06.決戦の舞踏会1
ついに始まったよー。最後までよろしくお願いします!
王に続いて、王妃、フィリップ様、そして王の弟であるヨリル公爵、公爵夫人が入場する。
王の子はフィリップ様の他に王妃が生んだ王子と王女が一人ずついるが、どちらも未成年なので夜会には出席出来ない。
久しぶりに見る王妃はやはり心労が祟ったのか、老け込んだ様子だ。
かつては「小柄で華奢で可愛らしい」という三拍子揃った美人と謳われた方だが、今は見る影もない。
嘘偽りなく病気なのではないかと思えるほど、痩せている。
ただ決して油断は出来ない。
その目は憎しみに輝いている。まだ、彼女は諦めていない。
そして王妃の装いは王の寵愛を示すように豪勢なものだ。
流行のフリルとレースがふんだんに使われた豪華なドレス。魔石でも宝石でも美しいものには目がないという彼女は今日も大ぶりの宝石が付いたネックレスを始め多くのアクセサリーを身に付けていた。
王妃に続いてご入場のフィリップ様は壇上から我々の姿を見つけると、微笑んだ。
フィリップ様のお側には護衛の近衛騎士ガイエン達が侍っている。警備は万全のようだ。
ところで我が国の舞踏会は他国と比べて一風変わっている。
我が国の宮廷舞踏会は王宮大広間で行われるが、天井には名高い大シャンデリアが吊るされている。
ベガと名付けられた巨大なダンジョンコアが埋め込まれたシャンデリアだが、今その明かりは付いていない。
王が入場し、この大シャンデリアに光を灯す。それが舞踏会の始まりだった。
大シャンデリアのダンジョンコアは、かつて勇者アルヴィンがダンジョンから持ち帰ったものである。
王はシャンデリアに向かって魔法の杖を振ろうとし、ふと動きを止める。フィリップ様に魔法の杖を差し出すと彼は言った。
「フィリップ、そなたがシャンデリアに明かりを灯せ」
フィリップ様は息を呑む。
「よ、よろしいのですか?」
大シャンデリアの灯を灯すのは、王の特権だ。王が臨席しない時は代理の王太子がその役目を負うこともあるが王がいながら代わりの者が灯を灯すことは滅多にない。
王は鷹揚に頷いた。
「よい。そなたが私の跡を継ぎ、次の国王になるのだ。やってみなさい」
大広間に密やかなざわめきが広がる。
王は王妃を寵愛して、王太子をないがしろにしていると噂されていた。
噂通りにフィリップ様は幾度も暗殺者に襲われた。
背後に王妃がいることは、誰の目にも明らかだ。
それを許す王はフィリップ様に関心がないと思われていたのに、今は慈愛に満ちた視線でフィリップ様を見つめている。
「はい……」
フィリップ様は緊張しながら、杖を受け取る。
フィリップ様は大きく息を吸って、「ベガよ、輝け」と魔法の呪文を唱える。
大シャンデリアはフィリップ様の求めに応じ、まばゆく輝いた。
「…………っ」
王妃は怨嗟の眼差しで、フィリップ様とそして王を見つめた。
手にした扇が今にも壊れそうなぐらい強く握りしめられている。
だが私とサーマスは、そして多くの者は非常に安堵した。
フィリップ様の王位継承が一段と明確になった瞬間だったからだ。
そんな王妃に向かって王は、
「そなたもフィリップのことは心配せずとも良い。あれは良い国王になる」
と笑顔だった。
王妃は言葉少なに「はあ……」と頷いていた。
王と王妃のダンスが始まったが、あまり盛り上がることなく、二人はダンスを終える。
不機嫌な王妃に対し、王は「王妃よ、やはり具合が悪いのか」と本気で心配していた。
フィリップ様は親戚である公爵令嬢と踊り、次に公爵家の方々が踊る。
順番が来て私達も踊り場に上がり、踊った。
私は踊りながらアルヴィンに尋ねた。
「王はああいう人なんでしょうか?」
私の問いにアルヴィンは苦笑した。
アルヴィンは遠い辺境暮らしだが、王に謁見した回数は王宮騎士だった私より多い。
滅多に夜会に出ないというアルヴィンだが、ダンスは堂に入ったものだ。難しいマントさばきも何のその、貫禄のある踊りっぷりである。
「おそらくな」
「悪気はないみたいですね」
「そうだな」
とアルヴィンは頷いた後、
「一言で言えば、彼は人の持つ裏の顔に気付かない人だ。ギール家に操られなければ凡庸な王でいられただろうが、暗愚としか言い様がない」
誰かに聞かれたらマズそうなことを辛辣に述べた。
だがそれは仕方のないことだろう。
アルヴィンは無念を滲ませて呟く。
「彼のせいで多くの者の命が、ギール家の欲望の犠牲となった」
私はアルヴィンと踊った後、続けてサーマスと踊った。
踊り場は玉座に近く、王妃や宰相も踊り場にいた方が監視しやすいのだ。
アルヴィンは声を掛けてきた北の辺境伯ロシェットと何事か話をしている。
北の辺境伯は我々より十歳以上年上で、さすがのアルヴィンも彼には一目置いている。
「リーディア、そのドレス、似合っている」
サーマスは踊りながらドレスを褒めてくる。
「どうもありがとう。私も気に入っている」
「アストラテート辺境伯は本当にリーディアのことを分かってるな」
そう呟いた後、サーマスは真面目な顔で私を見つめた。
「リーディアが怪我をした時、すごく心配したけど、心のどこかで嬉しくもあったんだ。これでリーディアに求婚出来るなって」
「……待て、前後の脈略がない。なんで私が怪我をしたら求婚出来るんだ?」
「リーディアにはずっと敵わないから、同僚として信頼していたけど、引け目もあった。俺だけじゃなくて騎士団の皆がそうだったと思う」
「…………」
「もちろんそれはリーディアが悪いわけじゃない。ただリーディアは完璧だったから、魔力を失って完璧じゃなくなったリーディアなら俺と結婚してくれるんじゃないかと思ったんだ。でもそんな俺の甘い考えを見抜いたみたいにリーディアはすぐに騎士団を辞めて王都から姿を消してしまった」
「別に見抜いたわけじゃなかったんだが……」
今にして思うと、『完璧なリーディア・ヴェネスカ』に一番囚われていたのは、私だったかも知れない。
魔力を失った自分を価値のない人間のように思い込んでいた。
「でもそれで良かったよ」
とサーマスは苦笑しながら言う。
「俺や騎士団長がしたのは、結局リーディアを貶めることだった。仲間なら本当にやらなければならないのは、共に戦うことだったのに。アストラテート伯はリーディアが完璧でも、自分より強くても多分気にしない。むしろ喜ぶと思う。まあちょっと性格は……」
サーマスが濁したことを私は指摘する。
「……腹黒いな」
「あのくらいじゃないと辺境地は守れないだろうな。南部のキラーニー辺境伯はイイ人だけど、あんなことになったし」
「南部は辺境伯の親戚も王妃派に寝返っていた。不幸なことだ」
私達はため息をつく。
幸いなことに王妃派に寝返らず追放された南部の元家臣が西部ゴーランで冒険者になったり、領の騎士や文官に転職し、生き延びている。彼らがこれからのキラーニーを支えていくだろう。
私はダンスを踊りながら、玉座を見上げた。
そこには玉座の王を囲むように王妃、そしてフィリップ様がお席に着いている。
フィリップ様はまだ成人していないため、夜会は続くが、もうすぐ退場する予定だ。
ガイエン達が動き出し、フィリップ様ご退出の準備を整えている。
思わずサーマスと顔を見合わせ、小さく微笑みあう。
「やったな」
「ああ……、これでギール家も終わりだ」
王との約束は果たした。
これで我々の勝ちだ。
フィリップ様のすぐ側に、ヨリル公爵が立っていた。
「……?」
王弟である彼がそこに立っているのはおかしくない。そもそもヨリル公爵は王妃と対立し、フィリップ様の一番の支持者でもある。
だが、何故か妙な胸騒ぎした。
ヨリル公爵は静かに腰に下げた剣を抜いた。狂気に血走った彼の瞳は、フィリップ様に向けられている!
私はガイエンに向かって叫んだ。
「ヨリル公爵ご乱心!」
ガイエン達は素早く動いた。
ガイエンがヨリル公爵を蹴り飛ばすと、彼の同僚がフィリップ様を後ろに庇う。
フィリップ様はご無事だ。
私はそれにホッとしながら、「だが」と考えずはいられない。
何が起こった?
ヨリル公爵は反王妃派の急先鋒。
なのに何故フィリップ様を暗殺しようとした?
多くの人間と同じように私も混乱の極みにいた。
その時、王妃が椅子から立ち上がり、呟いた。
「使えないわね……」
決して大きな声ではない。
だが普段の彼女の甘ったるい声からは想像出来ないくらい冷ややかなそれは、荒事に慣れたはずの私をも凍り付かせた。
王妃の視線の先にいるのはヨリル公爵だった。
ヨリル公爵にフィリップ様の殺害を指示したのは、王妃なのか?
だがどうやって?
王妃の唇から「はあ」とため息が漏れる。
「疲れるからやりたくなかったんだけど、こうなっては仕方ないわね、お兄様!」
「あっ、あなた、何を……?」
あわてる女性の声が上がる。
「お兄様」である宰相が隣にいた妻のネックレスをむしり取ったのだ。
彼らは呪文を唱えた。
「我、とこしえの闇より召喚す。元の姿に」
王妃は呪文を唱えながら、自らのネックレスをぶち切る。ネックレスの糸が切れ、バラバラに飛び散った玉の一つは踊り場まで転がってきた。
アメジストだと思われたネックレスの石は宝石ではなく魔石だ。
我々と同じく魔石に仕込んでいたのだ。
魔石から、現れたのは……。






