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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
楡の木荘の春と夏

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04.フースの町の貸本屋2

「じゃあなにをしに来たんだ?」

「怪我をしてそれまでの仕事を引退したんで、しばらくはゆっくり料理でもして過ごそうと思いまして」

「ほお? 都会の人は変わったことを考えるね」

 からかうような声で言われたが、嫌な印象は受けなかった。


「それで? 怪我はもういいのかい?」

「はい、そっちはもう……」

 怪我は治ったが、魔術回路の損傷は治らなかった。

 人間が魔法を使える仕組み自体が本当はよく分かっていない。回復魔法で癒やせないのなら、それ以上治療の方法はないのだ。


 浮かない顔をしていたのだろう。

 ジェリーは慰めるように私に言った。

「まあ、生きていればいいこともあるさ」

「……そうですね」



「山の仕事で生計を立てるつもりがないから、町の住人を山に立ち入らせてくれんかね」

 とジェリーは私に頼んできた。

「はあ……?」

 どういうことだろうか?


「アンタさんの敷地にある山と森にはきのこや薪や珍しい野草なんかが生えている。『楡の木』はそれを町の住人に自由に採らせてくれていたんだ」


『楡の木』――前の主人が亡くなって、その夫人が家を維持出来ずに売りに出し、家と山はゴーラン領主預かりになった。

 つまりあそこの土地の保有者はつい最近まで領主だった。


「領主様の管轄地に住民は立ち入っちゃいけないことになっている。領主様はケチなお方じゃないから、お目こぼししてもらえるだろうが、まあ決まりだからね」

 直轄領というのは大抵そういうものだ。

 厳しい領主は本当に厳格に領民の立ち入りを禁止し、見つけ次第殺してしまうという話も聞く。


 ゴーラン領主は自身が所有する山や森を特段の事情がなければ一般人も解放しているそうだが、『楡の木』はいずれ誰かに売り渡す土地だ。厳密には領主は土地を預かっている状態なので、人々の出入りは制限された。


 あの『楡の木』の家と畑だけ、あるいは山だけ欲しいという住人はいたのだが、両方買いたいという者はいなかった。

 そうこうしているうちに私があの家を買い取ったという経緯らしい。


「以前のように自由に山に入らせてもらえたら、皆喜ぶ」

「あのう――」

 私は困ってジェリーに尋ねた。


「確かに山の仕事はしないので、山に立ち入ってもらっても構わないのですが、荒らされるのは困ります」

「ああ、そりゃ分かっている。敷地内に入れるのはアンタさんの好意だ。『楡の木』の頃から町の住人は山を荒らすような真似はしてないよ。国境も近いから騎士団も目を光らせている」

「そうですか。なら、構いません」


 ジェリーはパッと顔色を明るくする。

「そうか、では小麦のことはあんまり心配せんでいいよ」

 ジェリーが言うには、森に入る許可をやれば大体二割から三割くらいの採取したものを場所代としてもらえるらしい。

 場所代は採取したもの以外にそこの家でとれた野菜やくだもの、鳥獣の肉など。


 そんなのもらえるのか?

 なんだか楽しみになってきた。



「挨拶のついでに、畑のことを聞いたら誰か教えてくれるさ」

 と言った後、ジェリーは「ふむ」と私を見つめた。

「アンタさん、旦那はいるんか?」

「いえ、夫はおりません。一人暮らしです」

 防犯上、家庭環境をつまびらかにするのは良くないが、ジェリーには正直に話すべきだと思い、私は答えた。


 ジェリーは片手を振る。

「じゃあ、男は駄目だな。若い男はもってのほかだが、わしみたいに若くない奴も駄目だ。アンタさんは美人だからな、気をつけな」

「はい、そうします」


 美人云々はともかく、婦女暴行しやがるやからは女なら誰でもいい連中ばっかりだ。

 気をつけるに越したことはない。



「ちょうどいいのを用意するから、待ってなさい」

 とジェリーは言った。

「『ちょうどいいの』とは?」

「近隣の子供達だよ。あの辺りで薪だのきのこだのを拾って小遣い稼ぎをしている。お礼にサンドイッチでもやれば大喜びだ」

「サンドイッチ?」

「パンにハムかチーズを挟んだ簡単なやつでいい。面倒ならパンにバターでも塗ってやんなさい。パンはパン屋で黒パンを買えばいいさ」

「パンならあります。ですがお礼はそれでいいんですか?」

「ああ、あのくらいの年の子はいくら食べても空腹だからね。お礼は食べ物がいいのさ」





 貸本屋で何冊か本を借りた後、私は魔石屋に立ち寄った。

 冒険者や魔法騎士や魔法使い達は様々な魔法の補助として純度の高い魔石を欲しがる。

 後は宝飾品として貴族が好む。

 なので、王都で売っている魔石は純度が高く値段も高い。

 だがダンジョンに近いここでは純度の低いものや使いすぎで色があせてきた中古品なんかも取り扱っている。

 もちろん純度の高い魔石も売っているが、私が欲しいのは魔石屋の軒先で二束三文で売られている安価な魔石だ。


 例えば水の浄化用の魔石。

 これは樽一杯の水を浄化するのに大体一時間かかる。だがためておいた雨水を浄化したいならこれで十分だ。


 次にいいなぁと思ったのは、火の魔石。

 大鍋一杯の水を沸騰させるのに一時間ほど掛かる。

 風呂を沸かすのにちょうどいい。


 我が家の風呂は薪で沸かすタイプだが、一人だとこれはかなりめんどくさいので困っていた。

 魔石があれば風呂も楽に楽しめる。


 その他諸々、馬車いっぱいに荷物を積んで、私は家に帰った。




 家に戻った私は早速借りた本を読んでみた。


 一冊目は妖精の本だ。

 王都なら魔法使いが読む専門書の扱いだが、ゴーランでは妖精は身近な存在だ。

 人とは異なる理屈で動く彼らに対する注意もかねてこうした本は書かれている。

 妖精はいたずら好きで赤ん坊をすり替えてしまったり、旅人を道に迷わせたりとかなり迷惑なことをする。

 本によると良い妖精もいるが悪い妖精もいる。

 悪い妖精は理由もなく人を病気にしたり、呪ったり、家畜を衰弱させたりするらしい。

 良い妖精は人を助けてくれる存在だが、彼らを怒らせるととても危険らしい。

 屋敷妖精ブラウニー達についても書かれていた。

 彼らは家事全般が得意で食器洗いに洗濯、掃除、畑仕事、動物の世話と何でもやれるが、殺傷は苦手。

 だから肉や魚の料理を作ったり、害虫駆除はやりたがらない。


「あ」

 そこまで読んで私は気づいた。

 うちのブラウニー達に肉も魚も食べさせてしまったが、良かったのだろうか?

 あわてて続きを読むと、作るのが苦手なだけで、人間が作った食べ物は好んで食べる。

 さらに妖精は魔素を主な栄養としており何も食べなくても死ぬことはないと言われているが、そうでもないという説もあり、要するによく分からない。

 殺傷しない料理を作るのは得意で、特に彼らの作るチーズは絶品らしい。


「ふーん」

 いいことを知った。

 我が家のブラウニー達も頼んだら作ってくれないだろうか?



 二冊目はゴーランを書いた旅行記だ。

 この辺りの郷土料理としてダンジョンの魔物料理が書かれていた。

 ここ、ゴーランでは強さを求めて、強い魔獣の肉を食べるという風習があるらしいが、その肉はとても美味しくないそうだ。

 逆に美味しい魔物もおり、魔豚という豚に似た魔物の肉は非常に美味しいらしい。

 一度食べてみたい。





 ***


 数日後。


 その後も私はパンを作り続けていた。

 初回の失敗を生かし、小麦粉を混ぜてみたり、ナッツやドライフルーツを入れたり、ちょっと膨みが足りない時は王都で買ってきた重曹を少々加え、小麦粉を足して発酵し直すという荒技を身につけたので、初日ほどの大失敗はしなくなった。

 だが、いまだにパンは美味しくはない。


「すごく美味しくない」から「やや美味しくない」になったが、「美味しくない」という属性は捨て去り切れていない。

 その日の朝、美味しくないパンを食べ飽きた私は、パスタを作ることにした。


 町に出かけた時に、パスタ用の小麦粉というのを買ってきた。

 雑貨屋のおかみさんに作り方も習っている。


 まず、小麦粉を振るって、卵、塩、オリーブオイル、水を入れて混ぜ合わせる。捏ねて一つにまとまったら、次に生地を清潔な袋に入れて、足で踏む。しっかり踏む。平たくなったら少々寝かす。

 足で踏むところが謎だが、そのくらい力を込めて捏ねるものらしい。

 寝かした生地は麺棒でのばして細長く切る。

 これで出来上がりだ。

 出来上がった麺をお湯で茹でればパスタになる。


 日持ちは冷暗所で二日程度だが、よく乾燥させれば一年くらい持つようだ。

 備蓄にはもってこいである。


 パスタの具はモリーユ茸にしよう。

 玉葱とにんにくはみじん切りにして、戻した乾燥モリーユ茸とベーコンは食べやすい大きさに。フライパンで炒めた後、生クリーム、牛乳、バター、白ワインを入れて、味をなじませる。胡椒で味を調えたらモリーユ茸のパスタの完成だ。

 他にクレソンとゆで卵のサラダも作った。


「あ、美味しい」

 パスタはかなりいい出来だった。

 乾燥した方が味が良くなるというモリーユ茸だが、本当に美味しい。

 思わず声を出るくらい美味しかった。

 クレソンも柔らかく、サラダも上々の出来映えだ。




「しばらくぶりに美味しいものを食べたな……」

 今、私は田舎暮らしを満喫している。

 食後の一杯、クレソンを摘んだ時に見つけたミントで作ったハーブティーと共にしばし感慨に浸る私だった。


「あのー! 誰かいませんかー!」

 勝手口から大きな声が聞こえてきたのはその時である。


 やってきたのは、七歳から十歳ほどの四人の少年達だった。

「はいはい、何か用かい?」

 少年達はハッと息を呑んで、

「おい、お前が言え」

「お前が言えよー」

「じゃあ、ノアだ」

 しばらく誰が私に返事するか押しつけあっていたが、少年の一人が他の子に押し出され、若干びくつきなから私に声を掛けてきた。


「あの、僕達、森に入っていいって聞いて来たんですけど」

「ああ、ジェリーさんに聞いてきたんだね」

「はい、そうです。ジェリーさんは校長先生の友達なんです」

 彼らはフースの町の学校に通う子達らしい。


「まあ、中に入りなさい」

 と私は彼らをキッチンに招き入れた。


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― 新着の感想 ―
卵の入ったパスタは日保ちするのかなあ 打ち立て、茹でたては美味しそうだ で 校長先生の名前はトムさんだったら要警戒
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