08.愛を捧ぐ2
私の求婚を受け、アルヴィンが見せた表情は喜びとはほど遠いものだった。
彼は眉根を寄せた厳しい顔で彼は私を見返す。
元から目つきがきつい男なので、もし向かい合う我らを誰がが見ていたとすれば、アルヴィンは私を睨んでいるように思ったかもしれない。
「…………」
沈黙の後、アルヴィンは苦々しい口調で私に問いかけた。
「自分が何を言っているのか、分かっているのか?リーディア」
「もちろんです。その上での求婚です。結婚してください」
アルヴィンは繰り返し問いただしてくる。
「どういう意味なのか、本当に分かっているのか?リーディア」
「アルヴィンだって分かっているでしょう。南部に行くのなら、そうした方が動きやすい」
「…………」
アルヴィンは黙り込む。
いかにフィリップ様直々のご要請とはいえ、今のままではゴーランの参戦理由が弱すぎる。
現在の状況を整理すると、王太子とその近習の騎士サーマスが命を狙われ、引退魔法騎士リーディア・ヴェネスカを頼り、ゴーラン領にやってきた。そこで偶然居合わせた当地の辺境伯であるアルヴィンに南部討伐の助力を願ったというところである。
何ら脚色のない事実だが、どう考えてもおかしい状況になっている。
貪狼ことアルヴィン・アストラテート辺境伯は敵に容赦しない辣腕家と知られている。さらに中央嫌いで有名なため、中央貴族に味方が少ない。
そんなアルヴィンではゴーラン軍が混乱に乗じて南部を乗っ取りに来たと勘ぐられても仕方ない。
だが例えばこれが前々から王太子とアルヴィンが親しい関係であったなら話は別だ。
「元王宮魔法騎士リーディア・ヴェネスカは引退後ゴーランで宿屋を営んでいた。そこでアルヴィン、あなたと知り合い、恋に落ちた。リーディア・ヴェネスカは退役後も王太子殿下と連絡を取り合っていて、リーディアを通じアルヴィンと王太子は密かに親睦を深めた。こちらの方が自然かと」
もったいなくもフィリップ様は私を命の恩人と慕ってくださっている。だからおかしな話ではない。
「筋書きに少々アラはありますが、我々が極秘に結婚していたとすれば誤魔化しきれるでしょう」
貴族の結婚は王の許可が必要で、勝手に結婚など出来ない。
だがここゴーランでは、話は別だ。
正規の手続きでは貴族院への届け出ののちに王の裁定が降りる。これにはどうしても時間が掛かるため、王都から遠い辺境地などでは特例として領内の結婚に対し領主が許可を出せる。
「だがそれではリーディアが危険だ。敵だけではなく、友軍からも狙われることになる」
中央軍にはおそらくかなりの数の王妃派が紛れ込んでいる。そいつらが全員敵に回る。
「そりゃ覚悟の上ですよ」
「……かつての戦友と戦うことになるかもしれないぞ」
アルヴィンは低い声で脅しをかけてくるが、その程度で動揺する私ではない。
「舐めてもらっては困ります。私はリーディア・ヴェネスカですよ。大体アルヴィン・アストラテート、旗印を守り通す程度のことも出来ずに私を担ぎ上げる気だったんですか?」
イラッときて私は彼に挑戦的な一言を投げつけた。
「リーディアの護衛はゴーラン騎士団が務める。あいつらなら必ず君を守る」
アルヴィンは部下に対し、絶対の自信を見せた。
「なら問題ないでしょう」
「しかし」
アルヴィンはまだ渋っている。これにしかないと私以上に理解しているはずなのに随分粘るなぁ。
やがて彼は小さな声で呟いた。
「リーディアは俺との結婚は嫌だったろう?」
「あー、そのことですか」
「結婚でメリットを享受するのは俺だけだ。俺は君に何も返してやることは出来ない。宿屋を続けることさえ不可能になるかも知れない。しかも一度結婚すればなかったことにするのは難しいぞ」
この期に及んでアルヴィンは私の身を案じているらしい。
私はアルヴィンに頭を下げた。
「すみませんでした。私はこれまで自分のちっぽけなプライドを守るのに必死でした」
年を取ると、恋をするのも臆病になる。
身分違いの恋なんかどうせ駄目になると決めつけて、惨めな思いをするのはごめんだと自分かわいさに自分の気持ちから逃げた。
だがいつの間にか彼を愛していた。
愛されていた。
この身を捧げることに何の躊躇があろうか。
私は立ち上がると腕を伸ばし、アルヴィンの頬を挟む。
「言ったことはありませんでしたかね。私はあなたのためなら多分何でも出来ますよ」
私の手にアルヴィンの手が重なる。
「初めて聞いたぞ……」
指先に熱いものが触れた。
「泣いてるんですか?」
「うん。結婚出来るとは思えなかったから。いや何十年か後には絶対するつもりだったが……」
何十年はないだろう。
寿命が来る方が早そうだ。
「アルヴィンは……ちょっと変わってますね」
そう言うと、涙目になったアルヴィンは顔を上げる。
「君の方が面白いと思う」
泣き笑いしながら、言い返された。
今度はアルヴィンが私にひざまづいた。
「苦労をかけるかも知れないが、良いだろうか?今のような自由な生活はさせてあげられないかもしれない」
彼は私の手をそっと取り、口付けを落とす。
「あなたに捧げられるのは、あなたを愛するこの心だけだ。それでも良いなら、どうか結婚して欲しい」
私はにっこり笑い、言った。
「それが何より私が欲するものです」
アルヴィンは立ち上がると私を抱き締めた。
顔をゆっくりと寄せられ、私達の唇が触れ合う。
唇の感触に、私の心が高く舞い上がる。
何かが満たされていくのを感じながら、彼をとても深く愛していると思った。
この気持ちをアルヴィンも味わっているのだろうか。
唇を通して、この思いは伝わるだろうか。
私達は何度も唇を重ね合わせた。






