18.アルヴィン6
リーディア達は王都へ。の前に、アルヴィン編です。時系列では40話戦いを終わらせる者4の続きになります。
フィリップ王太子がやって来たその日の夜、アルヴィンとリーディアは、彼女の部屋で二人だけの話し合いの時間を持った。
アルヴィンにはゴーランを守るという責務がある。それは決してないがしろに出来ないが、それでもアルヴィンはリーディアを表舞台に立たせることに躊躇いがあった。
リーディアは騎士としての誇りを打ち砕かれ、もう騎士に戻る気はないように見えたからだ。
だからアルヴィンは不利益を承知でリーディアに従軍しない選択を用意した。
しかしリーディアは言った。
「戦場に行きます。リーディア・ヴェネスカは魔法騎士に戻りましょう」
そして彼女は不敵に笑う。
「やられっぱなしは性に合いません。王都の連中に目に物見せる良いチャンスです」
その言葉に胸がすく。
「そうだな」
リーディアらしいなとアルヴィンもつられて笑った。
魔法の力を失っても、リーディアの心に住んでいる獣の牙は鋭いままだ。
リーディアは笑みを消すと、ひざまづき、騎士の礼を執った。
「アルヴィン、あなたに感謝を。そしてリーディア・ヴェネスカはアルヴィン・アストラテートに永遠の愛をお誓いいたします」
アルヴィンは息を呑んだ。
これは騎士の誓いだ。
魔法騎士リーディア・ヴェネスカが自ら立てた誓いを覆すことはない。
決して違えることがない愛の言葉だ。
続いて彼女の口から出たのは、求婚だった。
「どうか私と結婚して頂けませんか」
「…………」
アルヴィンは躊躇した。
アルヴィンとていつかは結婚したかった。
リーディアの言う通り、リーディアと結婚していた方が動きやすくなる。
だがそれはリーディアが味方である者達から狙われる危険をはらんでいる。
戦場ではアルヴィンが王太子を守り、リーディアの周囲はゴーラン騎士団の精鋭を付ける計画だった。
アルヴィンが信を置く者達だ。頼りになる。だがそれでも物事に絶対ということはない。
それにリーディアに利益がなさ過ぎる。
リーディアは今の気楽な生活を気に入っている。彼女を再び戦場に引っ張り出し、さらにその将来まで縛ることになってしまう。アルヴィンはそれだけはしたくなかった。
渋るアルヴィンにリーディアが言う。
「言ったことはありませんでしたかね。私はあなたのためなら多分何でも出来ますよ」
「初めて聞いたぞ……」
さっきの告白でリーディアの心は分かっている。でもその前にリーディアから聞いたのは、からかうように言われた『愛している』の言葉だけ。
「泣いてるんですか?」
リーディアの問いかけに、アルヴィンは自分が泣いていることに気づいた。
父と母が死んだ時、アルヴィンは泣かなかった。
領主夫婦の突然の死に動揺する家臣の前で泣くまいと必死に涙をこらえた。その時から今までアルヴィンは泣くことはなかった。
だがもう泣いてもいいのだと気づいた。
喜びも悲しみも分かち合う人がここにいる。
「うん。結婚出来るとは思えなかったから。いや何十年か後には絶対するつもりだったが……」
今度はアルヴィンがリーディアにひざまづいた。
「苦労をかけるかも知れないが、良いだろうか?今のような自由な生活はさせてあげられないかもしれない」
領主夫人になれば面倒くさいことは山ほど出てくる。
しなくてもよい苦労や我慢をさせる羽目になるかも知れない。
リーディアの手をそっと取り、口付けを落とす。
「あなたに捧げられるのは、あなたを愛するこの心だけだ。それでも良いなら、どうか結婚して欲しい」
リーディアはにっこりと微笑むと、言った。
「それが何より私が欲するものです」
二人はしばらくキスに酔いしれた後、やっぱり別々の部屋で休んだ。
アルヴィンにもリーディアにもやらねばならないことがたんとある。
アルヴィンは何とか騎兵二千をかき集め、明日には南部に向けて出立するつもりだ。
セントラル騎士団の騎士団長は王太子行方不明の罪を問われる立場だ。拘束も時間の問題だろう。
南部も長く持ちこたえられるとは思えない。一刻の猶予もない状態だ。
だが、アルヴィンももう二十八歳。
徹夜はこたえる歳になった。
三十分だけ眠った後、アルヴィンはベッドから体を引き剥がすようにして立ち上がる。
疲労は感じるが、全身に闘志がみなぎっている。
やられっぱなしが性に合わないのはアルヴィンも、である。
王都の連中に目に物見せる時がついに来たのだ。






