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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
決戦の舞踏会

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10.決戦の舞踏会5

 アルヴィンがゴーラン騎士団に短く指示を飛ばす。

「敵はライカンスロープ。エナジードレインを使う、気をつけろ。いつものようにやるぞ」

 気心知れた彼らはそれだけで作戦を理解したようだ。


 闇属性の魔法騎士と共に魔力がない騎士達が剣や槍といった近接武器を構え前に、逆に魔法騎士達は下がり弓や杖などの武器を手に取り、遠距離攻撃の用意する。

 エナジードレインが吸い上げる生気とは魔素のことだという。

 同じ闇属性はエナジードレインに耐性があり、魔素の流れが悪い魔術回路が閉じている者は生気を吸われにくいという性質を持つ。



 アルヴィンの隣に副団長ヘルマン・アストラテートが立ち、王妃に向かって声を張り上げる。

「我らはゴーラン騎士団。王妃キャサリン、今こそ先の領主様と奥方様の無念、晴らさせてもらう……! 総員、かかれ!」


 ゴーラン騎士団の騎士達にとっても前領主夫妻の弔い合戦だ。彼らの全身に闘志がみなぎっている。

 彼らは魔物退治のエキスパートである。

 上手く距離をとりながら、巨大なライオンに攻撃を加えていく。


「ぐっ…………」

 さすがの王妃も多数に無勢、防戦一方だった。



 だが次に発せられたアルヴィンの言葉に私は凍り付いた。

 彼は私とサーマスを振り返るとこう言ったのだ。

「リーディア、サーマス、闇属性のライカンスロープは心臓を光攻撃で貫かないと絶命しない。攻撃の用意を」


「……っ」

 私とサーマス、そして大広間にいる貴族達が蒼白になった。


 私はもうすでに魔石を使い果たしてしまった。サーマスは怪我を負った状態で魔力を練りきれない。

 他の光属性の貴族達も元魔法騎士達との戦いで魔力を消費してしまった。

 それに、王妃には強力な魔法障壁が取り巻いている。

 弱らせたとはいえこの厚い魔法障壁を突破し、正確に心臓を貫く高魔力攻撃魔法を放てるのは戦闘訓練を積んだ者だけだ。

 近衛騎士達では一撃は無理だろう。

 ああいう獣は瀕死の状態になると突然攻撃力を上げる場合がある。

 一撃で倒す必要があるのだ。

 だがそれが出来るのは、国内最強の魔法騎士団セントラルの団員だけ……。


「二人とも無理か……」

 さすがのアルヴィンも焦りを隠せない。

 だが素早く立ち直ると、次の作戦にこしらえた。

「リーディア、魔石さえあればいけるか?」

「はい!」

「デニス、王太子宮に予備の魔石がある。取ってきてくれ」

「はい! ただいま!」

 戦闘を長引かせるのは非常に危険だ。

 しかし、それ以外に手立てはない……。

 命令を受け、デニスは魔石を取りに駆け出そうとした。


「待ってくれ」

 その時、フィリップ様が声を上げた。

「魔石なら、ここにある!」





 フィリップ様は大広間の大シャンデリアに向かって魔法の杖を振った。

「魔石ベガよ、我が手に」

 ベガはフィリップ様の求めに応じ、彼の元に降りてくる。

 ベガは国内最大、世界でも最大級の魔石だ。大人が両手で抱えないと持てないくらいの大きさだった。


 普段は天井近くにあるベガをこんな近くで見たのは初めてだ。

 だがダンジョンから取り出したばかりの魔石を見た後では、その輝度は暗く感じられた。

 長らく魔素が薄い王都にあったベガは魔素を吸収することが出来ず、色あせていた。


 フィリップ様も息を呑んだ。

「これでは力が足りない」

 彼はベガを床に置くと、自らの手を当て、詠唱を始める。


「ベガよ、我が力をそなたに与える。光を宿せ」

「殿下! なりません」

 ガイエンは大あわてでフィリップ様を止めた。


 かつて魔法使い達が奴隷のように扱われていた暗い時代があった。

 迫害によって魔法使いは減ったが、彼らが作った魔法具は残っていた。

 だが魔法具は魔力を注がないと動かない。

 通常魔法具の動力には魔石が使われるが、魔法使いが消えるとダンジョンから魔石を採ってくる難易度が何倍も跳ね上がった。

 魔石の代用品にされたのは、わずかに生き残った魔法使い達の魔力だった。当時の魔法使いは魔法具の動力として命を削って魔力を供給させられたのだ。

 その時代の戒めのため、魔力を込めるという仕事は今でも禁忌扱いされている。


 だが、フィリップ様は言った。


「やらせてくれ、ガイエン。今こそ王妃を倒す時だ」

「ですが……」

 フィリップ様は真摯に訴えた。

「頼む、ガイエン。リーディア達は戦っている。今、私も彼らと共に戦わなければ、私に王になる資格はない……!」

 ガイエンは掴んだフィリップ様の手を離す。

「……わかり申した」


「ありがとう、ガイエン」

 フィリップ様はベガに手を当て、力を注ぐ。

 ゆっくりとベガが光を取り戻していく。


 ガイエンはしばしベガに力を注ぎ続けるフィリップ様を見つめていた。

 そしてひざまづくと、彼もまたベガに手を当てる。

「ベガよ、我が力をそなたに」

 ベガはガイエンの力を得てさらに明るさを増す。


 それを見て、他の近衛騎士達もひざまづいた。

「我々は殿下を守らねばならん。少しだぞ」

 とガイエンは部下に注文をつけた。

 部下達は頷く。

「分かっております」

 レナード卿もベガに近づく。

「私も」

「私も、協力しよう」

 ロシェット辺境伯も。


「……私にもやらせてくれ」

 這うようにしてベガに近づいたのは、ヨリル公爵だ。

 彼の力も加わり、ベガは辺りにまぶしいほどの輝きを放った。


「よし、リーディアの元に」



 衛兵数名がベガを守りなから、私の元に運んでゆく。

 途中で貴族達もベガに手を差し出し、わずかに残った魔力を注いでゆく。

 様々な人が魔力を注いだ結果だろうか、ベガは七色に輝いてみえた。



 もう少しで私の元にベガが届くという、その時――。



「俺が! 俺が! !騎士団長になるんだー!」

 近くで吐きながら這いつくばっていたはずの副団長が衛兵に向かって体当たりする。

 その衝撃で、ベガは床に転がり吹っ飛んだ。


 よりによって、王妃の足下に。



「…………! おいっ、こっちを見ろ!」

 素早く反対側に回り込んだアルヴィンが、 王妃の注意を引く。

 安全のために今まで取っていた距離よりずっと近くまで踏み込み、王妃の顔めがけて彼は剣を振り下ろした。

「ギャーー!」

 王妃はすさまじい悲鳴を上げた。

 攻撃の後、アルヴィンは驚くほどの俊敏さで離れたが、その直後、今の今まで彼がいた場所に王妃の爪が振り下ろされる。

 間一髪。

 数ミリの差で彼はその攻撃を避けた。


 冒険者や我々騎士の間でヘイトを集めるといわれる行為だ。これをすると敵に狙われやすくなる。非常に危険だが、アルヴィンが王妃の注意を引きつける間に、彼女の足下に転がったベガをゴーラン騎士達がじりじりと近づき回収しようとする……。



「タタタタタッ」

 体重の軽い子供の足音がまっすぐこっちに駆けてきて、息を呑む間にそれは私の横を走り抜けていった。

 心臓を鷲づかみにされるような恐怖。

 まさか――。

 そうでないようにと必死に願いながら見た背中は現実のもので、ノアがベガ目がけて走って行く。


 あわててゴーラン騎士がノアを捕まえようとするが、彼はその手をすり抜ける。

 誰も、声は出せない。王妃に気づかれてしまう。


 人々が固唾を呑んで見守る中、ノアはベガを掴む。

 最近少し形になってきた魔法『肉体強化』を使ってノアは思い切りベガを押し、こっちに向かって滑り投げた。

「リーディアさん!」


 その声に、王妃が振り返る。


 王妃は目を輝かせて笑った。

「あら、美味しそう」



「…………っ」

 私はベガに走り、魔力を吸収した。

 魔力が私に満ちてくる。

 一刻も早く魔力を練り、攻撃しなければ……!


「くっ、こっちを見ろ!」

 アルヴィンが再び注意を引こうとするが、王妃はもうノアに夢中だ。


 もはやアルヴィンには見向きもせず、王妃は舌なめずりしながらノアを見つめる。

 猫が獲物をいたぶるような残酷さで、鋭い爪が付いた前脚をゆっくりと振りかぶる。

 その爪が振り下ろされた時、耐えがたい悲劇が待っている。

 間に合うか……!


「リーディア」

 その時、私の視線の先に、バンシーが飛び出してきた。

 人間におびえていた彼女が今、ブルブル震えながら、勇気を振り絞ってみんなの前に立っている。

 バンシーは言った。

「リーディア! 『心を解き放って、願う』の!」


 魔法使いは、魔素を使い魔法を行使する。

 魔素は森羅万象を構成するこの世の全て。その力は理論的には全ての事象を叶えることが出来る。

 魔法使いとはまさに奇跡のような爆発的な力を生み出す者だ。

 時に『何か』が、奇跡を起こすためにその時その場所に魔法使いを使わす、そうとしか考えられない瞬間が存在する。


 神か、森羅万象を司るという『大いなる意思』か、空に輝く星か、それともそれは人々の想いだろうか。


 私は心に浮かんだ願いを唇に乗せる。


「光よ! 私にみんなを守る力を!」



 放たれた声は、人の言葉ではなかった。

 その時、人々は獣に変身するライカンスロープの呪文が存在しないことを理解した。

 ライカンスロープの呪文とは、心の獣の叫び。


「グオオーン」

 私は咆吼した。

 私は王妃より大きな竜の姿に変化していた。


 王妃は巨大な竜にひるんで、振り下ろす手を止めた。

「あっ……」

 彼女はおびえたように後ろに下がり、逃げ出そうとする。


 だがそうはさせるものか。もう誰も傷つかせはしない。


 喉が熱い。私はそのまま肚の底からせり上がってくる熱い塊を吐き出した――――。




 白い鱗に金色のたてがみをした竜は大きく口を開くと、王妃に向かって巨大な光の弾を放った。

 光は辺りを眩く染め上げ、その輝きに誰もが目を覆ったという。


 彼らが再び目を開いた時、人面獅子の姿はそこになく、ただ王妃が倒れていた。


ラストバトル終了です。みんな勇気を出して頑張りました。

このお話ももう少し。最後までよろしくお願いします!


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