味しい。
心臓はにんにくときのこを入れてオイル煮に。
肉は四分の一は今夜の夕食だ。玉葱ソースをたっぷりかけたソテーがいい。
余った分はワイン漬けと塩漬けにして保存する。
下準備はこれで完了。
翌日、私はイラクサを摘みに牧草地に向かう。
だがその前に準備が必要だ。
ネトルは葉っぱにとげがあるので、丈夫な皮の手袋と皮のエプロンがいる。
装備を身につけて私はネトル摘みに出かけた。
ネトルは春によく見かけるハーブだ。青々しく茂っている葉を摘み取り、熱湯で十五分ほど茹でる。茹でたネトルは細かく刻んでおく。
薄切りにした玉葱とじゃがいもを炒め、昨日作っておいたフォンを入れる。そこにネトルを加えて煮る。簡単に裏ごしして、生クリームや塩胡椒で調えたらネトルのポタージュスープの出来上がりだ。
スープは野趣を感じる良い味に仕上がった。
今まで適当な野菜や骨、余ったきのこでなんとなくだし汁っぽいものを作って使っていたが、フォンを使うと味が全然違う。格段に美味しくなった。
面倒だが、フォンやスープ用のだし汁であるブイヨンはきちんと作ることにした。
最終的にはビーフシチューを作りたいものだ。
あれは鶏ではなく牛骨でだしを取るのだ。
なかなか上手くいったと悦に入る私だが、先ほどネトルを採りに行った時に畑が少し荒らされているのを見てしまった。
あれは多分うさぎの仕業だ。
うさぎは農家にとって害獣で、駆除しないといけないのだ。
被害が大きくなる前に、先ほど読んだ本と買ってきた魔石で魔法のかかし、ジャック・オー・ランタンを作るとしよう。






