12.妖精の道2
「これで一気に歩兵部隊も送り込める。補給の心配もしなくていいから、向こうで旨いものも食える」
アルヴィンはほくほくした様子で言った。
「ですが伯爵、妖精の道なんて訳が分からない場所を通りたい者がそんなにおりますか?」
サーマスが怪訝そうに尋ねる。
「我々ゴーランの者は、皆妖精は見えずともこの大地にそれらの生き物が息づいているのを知っております。彼らが気まぐれだが善良であることも。勝利のために妖精の道を通らねばならないのなら、それを躊躇するゴーラン軍ではありません」
アルヴィンはそう断言した後、一同を見回し、続ける。
「南部の戦況は膠着状態。今、南部辺境領軍に中央軍、ゴーラン軍合わせて一万の軍勢が加われば、スロラン軍を一気に圧倒出来ます」
この言葉にフィリップ様が目を剥く。
「一万? ゴーラン軍は四千以上の兵士を動員するつもりか?」
「はい、妖精の道を使えば可能です。兵の三分の一程度は非戦闘要員が占める予定ですが、なあに、向こうはこちらの内情など知りません。敵軍も中央軍も驚いてくれることでしょう。上手く行けば大きな合戦にはならず、戦争が終わる」
「……そう上手くいきますか?」
サーマスが疑り深く口を出す。
アルヴィンの視線が一瞬私と絡む。
「いく。こちらにはリーディア・ヴェネスカがいる」
「リーディア?」
アルヴィンは人の悪そうな笑みを浮かべ高らかと宣言した。
「白い悪魔。かの国の者は、その名を聞いただけで震え上がる我が国一の魔法騎士です」
「でも……」
とフィリップ様は心配そうな表情で私を見る。
「リーディアは私を庇って魔術回路を損傷してしまった。もう魔法使いとしては活躍出来ないと聞いたが、怪我は治ったのか?」
この言葉に私は首を横に振る。
「治ってはおりません」
「だったら……」
「その辺りは策があります。私にお任せを。リーディアはこのゴーランで療養に努め、完全に回復した。この噂を流します。殿下もサーマス卿もそのおつもりで」
アルヴィンは有無を言わさない口調で言った。
「偽の情報を流すということか?」
サーマスが眉をひそめた。
「遠くから見れば張りぼてと、気付くまい。それで友軍に有利になるなら嘘ぐらいいくらでもつくさ」
と私は言った。
「でもそれじゃあ、リーディアが危険じゃないのか?」
サーマスの言葉に、アルヴィンは「レファ・ローリエ」とレファに呼びかけた。
「はっ、団長」
「今回お前はリーディアの護衛役だ。必ず彼女を守れ」
レファは胸に手を当て誓う。
「はい、このレファ・ローリエ、命に代えてもリーディアさんを守ります」
「さて、ここからが本題なのですが……」
今までも十分重要だった気がするが、アルヴィンはそう前置きして言った。
「今回の戦争は、一ヶ月、長くて二ヶ月で終わらせます」
「そんなに早く?」
フィリップ様が驚きの声を上げる。
「はい。じきに冬になります。スロラン国は我がマルアム国より暖かいが、食べ物が少なくなる季節です。余程体力がある国でないと戦争を続けられない」
「そういえば、騎士団長から冬になるとスロラン軍は撤退すると聞いた」
アルヴィンはフィリップ様の言葉に頷く。
「その通りです。まあ、例年と違うのはきっちり終わらせるというところですが、戦争はそう長引かせないつもりです。そして戦争が終わる前に我々は南部のダンジョンの調査を済ませてしまわねばならない」
「ダンジョン?」
なんでここでダンジョンが出てくるのだ?
「ダンジョンの調査、ですか?」
サーマスも同様らしく、不審そうにアルヴィンに尋ねた。
「ダンジョン経営は儲かりますが、ダンジョンがある場所は限られていて、よそ者が荒らせるショバではない」
アルヴィンは高貴な身分にそぐわぬ言葉を吐く。
「そこいくと南部は付けいる隙がある。戦争中は中央や他領の連中は寄り付きもしませんが、戦後となれば何もかも一気に買いたたかれる可能性があるのですよ。その前に目星ぐらいは付けさせて貰います。ダンジョンの調査団を送り込み、そちらも戦争と同時進行でやらせて頂きますので、殿下、ご許可を」
とアルヴィンはフィリップ様に迫った。
フィリップ様は目を白黒させて、尋ねる。
「調査団というのは戦闘員ではないだろう? 彼らの安全は?」
「彼らは荒事に慣れております。危険は折り込み済みですよ」
アルヴィンはこともなげにそう答える。
「あの、アルヴィン様」
ノアが思い詰めた様子でアルヴィンに問いかける。
ノアは良く出来た子で、大人達が話している時は口を挟まない。なので、それはとても珍しいことだった。
「なんだ? ノア」
「戦わない人も戦争に行くのですか?」
アルヴィンはノアのことは気に入っているらしく、この問いに丁寧に答えた。
「軍隊というのは、戦う者だけでは成り立たない。彼らに食料や武器を補給をする部隊も必要だし、現地では料理や鍛冶、馬の世話や洗濯といった雑務もある。少人数だとこれらは手分けして兵がやるが、効率が悪い。だから支援する人間は不可欠なんだ」
ノアはグッと拳を握る。
「あの…、じゃあ、僕も行きます。戦えないけど、馬の世話や洗濯は出来ます。連れていって下さい! お願いします!」
そう言って勢いよく頭を下げた。
「駄目だ! ノア」
私はあわててノアを止めた。
「戦争なんだぞ。非戦闘員でも絶対に危険がないなんて言えないんだ。子供が行くような場所じゃない」
だが、アルヴィンは。
「いいんじゃないか? リーディア」
「アルヴィン」
「ちょうど殿下との連絡役が欲しいと思っていたんだ。向こうでは私もリーディアも忙しいからな。ノア、従者といって騎士の身の回りの世話をする役があるんだ。殿下のお側についてくれないか?」
「やり……」
私はノアの言葉を遮って怒鳴った。
「アルヴィン、駄目です。ノアはまだ九歳なんですよ!」
「リーディア、私は七歳で戦場に行ったよ」
騎士の家系は七歳頃から馬の乗り方だとか剣の稽古といった騎士になるための訓練を開始する。アルヴィンはその七歳を迎えてすぐに戦場に連れて行かれたそうだ。
「最初の仕事は父やヘルマンの馬の世話役だったな」
と懐かしそうに言う。
「初陣は十一だ。リーディアはいつ頃初陣だった?」
「十三歳ですが、ノアは私達とは違うでしょう!」
「リーディア、それを決めるのは私でもリーディアでもない、ノアだ。さもなくばノアの母上だよ」
アルヴィンは淡々と正論を吐く。
「ですが……」
「あの、アルヴィン様、お母さんが許してくれたら、行ってもいいですか?」
「ああ」
「じゃあ聞いてきます!」
とノアはキッチンを飛び出していった。
「……アルヴィン、どういうつもりです?」
私は彼を咎めたが、
「リーディア、ノアも友達や師匠の役に立ちたいんだよ。我が身の安全より、危険でも君らの側に居たいんだ。そして大切な人の危機にやるべきことがある者は幸運だ」
逆にアルヴィンに諭された。
「お母さん、早く早く」
「はいはい」
とノアがキャシーを連れてくる。
話を聞いてキャシーはアルヴィンを見つめた。
「この子は皆さんの役に立ちますか?」
アルヴィンは首を縦に振る。
「ああ、彼がいてくれると助かる」
キャシーはあっさりとした口調で答えた。
「でしたら、どうぞ連れていってやって下さい」
「キャシーさん!」
私はたまりかねて口を出したが、キャシーは静かに言った。
「リーディアさん、私もゴーランの民です。領主様はずっとこのゴーランをお守り下さいました。十三年前のあの時も、領主様はゴーランの民のため、悔しいお気持ちをこらえて国王様に刃向かわなかったのです。そのお心をゴーランの民は忘れていません。皆さんにノアが必要なら、どうかこの子を連れていって下さい。でないと私、あの世で夫に怒られてしまいますわ」
と彼女は笑う。
「キャシーさん……」
キャシーは一言も言わなかったが、アルヴィンが領主だと分かっていたようだ。
アルヴィンは恥ずかしそうに頭を掻いて、「どうもありがとう」とキャシーに言った。
「リーディア」
声がする方を振り返ると、青い髪の妖精バンシーが立っていた。
「私も行く。そうしたらリーディアが死にそうになっても教えられるでしょう?」
「俺も行く」とブラウニー達も飛び出てきた。
「屋敷妖精は家に憑くんじゃないのか?」
ブラウニー達に尋ねると、
「俺はリーディアに従っている。リーディア・ヴェネスカがいるところが、我が家だ」
威張って答えられた。
勝手口から、「モー」とケーラの鳴き声が聞こえる。
「ケーラも行くって」
とバンシーが教えてくれた。
「えっ、ケーラもか?」
牛って連れて行けるのか?
「向こうで搾りたての牛乳が飲めるのはいいな」
「アルヴィン、暢気なことを言わないで下さい」
「ミルヒィ種は丈夫だ。移動も負担にならないだろう。それにケーラのことはウルが守るだろう?」
「ブモ」
アルヴィンの発言をウルが肯定するように鳴いた。
何故か、一家総出で戦場に行くことになった。
「無人だと困るから、私とミレイは留守番してるわね」
キャシー達を残して我々は妖精の道を辿り、南部へと向かった。






