13.幸福なキス2
昼食には遅く、夕食には早いという中途半端な時間で店内には客の姿はまばらだ。
一番近い席に座るのは私達の護衛であるゴーラン騎士達。制服は脱いでいるので騎士には見えないが、堅気にも見えない。下町の大衆酒場がすごく似合っている。
そんなのが近くにいるせいか、我々の周囲には誰も近寄ろうとしない。
おかげで私はアルヴィンに礼を言うことが出来た。
「両親と兄のこと、ありがとうございます」
王都滞在の間に、両親と兄に面会出来た。
我がヴェネスカ男爵家は王都から直線距離では三日程度なのだが、ぐるっと北を大回りしなければならず、七日も掛かる。
行って帰ってくるだけで半月潰れるので、滅多なことで帰らなくなった。
そんな場所なので、親兄弟に会うのは諦めていたが、アルヴィンはわざわざ人をやって両親と兄を連れてきてくれた。
両親も兄も私のことは心配していたらしい。
何もかも嫌になって何も告げずに逃げ出してしまったことを謝ったが、かえって両親からは「リーディアが辛い時に、力になれずすまなかった」と言われてしまった。
「たまには故郷に戻って来てくれ。マシャリには絶対何も言わせないから」
と兄が言った。
マシャリというのは兄の妻で、以前から「結婚しろ」とやいやい手紙でせっつかれていたのだ。
行き遅れの小姑が未婚のまま実家に戻るのを警戒していたようだ。
私が退役した後、実家に戻らなかったので、兄が「なんでリーディアはここに戻ってこないんだろう」とこぼしたら、義姉は眉を吊り上げて、「戻ってこられたらたまらないわ!」と叫んですべてが発覚した。
兄は義姉の言動については何も知らず、ひたすら驚いたそうで真摯に謝ってくれた。
そして北の辺境伯ロシェットも義姉に激怒した。
一見、私とロシェット伯は全く関係なさそうに見えるが、ヴェネスカ家は我が国では北方に分類され、北の辺境伯家の派閥の末端なのだ。
さらに私は北にも幾度か従軍したので、そのことに恩義を感じたロシェット伯は折に触れ私の行方をヴェネスカ家に尋ねていたそうだ。
話を聞いたロシェット伯は「国家のために戦った魔法騎士に向かってなんたること」と義姉を非難した。
本家の一番偉い人に怒られるのは木っ端貴族家にとってはかなりの大事だが、義姉の不運はそれだけに収まらなかった。
義姉の兄達も従軍したので、彼らは私の戦友である。
「ヴェネスカ卿は我々の命の恩人だぞ。妹のお前が恩を仇で返すとは」と怒ったらしい。実家にも帰ってくるなと言われ、義姉は針のむしろだそうだ。
そんなことになっていたとは知らなかった。
「あわてて皆にお礼と取りなしの手紙を書きました」
アルヴィンは呆れたように私を見る。
「リーディアはお人好しだな」
「そうですかねぇ」
自分ではよく分からない。
白状すると両親が世話になっているのだからと魔法騎士になってからはずっと仕送りもしていたし、金銭的な負担をかけたことはなく、義姉の世話になった覚えもないので、「そこまで邪険にしなくても」とは思う。
反面、義姉の気持ちも分からんでもないところがあり、それに義姉がいなかったとしても、あの時の私は実家には戻らなかっただろう。まあ、義姉がいたから「戻りたくないなー」と思ったのは事実だが。
大勢の人が私のために怒ってくれたのは嬉しいが、すべて、もう済んだ話だ。
「これで良かったんですよ」
と私は思う。
「しかし……」
「アルヴィンに会えたのは、義姉のおかげかもしれません。そう思うと感謝はしませんが、過剰に責められるのはかわいそうかと」
「……そうか」
そう言うと、アルヴィンは何故か気まずそうに目を伏せた。
「?」
怒っているのかと私は彼の顔をのぞき込んだ。
よくよく見るとアルヴィンはとても綺麗な顔をしていた。
アルヴィンのご母堂という方は、西の国の辺境伯令嬢で美人姉妹で有名だったらしい。
姉の方がアルヴィンの母親で、妹令嬢は西の国の王太子に見初められ、今は王妃だそうだ。
アルヴィンは目つきがきついので、まったくそうは思わなかったが、実は母親似なのだろう。
魅力的なその美貌に私はぼーっと見惚れた。
「リーディア、どうした?」
「いえ、アルヴィンは私の好みだなと思いまして」
アルヴィンは額に手を当てて顔を覆う。耳が少し紅潮しているように見えた。
「これ以上言わないでくれ」
「?」
「嬉しくて死にそうだ。さっきからものすごく恥ずかしい」
アルヴィンは照れてるらしい。
アルヴィンは『魔法使い見習いの酒』を飲み干した後、空のジョッキをトンとテーブルに置き、
「リーディア、あの『騎士見習いの酒』というのは?」
と『魔法使い見習いの酒』の隣のメニューを指さす。
「あれは確かビールと赤ワインを割ったものです」
ビールカクテルとしては割と定番なんだが、この店では『騎士見習いの酒』という名前が付いている。
「じゃあそれにしよう」
と彼は次に『騎士見習いの酒』をオーダーした。
『騎士見習いの酒』と同時に、鹿肉のソーセージ、子羊の骨付きロース肉のグリル、そして熊肉のステーキも届く。
『騎士見習いの酒』を一口飲んでアルヴィンは言った。
「なんでこの酒は『騎士見習いの酒』という名前が付いているんだ?」
「近くに魔法使い養成所の他に騎士学校と商業ギルドの学校があるんですよ。そこの学生達もこの店に良く来るんです」
食糧事情から騎士になるくらいの体作りが出来るのは貴族か一般庶民でも裕福な家の子である。貴族といえばワインだが、見習いの騎士達は量を飲みたいため、かさ増しにビールで割ったのを好んで飲む。
アルヴィンは鹿肉のソーセージと子羊肉のグリルのどちらも気に入ったようだが、熊肉のステーキを一口かじると、
「…………」
なんとも言えない顔をした。マズかったようだ。
せっかく街に来ているので色々楽しみたいと我々はこの辺りで店を出た。
少し歩くと市場の中心にある円形の広場が見えてくる。広場の真ん中には見事な彫刻が施された大きな噴水があり、庶民の憩いの場になっている。
広場に面して教会が建っており、私はアルヴィンに言った。
「あ、ここの菓子美味しいんですよ」
「菓子?」
「生地にワインを練り込んだクッキーです。ワインも作っていてそれも美味しいですよ」
教会が出店する露店で私達はワインとワイン入りのクッキーを買い求めたが、ふと『あるもの』を見つけた。
「これ……」
貝の形をした菓子、マドレーヌである。
私が学生の頃はこんな菓子はなかった。
私達の視線に気づき、売り子の修道女が柔和に微笑む。
「ああ、これですか、これはマドレーヌと言って、最近流行のお菓子なんですよ」
「流行なんですか?」
私はそれを聞いて嬉しかった。マドレーヌは王都で流行っている!
妖精達に教えてやろう。
「ええ、元々は西方ゴーランで人気のお菓子でして、この王都でも最近取り扱う店が増えてきました」
「……え?」
どういうことだ?
「何でもゴーラン領主のアルヴィン様が好物のお菓子だそうですよ。彼にあやかってこの教会でも作っているんです」
私とアルヴィンはクッキーとワインとついでにマドレーヌを買って、広場のベンチに座り、菓子を食べた。
「…………」
横でもしゃもしゃと食べるアルヴィンは無言だった。つられて私も無言で食べる。
ほのかにワインが香り、ホロッと口の中でとろける系のクッキーだ。多分レシピも変わってないんだろう。子供の頃好きだったそのままの味で懐かしくなる。
ワインは当時あまり飲む機会がなかったが、美味しい。不思議とクッキーに合う感じだ。マドレーヌはイチジクのドライフルーツが練り込まれている。ノーマルタイプのマドレーヌしか作ったことがなかったが、こういうアレンジもいいな。
やがてアルヴィンはぽつりと呟いた。
「あの教会、アルヴィン教会という名なのだな」
「そうです」
勇者アルヴィンの功績をたたえるだかなんだかで彼の名前が付けられた教会だ。
国王フィリップ陛下を守り、王妃を打ち破ったゴーラン領主アルヴィン・アストラテートはいまや王都の英雄である。
同名のよしみから修道院で売り出したんだろう。
アルヴィンはため息をつく。
「実はアルヴィンという名前をあまり好きではないんだ」
「あー、アルヴィンもですか。私もです」
「リーディアも?」
アルヴィンは驚いた様子でこちらを見る。
「はい」
「いい名前じゃないか。君に似合っている」
「アルヴィンもいい名前だと思いますよ。リーディアも今は別にいいかなと思いますが、魔法使い養成所に通っていた頃は結構嫌でした」
「どうして?」
「私は聖女リーディアに、なれなかったから」






