03.戦いを終わらせる者3
「出来るなら、面白いだろうな」
とアルヴィンは言った。
「南部に平和が戻れば、ダンジョン経営も許可される。ゴーランにはダンジョン経営のノウハウも人材もある。最低でも、50/50。後は南部辺境伯がどのくらいゴーランに恩を感じるかですね」
最低でも上がりの半分。さらに紛争の功績次第で取り分は増える。
「確か南部にもダンジョンがあったな?」
フィリップ様がサーマスにこっそり尋ねる。
「はい。多くの人が亡くなると魔素が溜まりやすいそうで、南部での作戦の一つにダンジョンコアの破壊計画があります」
「ゴーランだけでダンジョン経営は手一杯だ。あまり魅力は感じないね」
ゴーランは危険を冒して金を稼ぐ必要がない。
これだけではアルヴィンが乗ってこないのは、計算の内だ。
だが、私には一つ策があった。
「ゴーランでは最近、ダンジョンの周辺で珍しい作物を収穫しているとか。危険を最低限に抑え、利益を確保する上手いやり方ですね。だがダンジョン周辺で条件に合う土地はかなり限られている。生産を増やすにはさらに多くの農地が必要だ」
「…………」
アルヴィンは黙って、こちらを見つめている。
口元に薄く微笑みを浮かべているのに、眼光は鋭く冷たい。
その表情から彼の感情を読み取ることは難しい。
内心冷や汗を掻きながら、私も平静を装い、話を続ける。
「条件に合う土地を、しかも今までない規模で用意出来るとしたらどうです?」
「出来るのか?」
アルヴィンが初めて少し驚いた表情を浮かべる。
「はい。提唱したいのは、ダンジョン内、全てを農地にする計画です」
「そんなこと出来るのか?」
とサーマスが口を挟んできた。
私は確信を持って頷いた。
「出来る。アルヴィン、人工太陽というのをご存じですか?」
「人工太陽?」
「手っ取り早く言うと、ダンジョンコアをダンジョン深部から引き抜き――」
「そんなことしたら、ダンジョンは消滅するだろう」
とまたサーマスが横から口を出す。
「最後まで話を聞け。抜いたダンジョンコアをダンジョンの最も浅い場所、第一層の上部に取り付ける。コアにある種の加工を加えると、ミニサイズの太陽として生まれ変わる。ダンジョンにある限り、コアは永久に魔素を吸収し続けることが出来、しかもダンジョンの深部にないため、強い魔物が発生しづらい」
ダンジョンコアとは、ダンジョン内部で最初に出来る魔石のことだ。それはダンジョンの心臓に相当する器官となり、それを核としてダンジョンは大きくなっていく。
ダンジョンで深部に向かうほど生息する魔物のランクが強くなっていくのは、ダンジョンコアが放つ強い魔素が原因だ。
ダンジョンコアは魔素を吸収して大きくなるが、吸いきれなかった魔素がダンジョンコア周辺に滞留する。
その濃度の濃い魔素から強い魔物が生まれてしまう。
ダンジョンは、ダンジョンコアを失うと消滅する。
心臓部を守ろうとダンジョンはダンジョンコアを奥へと呑み込み、より強い魔物を生み出していくのだ。
だがダンジョンコアが入り口にあれば、魔素は滞留することが出来ず、魔物も生まれにくい。
「そんなことが出来るの?」
フィリップ様が私に尋ねた。
「はい、ヨアヒムはご存じですよ。王城の大シャンデリアは元々ダンジョンコアなのです」
サーマスが首をひねる。
「ありゃあ、シャンデリアとしては滅茶苦茶明るいが、それでも太陽の替わりにはならないだろう」
「王都は魔素の濃度が薄いからな、昔はもっと明るかったらしいぞ」
「あれ、どのくらい前からあるんだ?」
サーマスの問いに、
「百五十年前からあると聞いている」
とフィリップ様が答えた。
「有名な勇者アルヴィンが、魔物退治の際、持ち帰ったというダンジョンコアです」
勇者アルヴィンはその後王国の王となった。
「大シャンデリアに使用されていることでもお分かりのように、人工太陽の技術はある程度確立していると言っていいでしょう。ですが一番の難問が、恒久的な魔素の供給でした」
私が話を聞いた研究者達は皆、ダンジョンコアをダンジョンの外に出そうとした。当たり前と言えば当たり前で、彼らはダンジョンコアを都市部で利用しようと考えていたからだ。
だがダンジョンコアの力を利用したいだけなら外に出す必要はない。ダンジョン内部ならダンジョンコアはダンジョンと繋がったままの状態になり、魔素の供給を受け続ける。
その力を利用してダンジョン内を農地に出来れば、ゴーランは大きな富を得ることになる。
「まあ、やってみないと分からない点も多々ありますが、王都の魔法研究所には優秀な専門家がおり、研究に協力してくれることでしょう」
フィリップ様主導で研究が進めば、それも彼の功績となり得る。
私はチラッとフィリップ様に視線を投げる。
フィリップ様は私に頷いた後、アルヴィンに向き直る。
「南部平定のあかつきには私の名において、南部にダンジョン経営を許可しよう。アストラテート辺境伯は南部を手助けして欲しい。条件については、南部辺境伯に私からも口添えする。また魔法研究所は本件に関して協力を惜しまないことを約束する」
私が何と言っても、絵に描いたワッフルだ。いかに美味しそうでも食べられない。
だが、今、フィリップ様は王太子の名において確約した。
「……なるほど、それがリーディア・ヴェネスカの筋書きか?」
アルヴィンの呟きに冷や汗が流れる。
これが私が持つカードの全てだ。
さあ、アルヴィンはどう出る?
私には永遠と思えるような沈黙だったが、実際にはほとんど間を置くことなく、アルヴィンは言った。
「いいぞ」
「は?」
あんまり軽々しい口調だったので、変な返事になった。
「いいですよ。殿下、我がゴーラン騎士団をお貸ししましょう。私が軍を率いてお供致します。共に南国スロランと戦いましょう」
「伯爵、良いのか?」
あっさり過ぎてフィリップ様も動転している。
「はい。ちょっと南部に行ってスロラン国の軍を叩けば、南部のダンジョン経営に関われる。旨い話です。南部が立て直せるまでこのゴーランが全面的に支援致します。いっとき南部を食わせることが出来る程度の食料や物資はこちらで用意しましょう」
疲弊した南部をどうやって立て直すかが、一番頭の痛い問題だったが、アルヴィンは気軽に申し出てきた。
「えっ、本当に?」
サーマスの反応もむべからぬことだ。
アルヴィンはにんまりと笑った。
「ああ、掛かった金はもちろん頂きますよ。なあに、大したことはない。中央部の侯爵家一軒分にまけておきます」






